第255話:会議後。

 王太子殿下による会議はどうなるだろうかと固唾を飲んで見守っていたが、やはり聖樹を望む声が多い。しかも神殿――聖王国の教会の教えをリーム王国に合ったものにしているそう――は聖樹がないと困るからかなり必死だし、陛下のご回復を待って~と呑気なことを言う人も居る。王太子殿下と同様に、聖樹に頼り過ぎているのは危険と唱える人も少なからずはいる。


 会議で私たちが助言をすることはなかった。


 というより私に敵意を向けてる人が多かったというべきか。その度に外務卿さまが『聖樹への魔力補填を強要したのはリーム王。書面にて何が起こっても責任は問わないと一筆頂いております。聖女さまを責めるのは筋違いでございましょう』と庇ってくれた。それに聖樹がどうにかなるかも、なんて言い出せば絶対に利用されるだけだし。


 彼らの意見のほとんどが、枯れた聖樹の扱いをどうするのか、求心力を失うことになる王家の今後、リームの今後である。

 国民の『こ』の字も出てこないことに、この国大丈夫なのだろうかと本気で心配した。唯一そんな人たちと戦っていたのは、王太子殿下と少数のお貴族さまだった。そうして会議が終わって王太子殿下と他の殿下方に呼び止められ、別室へ向かうようにと乞われたのだった。


 「前途多難そう」


 会議が終わり外に出て待機組と合流した安堵からなのか、ぼそりと愚痴が零れた。外にはリーム王国の護衛騎士が立ち番をしており大きい声は出せないが、このくらいならば漏れたりしまい。もちろん盗聴器のような魔道具があれば、別だけれど。


 どうにも聖樹信仰が強すぎて、にっちもさっちもいかなそうなリーム王国。リーム王はある意味で聖樹狂いだし、そんな彼に追随する人も多い気がする。

 聖樹に頼り切りは止めようという声もあるが、聖樹なくしてどうするのかという声にかき消されてしまう。王太子殿下もまだ模索している最中のようで、聖樹派の人たちを押し切る手札を持っていなかった。


 「随分と他人事だな」


 「ですわね。とはいえ枯れた責任をこちらへ擦り付けるようなら容赦はしませんが」


 くつくつと笑っているソフィーアさまとセレスティアさまから手厳しい言葉が私に飛んできた。枯らしたのは不本意、やりたくてやった訳じゃない。


 「警告はしましたよ。まあ、枯れたのは本当に予想外でしたが……」


 リーム王からもう少し言質を取って置けば良かったとは思うけれど、後の祭り。リーム王はまだ目が覚めないそうで、最高決定権を持つ人が居ないので上層部も右往左往している真っ只中。

 

 「それよりも会議の間は何も言えず仕舞いだったので、徒労に終わってしまいました。――ごめんなさい」


 アルバトロス王国側には、私の我儘で付き合って貰っているからなあ。


 「お前が頭を下げることはないだろう。気にするな」

 

 「ええ。ナイが発言できなかったことは仕方ありません」


 とっとと帰って来ても良いんだぞと陛下から言われてはいたけれど、枯らした責任というよりも『聖女がリーム王国の聖樹を枯らした』という事実だけが広がらないか心配だったから残った訳だけれど。現場を見ていない人からすれば、リーム王に打診されて魔力補填を行ったのに、聖樹と私の相性が悪く枯らしてしまったのだとか、魔力の相性が悪いのに金欲しさに黙っていたとか流されかねないから。本当、人の噂というのは怖いもので、事実よりも面白いネタの方に乗っかってしまうのが人間というもの。


 「ナイ、ナイは悪くない」


 「ああ。明らかに向こうが強要したんだし、協議の場では発言権がないも同じだったんだ。シスターのあの話をしたかったのだろう?」


 リンが私の傍によって何故か頭を撫でてくれた。ジークも擁護してくれているけれど、意気込んだ割には何も言えず仕舞いだったので、超恰好悪いというか。


 「うん。可能性的には一番高そうだし、賭けてみるのも悪くはなさそうだったから」


 『人間であんなことが分かるだなんて信じられないわ……』


 唐突にぱっと光ってお婆さまが現れた。彼女が信じられないのは


 「お婆さま。一体どちらに行っていたのですか?」


 『私は気ままな妖精。ちょっとお話を聞きに行ってたのっ!』


 本当に自由だな。姿が見えないことを良いことに、城内をウロウロしていたらしい。ある意味で盗聴器のような存在だよなあと、お婆さまを見つめるとパチンとウインクした。


 『あのね、あのねっ! ……――』


 リーム王国の上層部は主に二つの意見に分かれるらしい。聖樹復活を願う派と聖樹からの脱却を考えている派、細々したものを含めるともっと細分化するらしいが、大雑把に二派に分かれるということだ。


 聖樹復活派はリーム王を御旗とした歴史の古いお貴族さまたちが、聖樹脱却派は王太子殿下に第二、第三王子殿下を含む、新興お貴族さまで構成されているとか。なるほど、王太子殿下が私をあっさりと受け入れたのは、聖樹からの脱却を画策していたからか。

 今すぐ完全に聖樹依存からの脱却は無理な話であろう。段階的にゆっくりと離れていくのが得策。リーム王から代替わりする時には、少しでも依存状態を無くしておきたいのかも。今なら現王に愚策をなすりつけることも出来るし。

 

 『あと神殿には認識阻害の魔法が掛かっていて、外から見ると聖樹が枯れていないのっ!! だからリーム王都の民は知らないのっ、滑稽よね~!』


 それはそれで悪意があるような。まあ私たちの都合を考えるなら、バレない方が良いけれど。そろそろヤバいと分かった時点で、認識阻害の魔術陣を構築してリームの聖女さまや魔力持ちの人に補填させて維持しているのだろう。

 きゃきゃと楽しそうに笑っているお婆さまに悪意はないのだろう。人間の行動が不可思議で面白いと言ったところか。

 

 「なら暫くはリーム王家への不信が向くことはないですね。この後の王太子殿下たちとの話し合いで、シスターの言を伝えてみます」


 もちろん、盲目のシスターが発言したなんて言わない。彼女に危害が加わる可能性があるので、黙っているか私が言ったことにする。

 

――どこかへ消えてしまいました。


 聖樹にはまだ魔力が残っていたそうだ。私が魔力補填をしたと同時、大きなうねりとなり小さかった魔力が私の魔力と同化して、地面を伝ってどこかへと消えたそう。

 副団長さまとお婆さま曰く、この土地に縛られているからそう遠くへは行けないとのことで。そういうことなら会議の場で伝え外出許可を頂き、探しに行ってみようとなったのだが。発言は出来ず仕舞い。

 

 「皆さん、お待たせして申し訳ない」


 待機していた部屋へと入って来た王太子殿下を始めとした、第二、第三王子殿下に数人のお貴族さま。殿下からは信頼たるメンバーだと言ってくれてはいたが。さて、今度こそと大きく息を吐いて王太子殿下と目線を合わせるのだった。


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