第248話:通常運転の副団長さま。

 ――リーム王国へ辿り着く。


 アルバトロス王国の城にある転移魔術陣を施してある部屋より少し狭く、質素というか簡素というべきか……そんな部屋だった。

 魔術陣を施している部屋なので、装飾品や家具がないのは理解できるが、それにしたって何もない部屋というのが印象的。リーム王国側も出迎えの人たちが待っており、しずしずと頭を下げていた。

 

 「どうしました、副団長さま」


 きょろきょろと部屋を見渡していると、副団長さまから視線を感じて問いかける。


 「いえね、沢山の方を転移させましたよね、僕」


 「そうですね。魔力切れを起こしていないのが不思議なくらいに」


 大人数な編成となったのでその分使用する魔力量も多くなる。普通の人ならば、魔力切れを起こして気絶してそうだが、そこは魔術師団の副団長の任を負う方で、平気そうな顔をしている。

 なにやら意味がありそうな言葉を言いつつも、私が肩に掛けてあるストールに興味深々のようで、私を見ているようでいてストールに視線が移っているもの。本当に魔術関連に対しての興味が貪欲だなあと、副団長さまを見る。


 「――こちらをどうぞ。身に着けていると魔力の回復が早くなる代物です」


 ストールではなくハンカチを副団長さまに手渡す。面積が小さくなる為に効果も弱くなってしまうが、持っていないよりはマシだろう。

 彼の性格を熟知しているソフィーアさまとセレスティアさまと、見慣れたジークとリンは苦笑しているけれど、他のメンバーがギョッとしている。そっか、私たちの関係性を理解していないと、聖女に無茶振りを振る副団長さまの図式になるのか。


 「よろしいのですかっ!?」


 「えっと……良いも何も、護衛役に支障をきたすのは問題がありますので」


 副団長さまは攻撃魔術に特化した方なので、問題が起これば広域殲滅魔術をぶっ放しても良いと陛下から許可が下りている。

 ようするにリーム王国側に囚われたり捕まりそうになるくらいなら、逃げても良いからなという陛下からの計らいなのだが、本当にそうなったら彼の頭に十円禿でも出来そう。そうなることは早々ないと思いたいが、リーム側はあと五年の猶予しかないので、切羽詰まっている。


 追い詰められた人間が理解の及ばない行動に出てしまうのは、よくある話。気を付けておくに越したことはないので、副団長さまにハンカチを渡した次第である。ただ副団長さまの場合、トリガーハッピーにならないか心配だけれど、自重は出来る人だから大丈夫……大丈夫だよね……。


 「ありがとうございます! 嗚呼、素晴らしい代物ですねっ! エルフの方々が丁寧に編み込み、妖精が鱗粉を施している!」


 このような物に触れる機会は一生ないと諦めていましたが、人生は何が起こるか分かりません、聖女さまにお会いできて本当に良かったと力説している副団長さま。やっべ……渡すんじゃなかったかなと、少し後悔していると人影が差す。


 「聖女殿、来て早々で申し訳ないが聖樹の下へ参ろう」


 転移の余韻から解き放たれたのか、リーム王がこちらへとやって来て口にする。自国に戻って安堵しているのか、彼の威厳とでも言おうかオーラがあった。


 リーム王国は一次産業、ようするに林業や農業を主にして生計を立てている。漁業は内陸部なので望めない。

 二次産業、三次産業もあるにはあるが最低限だそうで。ある意味で発展途上国状態。これが何百年と続いているままなら、リーム王家の政策失敗だと言えよう。そういえばリームって建国何年目だろうか。あまり気にしていなかったなあと、陛下を見上げた。


 「勿論です、陛下。――ご案内よろしくお願いいたします」

 

 お仕事の為にリーム王国へ出向いたのだ。そのことに対して文句はない。本来なら、お迎えのセレモニーや昼食会とか晩餐会が開催されるらしいが、聖女である。

 そんな政治的意味合いが強い場に参加しても意味がないし、社交を繰り広げる気もないから無駄。唯一の利点は美味しい物が口にできるくらいか。フランス料理やイタリア料理みたいに、国ごとに特色はあるだろうからそこだけは気になる。


 「頼む。――皆の者!」


 アルバトロス王国から聖女殿が派遣され聖樹へ向かうから、気を抜かぬようにとリーム王が告げる。


 「はっ!」


 リームの護衛騎士の方たちがびしっと揃って敬礼を執った。第三王子殿下も隊列に加わったので、付いて来るようだ。答礼を兼ねてリーム王が確りと頷くと、装備が豪華な騎士の方二名が私の前に立ち聖樹までの道筋や時間を説明してくれた。

 身長差があるので見下ろされる形になっているが、威圧感もなく紳士的。そうして転移魔術陣の部屋から暫く歩いて王城から中庭へと出る。暫く歩くと神殿のようなものが見え、その後ろにかなり大きな木が生えていた。


 『あれが聖樹なのね! あ、喋らなくても良いわよ。向こうの人間に気付かれるのも癪だものねえ』


 唐突に表れたお婆さまに驚く顔を見せるアルバトロス王国側の人たち。それでも限られた人しか見えていないようで、数は少なめ。

 後で女性陣には祝福が掛かるし、お婆さまにも伝えておいた方が良いのだけれど、喋る機会あるかなあ。肩に乗っているアクロアイトさまの反対側、私の肩に座るお婆さま。どうやら、解説役でも務めてくれる気なのだろうか。


 『専門じゃあないけれど、人間よりは詳しいはずね。エルフの二人からも話は聞いているけれど、あまり長くは持たなさそうな感じがするわ』


 他人事のように軽く言い放つお婆さま。


 『自然に逆らうのは人間の悪い所よねぇ』


 と言うことは枯れてしまった方がお婆さま的には、歓迎するということか。エルフの方々や妖精さんたちは自然と共に生きる種族。お婆さまの言葉や考えが理解出来なくもないが、私は人間なので悪あがきをする事を悪いとは言えないし、言う気もない。文明社会で生きた記憶もあるし、聖樹なんて不可思議なものに頼らなくとも、発展できると思えて仕方ない。


 リームが聖樹に頼り切りで、対策を練っていなかったことに対しては呆れるしかないが。


 自然を食い尽くすのは人間、それを補ったり復活させるのも人間だものなあ。植林に養殖なんて最たる例だ。知識と技術さえあれば時間は掛かっても、農業も発達できるだろうに。魔術具開発に力を入れれば、出来ると思うんだけれど。


 ……まあ、あまり関係ないか。


 私が考えることじゃないなと、頭を振って聖樹の下へと辿り着くのだった。

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