第253話:副団長さまとお婆さま。
聖樹が魔力補填によって息を吹き返したかと思いきや、見事に枯れ果てた。
その事実にショックを受けてリーム王は倒れてしまうという悲劇。国のトップがこれしきのことで倒れてどうするのだろうか。なんだか他国が攻めてきたら玉座に座ったまま『我が国は終わった』と言い残して、戦わずに負けてしまいそうだ。
妙な事を考えつつ、リーム王国側の神官さまたちが遅れてやって来ていた。彼らは皆同様に膝を突き頭を抱え絶望している。リーム王と同じような行動に、リーム王国の聖樹が枯れた原因の一端は彼らにもあったのではないだろうかと訝しむ。
王太子殿下や第三王子殿下は現場指揮の為、いろんな人に差配している。それが終わるまでは、朽ちた聖樹の下で待機時間となっていた。その間に外務卿さま――居たのね――に頼んでアルバトロス王国への連絡と報告をお願いして、私たちはその返事待ちである。
「どうにか切り抜けたか」
「いっそ暴れてくれた方が良かったのでは?」
ソフィーアさまとセレスティアさまが、雑談に興じていた。それでも良かった気もするが、それだと民が救われない気がする。
リーム王国の失政を国民がダイレクトに背負う状況は、回避したい所。というか『黒髪の聖女が我が国の聖樹の命を奪った』と吹聴されかねない。その噂はたちまちリーム王国全土に広がり、時間が経てばアルバトロス王国へも広がるだろう。
「馬鹿を言え。そう簡単に手を出すものじゃないさ」
確実に勝つ準備を整え、我が国が『悪』と周辺国から言われぬよう根回ししてから手を出さねばなあ、とソフィーアさまが言う。
嗚呼、こういう所は公爵さまの孫娘だなあと実感する。
「確かに。……――」
ですがリーム王のあの態度はあり得ません、とかなりの小声でセレスティアさまが。確かに一国を背負う王さまの態度、というか器量ではない気がする。聖樹は遅かれ早かれ枯れたのだし、その対策や枯れた時の覚悟を決めていないのは如何なものか。
「ナイ、向こうの会議に出てどうする?」
ソフィーアさまは私の意図が分からなかったのか、小さな声で問いかけた。
「助言だけの許可です。あまり効果はないでしょうが、ある程度誘導は可能かと。枯らした責任もありますし、ここはさっさと帰るのではなく協力して誠意を見せておいた方が良策と判断します」
「……それは、そうだが。良いのか?」
「副団長さまやお婆さまの知恵を借りることになりますが……」
「僕は構いませんよ。聖樹にも興味がありますし、調査に同行できるなら見ているだけでも、何か得られるものがあるでしょう。――ところでお婆さまとは?」
「あ」
そうか私の祝福が、副団長さまに掛かっていないから分からないのか。副団長さま程の方にも見えないなんて、妖精さん凄いなあと思ってしまう。無茶振りくんが妖精さんの姿を捉えることが出来たのは、無茶振りくんが認識できるようにと私がお願いしたからだ。
「副団長さま、私の祝福を受けて頂いても構いませんか?」
「!! 勿論ですとも! 異論なんてありませんよ。むしろ何節でも掛けて欲しいくらいですっ!」
滅茶苦茶早口で言い切った副団長さまに苦笑いを返し、では失礼してと告げ。
「――"神の祝福を""聖女の名の下に"」
二節分掛けておいた。アルバトロス王国の最大火力であろう副団長さまだし、何が起こるか分からないので保険というやつだ。またリンが拗ねそうだけれど、どうにかなだめすかそう。屋敷に戻ったら、彼女から何を言われるやらと苦笑して、副団長さまを見ると恍惚とした表情で自身の両手を体の前に出して眺めていた。
「おおっ、聖女さま!! これは素晴らしい! 魔力の総量がいくらか上がった気がします! あと今なら詠唱速度が短くなりそうな気がっ! 嗚呼、試し打ちが出来ないのが残念でなりませんっ!」
いや、状況解説は良いからお婆さまを認識してあげてくださいな。さっきから彼女は貴方の態度にドン引きして、私の背中に回って遠巻きに見ておられますが。大丈夫かなあと暫く眺めていると、正気に戻った副団長さまが向き直った。
「私としたことが、失礼しました。――……っ!!!?」
お婆さまをようやく認識した副団長さまが、珍しく目をひん剥いた。
『なんだか嫌な感じが……』
「こ、これは……――妖精さんですか? 本当に!? 文献でしか知ることが出来なかった存在を、この目で見ることが出来るだなんて!」
妖精の部分だけ小声になる副団長さま。どうやらその辺りの理性は残っているようだ。私も気を付けなきゃなあと周囲を気にしつつ口を開く。
「はい、妖精さんです。亜人連合国の妖精さん方の長で皆さまから"お婆さま"と呼ばれております」
お婆さまが警戒して喋ってくれないので、代わりに私が説明した。ソフィーアさまとセレスティアさまは、副団長さまの行動はいつも通りだと認識して何も言わないし。
うーん、彼に祝福を施すべきではなかったかなあと疑問になってきたが、お婆さまの声が聞こえるのと聞こえないのじゃあ状況が変わりそう。我慢して下さいお婆さまと顔を後ろへ向けると、意を決したように副団長さまの前へと出て行った。
『よ、よろしくね』
「はい、よろしくお願いいたします。亜人連合国の方々は名乗る習慣がないと聞いておりますが、ハインツ・ヴァレンシュタインと申します。以後お見知りおきを」
胸に手を当ててお婆さまに挨拶をした副団長さまがにっこりと微笑んだ。
『ん』
「僕も聖女さまと同じように貴女をお呼びしても問題はありませんか?」
『そこ、気にする所なのね。問題ないわ、不便でしょう』
怯えていた割には普通に会話をしている、お婆さまと副団長さま。どうなるかと思ったけれど、どうにかなりそう。
「ありがとうございます。――早速で申し訳ないのでが聖女さまに聞いたところによると、聖樹の核である魔石が駄目だとか」
『ええ、もう駄目よ。諦めて聖樹に頼らない方法を模索した方が建設的だわ』
「お婆さまのお気持ちは十分理解できますが、聖樹に頼り切っていたのがこの国です。直ぐに依存から抜け出すというのは難しい問題でしょう」
『まあ、人間だものね。貴方の言いたいことは理解できるかしら』
「通常であれば挿し木や接ぎ木、弱っている部分を切り落として再生を試みますが……無駄、なのでしょうね」
『魔石の力で植物が生きる本来の時間を超過させていたの。魔石が機能していない時点で、もう無理で無駄。一つ可能性があるとすれば魔石に挿し木かしらね』
お婆さまの言葉になるほどと頷く副団長さま。気が合うのか、それとも副団長さまの興味が凄いのか、はたまたお婆さまが律儀に答えているからか。二人の会話が成り立っていることに安堵しつつ見守っていると、クレイジーシスターに手を引かれながら、盲目のシスターがこちらへとやってきた。
「お話の途中に申し訳ありません。皆さまに、一つだけ申し上げたいことがありまして……――」
そう言って盲目のシスターが語った言葉に、一筋の光が差したような気がしたのだった。
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