第249話:儀式前。

 聖樹の下へと辿り着くと、神官さまたちが迎えてくれる。いろいろと感謝の意を唱えているけれど、適当に相槌を打ちつつ言葉を返し聖樹を見上げる。

 随分と大きく成長している巨木ではあるが、葉は落ちているし、枝も朽ちているところがチラチラと。大樹の骸とでも表した方が早いだろうか。この状態で五年延命しているだなんて信じられない。もう命が尽きている気がする……。私の肩から聖樹へと飛んでいき、暫くすると戻ってきたお婆さまは両肩を竦めて口を開いた。


 『あー……、もう駄目ね』


 やはりか。


お婆さまが言うには、リーム王国の聖樹は竜、もしくは彼らに準ずる強力な個体が大昔に死んだ場所らしい。

 朽ちて魔素が気中に放たれたことと、魔石が残り植物の種が近くに落ちたあと、周辺の大地に実りをもたらす大樹となった。地面を掘り返せば大きな魔石が出てくるが、魔石として利用するのは不可能。だから聖樹も力尽きたのだろう、と。


 聖樹の根幹となっている魔石が駄目だから、魔力補填をしても意味がないそうな。何千何万年も生きると言っていたけれど、この大木はどのくらいの時を生きていたのだろうか。


 『誇張ね。魔石の魔力が尽きれば、自然の物として死んでいくのみよ』

 

 五年延命出来ただけでも、上等な結果だったとみた。これ私が呼ばれる必要がなかったのでは。奇跡なんて引き起こせる訳がないし、出来たとしても延命が一、二年程度追加されれば良い方ではなかろうか。微妙な顔になりながら、神官さまたちの言葉を聞いているとリーム王がおもむろにやって来る。


 「聖女殿、儀式を頼めるだろうか?」


お婆さまの姿が認識できていないようだから、声も当然聞こえないのか。参ったなあ、亜人連合国からお婆さまがやって来ていると伝えておけば良かった。あと全員に祝福も……いやでもリーム側に掛けるのはなんだか違う気もするし、微妙な所だ。取りあえず説得が正道だろうと、リーム王へと向き直り口を開いた。


 「陛下、これ以上の儀式を執り行っても無意味と存じます。別の道を模索した方が良策かと」


 私の言葉を聞いてリーム王の顔色が赤色へと変わった。


 「何を言う、聖樹は枯れてなどおらんのだっ!! 我が国は聖樹がなければ成り立たんっ!!」


 リーム王国は農業主体の国家で、芋などの日持ちする物を輸出しているらしい。確かに成り立たないが、聖樹に頼り切りというのもアレである。こちらの国の聖女さまの質は良いとは言い難いので、アルバトロス王国を頼るならば、今が良い転換期だろうに。

 聖樹に拘らない農業生産国家を目指して、二次産業や三次産業にも力を注げば国力は簡単に上がりそうだけれど。リーム王の言葉は後半が本心だろうなと、目を細めた。いやまあ、また依頼されるならお金を頂くだけなので構わないが、リームの民に影響が出るだろうから今回の派遣でケリをつけたい。


 「しかし、このままでは枯れる運命の下にあるだけではありませんか? 聖樹が枯れリーム王国に住まう方々も不安に駆られましょう」


 やはり他の道を模索してみては、ともう一度告げた。


 「出来るのならばやっておる……違う道を模索し実行して枯れてみろ、リーム王は無策で無能だと言われた末に国が亡びるのだ。それだけはなんとしても避けなければならぬ」

 

 気持ちは分かるが、魔力の補填で延命出来るならば人間だって可能となってしまうのだが。その辺りに気付けない程に切羽詰まっているのだろうが、こっちはいい迷惑である。来てあげているというのに、他国の王さまから怒鳴られる理由はない。まあ王さま故に仕方ないのだろうけれど。


 「では如何致しましょう?」


 「……魔力補填の為、儀式を執り行え」


 これの一点張りかあ。仕方ない、失敗しても文句は言わないと確約は頂いているのだ、依頼人であるリーム王がそう言うのならばやるしかないだろう。


 『意味がないでしょうに。何を考えているのかしら、この人間は』


 お婆さまは、相手に声が届かないことを知っていて私の隣で呆れた声を出した。私だってお婆さまみたいに『視野狭窄ぅ!』とか指を指しつつ声を出したくなるが、我慢。切羽詰まった人間は何をするか分かったものじゃないから、素直に従っておこう。


 「承りました。――儀式の際の介添え人はアルバトロス王国の者のみとさせて下さい」


 リーム側の人が混じっていたら何か引き起こしそうなので、保険である。それに真っ裸にならなきゃいけないし。


 「……仕方なかろう。分かった、飲もう。だが我が国の女騎士を護衛として数名残す、良いな?」


 護衛と言いつつ監視だろうな。妙な行動を起こせば切れとか厳命されていそうだ。そうなるとアルバトロス側の護衛騎士が黙っていないし、ソフィーアさまとセレスティアさまは高威力の魔術を放てる人だ。

 アリアさまと侯爵家の聖女さまも居るので、怪我に対しての対処は出来るから、リーム側の方が攻略難易度が高そう。リーム側の女性騎士の方が妙な気を起こさなければ良いが、その条件は飲むしかない。


 「はい」

 

 超不満そうな顔と声で私の要望を飲んだリーム王は、神殿の神官さまたちに何かいろいろと告げている。

 国の危機だから王さまが指揮を執っているのか、それとも聖樹の危機だというのに管理を任されているであろう神殿の人たちにその権限がないのか。リーム王にぺこぺこしながら神官さまやリーム側の人たちが去っていく。暫くするとリームの女性騎士が十名程残って、私やアルバトロス側に頭を下げていた。


 「大丈夫なのか?」


 「あまり良い感じは致しませんわね」


 「従っておくべきかと。失敗すれば諦めると言ったことを信じましょう」


 ソフィーアさまとセレスティアさまが私の傍へと寄って小声で語り掛けた。二人もリーム側、というよりもリーム王の必死さに引き気味だ。私の言葉に確りと頷いて、周りの人たちへ声を掛けている。


 「では皆さま、準備をお願いいたします」


 私の声で男性陣が遠ざかって行くのを確認し、枯れそうな聖樹を見上げる。アクロアイトさまは興味があるのか、聖樹の根本へ移動していった。周りがハラハラしているけれど、直ぐに私の下へ戻ってきて肩の上に乗り一鳴きする。


 ――さて、どうなるのやら。


 成功すれば儲けもの、失敗しても私の魔力を失っただけで損失はないから、気楽なものではあるが。儀式魔術を行使する際は、裸にならなきゃいけないことだけは遠慮願いたい私だった。

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