第245話:あっちでの事。

 お城の謁見場から歩くこと暫く見知った姿が見え、討伐遠征の時のように顔を突き合わせるのだから声を掛けておこうと、侯爵家の聖女さまとアリアさまに向き直った。少し緊張した様子の侯爵家の聖女さま、もといロザリンデ・リヒターさまと嬉しさいっぱいに笑ってこちらを見るアリアさま。


 「明日から暫くご一緒になるので、ご挨拶を申し上げておこうかと。――ご迷惑をお掛けすることもあるかも知れませんが、どうぞよろしくお願いいたします」


 温度差が酷いなあと見比べつつ、ゆっくりと頭を下げ聖女としての礼を執る私。


 「こちらこそ。――以前は多大なご迷惑をお掛けし、申し訳ございませんでした。直ぐに手紙か直接謝罪すべきでしたが、遅くなりました」


 侯爵家の聖女さまがしずしずと頭を下げた。以前よりも随分としおらしくなっており、何だか妙な感じがするなと、顔が引きつりそうになるけれどどうにか堪える。一体何があって、こうも変わってしまったのか。


 「いえ、わたくしもこの度は皆さまに代わりを務めて頂きました」


 私の代わりにリームに派遣され儀式魔術を行使したのだ。異国の地で大変だったに違いないと、感謝とお礼を述べて頭を下げる。アリアさまは学院の授業もあったはずなのに、編入早々申し訳ないことをしてしまった。


 侯爵家の聖女さまは学院を卒業されているが……そう言えば彼女は普段何をしているのだろう。聖女を担っているのだし、無職という訳ではない。

 侯爵家で治癒依頼をぼちぼち請け負いつつ、城の魔術陣への魔力補填を二ヶ月に一度行い、貴族として社交の場に赴いているというところか。前回の討伐遠征で失態し、心を入れ替えることが出来たのかもしれない。貴族のご令嬢として終わっているかもしれないが、聖女としてならまだ挽回のチャンスはあるだろうし。

 

 「しかし、リーム王国の聖女さま方と協力して五年延命出来ただけとは……私が行ってたとしても成功する可能性は少ない気がします」


 国から選出されたということは、現役の聖女さまたちの中ではトップクラスという証明だ。本来ならば筆頭聖女さまが出張る案件だが、老齢を理由に外に出ていない。筆頭聖女さまのお姿は遠目で拝見したことがあるが、年齢は公爵さまと同じくらいという印象を受けた。

 なら、まだまだ現役を頑張れそうなものだけれど、無理をさせられない状況か、実力が備わっていないのか。政治色が強く反映される場合もあるそうで、筆頭聖女を選出した時の情勢が色濃く出るそうだ。その時の状況を知らないので、なんとも言えないけれど筆頭聖女さまにはまだまだ頑張って頂きたい。

 

 「千年、万年生きると言われている聖樹が何故枯れたのか、理由は定かではないそうですから」


 バカスカ許容を超えた農業生産していた可能性もあるが、真相は藪の中だろう。リームの上層部しか分からないだろうし、下手をすれば把握していない可能性だってある。向こうが原因究明出来ていないことに頭を抱えるけれど、お金はキチンと頂けるのだから有難いことではある。


 「向こうの方々の説明だと、詳しい人はいらっしゃらないそうです。移植や挿し木も考えたそうですが、聖樹が枯れると元も子もないので手を出せないと仰っていましたから」


 侯爵家の聖女さまとアリアさまが状況を説明してくれる。エルフのお姉さんズも同行していたけれど、彼女たちからの助言はなかったのだろうか……。謁見場で聞いたこととほぼ同じだから、アルバトロス王国側もリーム王国側も聖樹についての情報は少ないようだ。


 「始終、無言でしたわね」


 「はい。私たちとはお話して下さるのですが……他の方々とは全くでしたから」


 アリアさまとリヒターさまとは会話を交わしていたようだが、魔術に関しての助言はあったが聖樹に関してのものはなかったそう。ついて行った理由が良く分からないなあと首を傾げる。

 お姉さんズが同行したのは物見遊山だったのかもしれないなとふと思うと、その説が濃厚な気がしてきた。『リームに行ってくるわね』『ちょっと様子を見てくるね~』と気軽に知らせてくれたので、てっきりアドバイスでも送っていると思っていたのだが。全く違うようで。

 

 「あ、ナイさまっ!」


 「どうしましたか?」


 「お借りしていたストール、本当にありがとうございましたっ!」


 そう言ってアリアさまが思いっきり頭を下げる。一応男爵家のご令嬢なのだから、そう簡単に頭を下げて良い物なのだろうか。彼女らしいけれど、少し心配になるが本人は気にも止めてない。


 「わたくしにもお貸し頂き感謝致します」


 侯爵家の聖女さまは綺麗にカーテシーをしてくれたのだった。彼女たちにストールを渡したのは、私がリームに赴かないようにする為だったけれど、まあ仕方ない。

 エルフの方々の反物も追加で時折届いていて、使い道に困るのでいろいろと作って貰っては、クローゼットに仕舞い込んだままとなっている。アルバトロスの聖女の質が上がるなら、渡しても問題はないだろう。


 「お気になさらず。前回と今回の件でご助力頂きましたので、返却は不要です」


 だから文句なんて付けてくれるなよという、ある意味での賄賂であり脅しだった。何度か『頂けませんっ!』『構いませんよ』というやり取りをして、ようやく納得してもらった。


 ふと侯爵家の聖女さまを見る。


 祝福の効果がかなり薄くなっているような気がするが、明日から行動を共にするし掛け直しする機会はあるから問題ないか。効果の持続時間は、魔力の相性や掛けた相手、掛けて貰った相手の感情にも左右される。

 彼女に対してあの時はあまり良い印象を受けていなかったから、その辺りも反映されたのだろう。彼女もまた私に対して良い印象は持っていなかっただろうし。

 

 「ありがとうございます! 明日からも頑張りますね! ナイさまなら必ず成功します!」


 「ええ。貴女であれば必ず」


 嬉しそうに笑うアリアさまと落ち着いた表情と声色で侯爵家のご令嬢さまがそう告げて。


 「成功すると良いのですが」


 彼女たちに苦笑いを浮かべて、そう返す私だった。

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