第256話:リームの殿下。
アルバトロス王国のみんなが待機していた部屋に、王太子殿下と第二――こっそり外務卿さまが教えてくれた――第三王子殿下と数人のお貴族さまが現れた。随分と緊張した様子なのだが、一国の王族なのだからそんなに固まらなくても良いような。リームのお偉いさん方の登場に、席から立って頭を軽く下げる。
カチコチのリーム側と普通の雰囲気を漂わせているアルバトロス王国の面々。政治面はからっきしの私が碌な答えを導くことが出来ず、国力の差なのかもと適当に考えていた。
「アルバトロス王国の皆さん、そして黒髪の聖女殿。この度はリーム王や我が国の貴族が不遜な態度を取り貴国への礼を失していたこと、倒れたリーム王に代わって謝罪する」
開口一番、王太子殿下が腹に力を込めて出したであろうその声の後に思いっきり頭を下げ、周りの人たちまで彼に倣い一斉に頭を下げた。王族三人とお貴族さま――他国だけれど――が頭を下げているという状況を、どうすれば良いのか分からず左右を見ると『お前に任せる』という顔で。
『うあっ! みんな頭を下げちゃったっ!』
お婆さまが向こうの人たちに聞こえないことを良いことに、好き勝手言っている。私が代表となるなら貴族としてではなく聖女さまムーヴをかますしかないじゃないかと、ヤケクソ気味に口を開くのだった。
「殿下、皆さま、頭をお上げ下さい。――リーム王は何が起こっても責任は問わないと確約して頂きましたが、聖樹を枯らしてしまったことにわたくしは心を痛めております」
『嘘っ! そんな事思っていたのっ!? そりゃ多少は思ってはいたでしょうが、気にしていたらもっと落ち込むでしょう? 貴女、そんな気配全くなかったじゃないの!』
お婆さまうるさいですよ、逃げて行った猫を集めてまた被り直しているんですからちょっと黙って下さいな。取りあえず、私の言葉で殿下方は頭を上げた。
『えー……私や変態魔術師に丸投げしようとか考えていなかった?』
違います、助力を乞おうとしていただけです。
――魔力あげない。
『…………』
「変態魔術師ですか、光栄ですねえ」
お婆さまが黙り、妙な事を小声で口走った人が約一名。聞こえなかったことにして、王太子殿下方へと更に語り掛ける。
「聖樹が枯れ果てた今、その恩恵を失うのはリーム王国に住まう皆さま。
個人を強調しておく。決してアルバトロス王国が助ける訳じゃないから、そこの所だけは勘違いをしないで欲しい。外務卿さまや副団長さまも会議の場に参加していたが、私が個人的に同席をお願いしたと言えば体裁は整えられるはず。
「聖女さま……。我が国を憂いて下さり感謝致します。ですが、これ以上を貴女に求めるべきではないと皆で判断いたしました」
だからアルバトロス王国へ戻っても大丈夫だそう。いやいや『手伝う』って言ったじゃないか。というか、リーム王国内をウロウロ出来る権利をもぎ取らないと。聖樹から逃げた大量の私の魔力がどこに行ったのか知りたいし、副団長さまがその件についてノリノリだったから、帰ろうとしたら『僕だけ残りますね』とか言い出しかねない。
「王太子殿下。ひとつ、お伝えしたいことがあります」
「何か?」
「はい、それは……――」
魔力補填を行う前までは聖樹にはまだ魔力が残っており。私が魔力補填をしたと同時に聖樹の魔力が私の魔力と同化して、地面を伝ってどこかへと消えた。聖樹が一瞬だけ元気を取り戻したのは、ご飯を沢山食べてから死ぬ老人のようなものだとお婆さまが。
ただ、どこかに消えた魔力の行方は分からない。人体から魔力が放たれると、魔力は気中に溶け込む性質がある。時間が経つと馴染んで魔素となり、周囲の植物や生き物が取り込めば育成促進されたり、強くなったりするのだとか。魔素が濃いほど顕著に効果が表れるそう。
聖樹の周りに私の魔力が霧散しなかったのはおかしい事態で、盲目のシスターが言った地中を通ってどこかへ消えたというなら、なんらかの意思が働いているとか。仮にそれが聖樹の意思だとすれば……リーム王国の聖樹を務めることに嫌気が差したとすれば。
――なんとなく今回起こったことに合点がいく。
というのがお婆さまと副団長さまに、盲目のシスターとクレイジーシスターの見解。
王太子殿下に全て伝える訳にはいかないので『残っていた聖樹の魔力と私の魔力が同化して地面を伝ってどこかへ行った』と教えて。
「なんとっ! 聖樹は枯れた訳ではなく、どこか違う場所へ移動したと申されるのかっ!?」
「王太子殿下、まだそうと決まった訳ではありません。確証を得たい為、わたくしは消えた聖樹の魔力を追いたく存じます。リーム王国内の移動許可を頂けませんか?」
勿論、そちらの手を煩わせる気はなく、護衛や道案内役などは不要と言った。
「――聖女殿の意思は理解した。直ぐに王国内散策の許可をと言いたい所だが、我々リームの事情を知って頂きたい」
内部事情を語って大丈夫なのだろうかと訝しむけれど、王さま派と王太子殿下派は対立していそうだし、聖樹が枯れた今、王さま派の弱体化は必然といえる。なら次代の王である彼の言葉を聞くのも悪くはないだろうと、案内された席へと座る。
「まずは先ほども申したが我が父が大変失礼した。アルバトロス王国の謁見場で見苦しい態度を見せたと、ギドから報告を受けている」
王太子殿下は第三王子を見て頷くと第三王子殿下も頷き返した。『父』と言ったから今度は個人として謝りたいということだろう。
しかし、リーム王の態度を諫めなかったのは、彼が王として役に立たないからではないだろうか。彼らの中ではもう『王』と呼ぶ価値がないほど株が下がっていたりして。あり得そうだよなあ。私からすればリーム王よりも王太子殿下の方が話が通じるから有難いけれど。
「ギド」
「はい、殿下。――聖女殿、アルバトロス王立学院では不躾な事を突然願い、本当に申し訳なかった」
王族であれば私が断れないことを知っていて頭を下げたそうだ。私が臥せって代理人が寄越されたのは想定外だったが、五年延びただけでも王太子殿下らにとっては満足のいく結果だったそう。
五年の間でどうにかなるものではないが、少しずつでも聖樹からの脱却を図り聖樹がなくとも大丈夫だと国民に示したかったらしい。
ヴァンディリア王国の第四王子殿下とは偶然に話しかけられ、私と接触したいという目的が同じだった為に手を組んだそう。
「父は、貴国のヴァイセンベルク辺境伯領で若木が一ケ月で大木へと成長を遂げたことに興味を示すと、俺に留学命令を下し貴女とも接触を図るようにと命じた」
びくり、とセレスティアさまの片方の眉毛が動いたが、黙って聞いているので他国だし堪えている様子。
――そして奪ってこい、とも。
馬鹿な第三王子に発破を掛ける為じゃなくて本心だったのか……それを言われた本人は私に暴露して、結局失言だったと取り下げたけれど。まさかリーム王に逆らわないように演技でもしていたのだろうか。そして暴露することで、リーム王の暴挙を教えてくれていたと。
「流石に出来るはずもないし、そんなことをすればアルバトロス王国にも辺境伯領にも迷惑を掛ける。それに俺と護衛の者だけで向かうとなれば、死んでこいと言われたも同然」
元から聖樹万歳至上主義のリーム王には疑問を抱いていたそうだ。他国へ留学していた年の離れた長兄からの話を聞けば、余計にそう思えてならなかったそう。他国では聖樹に頼らずとも技術を発展させ、農業を営んでいる。だが自国はどうだろう。
聖樹のお陰で毎年豊かな実りを享受できるが、それだけだ。害虫対策、疫病対策、気象対策等々、本来ならば人間が管理せねばならないことを、聖樹が我々に恩恵を与えてくれていると甘えて何もしようとしない。
「先程の会議の場でも私はアルバトロス王国側の席に就き、自国の貴族たちの説明をするべきなのだが……兄上の……王太子殿下の株を下げるような事をしたくなくてな」
アルバトロスと縁があると知れば、第三王子殿下を推す声が湧く可能性もある。第一王子殿下が既に立太子しているのだから、そう問題視する必要はない気もするが、念には念の為だったそうで。
第二王子殿下、第三王子殿下は第一王子殿下を次代の王に望んでいる。王太子殿下は優秀だから、鞍替えは必要ないとのこと。
「現王に玉座を早期に譲って頂く為、会議の時貴方たちに説明役を付けなかった。本当に申し訳ない」
第三王子殿下に代わり、王太子殿下が頭を下げた。わーい、なんだかがっつり巻き込まれちゃってるぞう、と心の中で両手を上げるのだった。
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