第259話:寝癖。

 ――朝。


 城の窓から外を見ると、朝靄が掛かって幻想的な景色を生み出していた。リームの城下町はアルバトロスよりも規模は小さく、国力の違いを垣間見れる。


 「おはようございます、アクロアイトさま」


 既に起きていたアクロアイトさまに挨拶をする。理解しているかどうか分からないけれど、朝や夜はこうして独り言を呟くようになっていた。

 気が向けば一鳴きしてくれるし、手や顔を私の身体に擦り付けてくる時もある。全く反応がない時もあるので、その時はその時でポンポンと軽く頭を一撫するだけで、一人で勝手にやっているようなものだった。


 消えた魔力を追う為の移動は馬車を用意してくれるそうで、目的の場所付近には四時間ほど掛かるそうな。近場で降りて、あとは徒歩での移動となる。案内役は第三王子殿下であるギド殿下が担ってくださり、護衛として彼の部下である騎士の方々も付いてくれるそう。

 

 騒ぎになってもいけないし大所帯で移動するのも……と遠回しな遠慮を伝えてみたのだけれど『いや、大切な客人を疎かにする訳には!』と凄い勢いで迫られた。

 昨日の王太子殿下との会議ではリーム王の所業に反旗を試みるあたり、優秀な人なのかなあと考えなおしていたりした。国賓みたいなものだから、扱いに対しての気持ちは理解できるけれど、目立ちたくはないし、聖樹が枯れたとバレれば困るのはそっち。押しが強いなあと遠い目になりつつ、もう少し気遣いがあっても良かったのではと思ってしまう。


 でも表裏はなさそうだし、付き合いはし易そうである。なにより、例の第四王子さまよりは何倍もマシであった。


 ベッドから起き上がってごそごそと着替えやらを済ませて暫くすると、部屋にノックの音が鳴り響き『どうぞ』と入室を促す。

 扉がゆっくりと開くと、良く見知った赤毛の双子のきょうだいの姿が。教会騎士服をきっちりと着込んでいる二人は相も変わらず美男美女であると、身内の自画自賛を心の中で唱える。


 「おはよう。ジーク、リン」


 クレイグとサフィールも顔面偏差値が高いから、私だけちょっと劣っていて何だか悲しくなる。リンは私の事をよく『可愛い』と言って褒めてくれるけれど、可愛いよりも綺麗が良かったんだよなあ。


 「ナイ、起きたか」


 「おはよう、ナイ」


 「ジーク、寝ていない?」


 少し眠そうなジークに問いかけてみると、苦笑いを浮かべながら彼が口を開く。リンはベッドの上でまだ眠そうにしているアクロアイトさまに『おはよう』と挨拶をしていた。寝ぼけから覚醒したのか彼女の肩の上に乗ると機嫌良さげに一鳴きして、リンは私の方へと歩いて来た。


 「夜番が少し長くてな。気にすることはない、直に慣れる」


 人数編成が変わったから仕方ないとはいえ、本来の予定にはなかったことだった。


 「無理だったら言ってね。馬車の中で仮眠くらいは取れるだろうし」


 「分かった、すまない」


 分かったといいつつジークは無言で仕事をやってのける。倒れられると困るので気を付けておかねばと、心にメモした。私が『付き合わせてごめん』と言うと『気にしなくていい』と返ってくるだけだから、ごめんと言いたくなるのをぐっと堪える。


 「ナイ、寝ぐせ付いてる」


 「え、嘘。鏡……」


 「じっとしてて」


 手櫛で私の寝ぐせを直してくれるリンに好きにして貰う。侍女さんがくれば身支度ついでに直してくれるだろうけれど、いつもの人たちではない。だらしない聖女さまというイメージが付いても良いのだけれど、そうなるとクレイジーシスターと盲目のシスターから説教コースとなってしまう。

 彼女たちは教会の敬虔な信徒でありシスターだ。教会のイメージを落とすようなことをすると、かなりの気迫で『聖女とは』を説かれる。シスターなら教義を説くのが普通ではと、以前にボロッと漏らしたことがあるのだが、信徒ではない私に説いても仕方ないし、私が神さまを全然信じていないのは分かっているので無駄なことはしないそう。


 なんだかなあと遠い目になると、聖女なのだから取り繕えと言われる始末。私にだけ手厳しいとまたぼやいたら、他の方は貴女のように手が掛かりませんので、と。クレイジーシスターと盲目のシスターの手を煩わせるようなことはしていないと反論すると、魔力を暴走させたり教会から脱走したりと迷惑を被りましたがと言われ押し黙る羽目になった。

 

 確かにあの時は教会のみんなに迷惑を掛けたけれど、五年近く過ぎているのだから時効だろうに。


 「はい、直ったよ」

 

 「ありがとう、リン。リンも夜番に立ってたの?」


 お礼とばかりにリンの騎士服の装飾を良さげな位置へと直す私。気配を察したアクロアイトさまがジークの頭の上に飛び乗ると、乗られた本人は黙ったまま微妙な顔をしている。


 「うん、兄さんよりは短いけれどね」


 「そっか。リンも眠いなら言ってね。仮眠取ろう」


 「ん」


 へにゃりと笑うリンに笑い返すと、部屋に新な訪問者が。扉は解放したままだったので、姿は直ぐに確認できた。


 「おはよう、ナイ。ジークフリードとジークリンデもおはよう」


 「皆さま、おはようございます」


 ソフィーアさまとセレスティアさまが、借りている部屋へとやって来て挨拶を交わす。アクロアイトさまが彼女たちの周りを何度か飛んでこちらへと戻って来たので、どうやら挨拶代わりだったらしい。

 

 「!」


 「まあっ!」


 その様子に驚いたお二人、というか約一名が凄くデレデレした顔になる。アクロアイトさまはどんどんと多芸になっていくなあと、成長を実感。まだまだ大きくなるであろうアクロアイトさま。将来はどこまで大きくなるのやら、そしておデブにだけはなってくれるなと願う私。

 魔力をバカスカ食べているので健康は大丈夫なのか心配になって、代表さまに聞いてみると問題はないとのこと。お腹が一杯だと食べないとのことだから、もしかして足りていない可能性もあるのだろうか。今度、限界まで魔力を練ってみようと画策中である。


 「さて、手直しするか」


 着替えは済ませているものの細々としている所は人の手が必要になる。極上反物で作った聖女の服は、仕立て屋さんが気合を入れて作ったのも原因にある。ソフィーアさまとセレスティアさまの手を借りるのは慣れないが、最近諦め始めている自分が居る。

 この後にリーム王都の外へ出るので、余所者と分かり辛いようにこちらの国の衣装に替えるから意味はないかもしれない。朝ご飯を済ませ、用意してもらった衣装に着替えて王城の中庭に出ると、王太子殿下と第二、第三王子殿下が揃っていた。一人、女性が王太子殿下の横に立っているのだけれど、誰だろうと首を傾げた。


 「聖女殿、こちらはリーム王国の王妃殿下だ」


 まあ、我々の母だなと王太子殿下に紹介されると王妃さまも自己紹介をしてくれた。


 「王妃殿下、初めまして。アルバトロス王国にて聖女を務めております、ナイ・ミナーヴァです」


 「この度はアルバトロス王国の皆さまへ我が国の王が多大なご迷惑を掛け、大変申し訳ありません」


 開口一番これである。なんだかリーム王たち聖樹派は追い込まれているような。頼りの聖樹は枯れ果てて、その信仰を一番信じているリーム王は倒れてしまっているし。ちなみに彼はまだ目が覚めていないらしい。

 王妃さまによるとリーム王国と国力が一緒くらいの国から嫁いできたそうだが、この聖樹信仰には違和感を持っていたようだ。王子さまたちが聖樹から脱却しようとしているのは、王妃さまのお蔭なのかも。諸外国への留学も王妃さまがプッシュして王太子殿下を国外へと出すことに成功したそうで。


 「ただいきなり聖樹を失う訳には参りません。――本当にご迷惑をお掛けしますが、どうぞよろしくお願いいたします」


 聖樹に依存している状態を払拭するには、何か劇的なものを用意しなければならないだろう。ゆっくりで良いなら、教育を施して現状がおかしいと気付かせるだけなのだけど、聖樹が枯れたから時間はないし。

 兎にも角にも、聖樹の代わりになるようなものか、聖樹自身を探し当てないと。さて、リームが亡国になるのだけは回避しなければと気合を入れ、王城から町を抜けて外へと馬車で出て行くのだった。

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