第250話:儀式中。
リーム王国の朽ちかけている聖樹の前に立っている。私の周りにはソフィーアさまとセレスティアさまが横に付き、さらにアリアさまと侯爵家の聖女さまが固めている。
アルバトロス王国の教会から命を受けたシスター方や、アルバトロス王国から派遣されている女性騎士の姿もある。リンは私の一番側で警護を務めつつアクロアイトさまのお守も一緒に、ジークは離れた場所で警備に就く。
ソフィーアさまとセレスティアさま、アリアさまに侯爵家の聖女さまとシスターたちは儀式の介添え人を務め、騎士の方々は私たちの護衛を務める。少し離れた場所で、リーム王国側の女性騎士の方々がこちらを見守っていた。男性陣は神殿の外にでて警護に付くそうで『蟻の子一匹通しません!』と意気込んでいた。
「――"告げる""汝らに我が祝福を"」
儀式魔術となるので介添え人のみなさまとアルバトロス側の女性騎士の方には二節分の祝福を掛けた。介添え人を務めない女性騎士に掛けても意味はないが、何かあった時の為の保険だ。
「え?」
「嘘」
「あら」
「まあ」
驚きの声は女性騎士の方々に多くあり、逆に侯爵家の聖女さまとシスター方はお婆さまの姿を見て、感嘆の声を上げていた。神職に就いているから妖精さんも認めやすいのかも。
『あら、私の姿が見えるようになったのね! まあ貴女の祝福だしね。――見えている人も、見えていなかった人もこんにちは! 興味本位でお邪魔させて頂いているわ!』
私たちの周りをくるくる回って、自己紹介になっていない紹介をしていた。亜人連合国のみなさまは積極的に名乗る風習はないので、穏当なのだろう。
『どうして黙っているのかしら?』
私が何も言わなかったことが気に入らなかったのか、眼前に飛んできたお婆さま。儀式は既に始まっており、喋ることは禁則事項だと伝えることも出来ない。そっとソフィーアさまがこちらへ近づいて恭しい態度でお婆さまと対峙する。
「申し訳ございません、儀式が既に始まっております故、式を行使する彼女は声を上げられないのです」
『そうなのね。理由は理解したわ。でもあまり意味がない気がするわね』
人間の魔術に詳しくないから無責任なことは言えないけれどね、と私から少し距離を取った。介添え人がやることは前回行ったことと同じである。香油やら化粧を施し、私を全裸に剥こうとしたその時。
『ちょっ、ちょっと待ちなさいなっ、裸にする意味なんてあるのかしら!?』
お婆さまがまた私の傍へと飛んできて、全裸に物言いをしてくれた。そして物凄く正論を言ってくれたのである。感動で咽び泣きそうになった。
「しかし、この方法が最適だと指南書に記されておりました」
ソフィーアさまが困った顔をして、彼女の言葉に対して答えを伝えると微妙な顔をした。
『確かにそうかもしれないけれどね……この子の場合、そんなの関係ないでしょうに。それに普通の反物じゃなく、エルフと私たちがあつらえたものを身に纏っているわ』
裸より断然効果はあるわよ! と自信満々で言ってのけたお婆さま。なんということでしょう、極上反物にはそんな効果もあるらしい。儀式だから裸よりエルフの方々と妖精さんたちが作った反物を身に着けている方が、確かに効果が上がりそう。
「……しかし」
「どうしましょうか」
ソフィーアさまとセレスティアさまが顔を見合わせ困った顔を浮かべていると、盲目のシスターがしずしずと声を上げた。
「意見を述べさせて頂いてもよろしいでしょうか?」
シスターなので修道女の服を着込んでいる彼女は、視力を失った眼を覆い隠す為に薄布を巻いている。幼い頃に視力を失った所為で魔力探知に長け、魔力を感じ取り人が居る場所が分かるとは本人の談。私の魔力感知や魔力操作が下手くそだと言い切った人であるが、規律も教えも守るシスターである。
「え、ああ。構わない」
「このような姿で、貴族のご令嬢さま方の前に立つことをお許しください」
突然掛かった声にソフィーアさまが驚きつつも『気にするな』と声を掛けると、小さく頭を下げた後に彼女はもう一度口を開く。
「幼い頃に見えなくなった眼です。魔力の感知には少々の自負がございます。服を脱いだ後の黒髪の聖女さまよりも、お召し物を着ている聖女さまの方が魔力の波が安定しておりました」
『へえ、人間でそんなことまで分かるだなんて凄いわね!』
「お姿は見えませんが、貴方さまの魔力は感じております。――人ではない方であり、人知を超えた力をお持ちになっていることも」
『ふふーん。よく見ているわね! 私は妖精。随分と長く生きているから、貴方たちよりも博識よっ!』
博識ならばこの朽ちた聖樹をどうにかする術を教えて下さい。本当にこの後、碌な事にならない気がする。リーム王が変な気を起こさなければ良いけれど、切羽詰まってそうだからなあ。
『……む。妙な事を考えていそうね』
私の顔の前で、飛んだままホバリングしているお婆さまが微妙な顔をした。
『聖樹はもう駄目よ。だって核である魔石が機能していないんだもの』
あれ、辺境伯家の若木が大樹に変わったのはなんでだろう。私の魔力を取り込んだのが一番の理由だろうけれど、何か他にも訳がありそうな。
「あの質問をよろしいでしょうか?」
セレスティアさまが珍しくおずおずと言った感じで、お婆さまへ言葉を投げた。
『ええ、もちろん』
「我が領……ヴァイセンベルク辺境伯領はご存じでしょうか?」
『ごめんなさい。人間の表現は理解しかねるわ……』
「では、彼の方が尽きた場所と表せば良いでしょうか」
セレスティアさまがリンとアクロアイトさまの方を見ると、お婆さまも一緒に視線を移した。
『その方が私にとって、理解しやすいわね。それで、どうしたの?』
どうやらセレスティアさまも、私と同じようなことを考えているらしい。
「浄化儀式の際に魔石は卵と変わりましたが、若木が生え黒髪の聖女さまが無意識で魔力を注ぎ込み、たった一ケ月で大木となりました」
『竜や強力な個体よりも多い魔力を注ぎ込んだ証拠じゃない! 魔力を取り込んで自然を超越したのよ。時折、そういうことも起こるらしいわ。あまり見たり聞いたりすることは少ないけど』
だったら存分に魔力を注ぎ込めばイケそうな気がするけれどなあ。そんなに簡単にいかないものだろうか。
「ですので、彼女が儀式を執り行えばまだ可能性があるのでは、と」
『うーん。それでどうにかなるなら、五年だっけ? 五年と言わず百年、二百年は伸びているわよ。ようするに寿命、宿命ね』
ご意見番さまは強力な個体の中でも最上位に位置する方。だからこそ儀式の際に魔石から卵に代わることも出来たし、朽ちた場所で空気中の魔力量――ようするに魔素――が増えた。
植物が成長しやすい条件下で更に追加で私が馬鹿魔力を注ぎ込んだから、阿呆なほどの成長を見せたらしい。奇跡の産物だそうで。
『まあ、あの人間の所為で儀式は行われるもの。気になるなら試してみるのもいいんじゃないかしら?』
お婆さまが私を見る。前回の儀式を執り行って五年しか伸びないなら寿命らしい。どちらにしろ、あまり期待は出来ないが一つ賭けてみるのも悪くはない。私を全裸に剥くか、聖女の衣装を纏わせるのかすったもんだした後に、服を剥かれることがないまま儀式へと移行するのだった。
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