第246話:派遣前夜。
明日出発ということで、簡単に荷物を詰め込んで準備が整った。国賓扱いとなるそうだが、一刻も早く事を解決したい為か聖樹の下へと直ぐに行く予定だそうだ。そこで儀式魔術を行使するのだけれど、裸に剥かれるので少々気が重い。また外で全裸になるのかと、陽が沈み暗くなった外を窓から見る。
以前よりマシなのは、儀式魔術を行使することが決定している為に、介添えの女性や女性騎士が多く配置されることだろうか。
アリアさまと侯爵家の聖女さまが派遣された時も、分かっていたので女性が多く動員されて、周囲の警戒や儀式の手伝いを執り行ったそうな。アリアさまはともかく、侯爵家の聖女さまはよく脱げたなあと、失礼な事を考える。討伐遠征であの体験をしていなければ、断って国に戻って来そうだ。
「ナイ、まだ寝ないの?」
部屋にノックの音が響いて『どうぞ』と返すと、良く知った顔が二つ並んでた。言わずもがなジークとリンで。リンがこてりと首を傾げて、そう聞いてきた。
「もうすぐ寝るよ。ジークとリンも早く寝なきゃ。明日は早いんだし」
一応、出陣式があるようで、陛下を始めとした王国上層部の人たちが参加するそうだ。
「ああ、分かってる。少し気になることがあってな。ナイが聖樹に魔力を補填したとして、成功するのか?」
ジークが訝し気な表情で問いかけてきた。
「こればっかりは分からないよね。――前回みたいに少しだけ寿命が延びるだけってなりそうな気がする」
恐らくこれが一番濃厚な線かな。多分だけれど、寿命が早く尽きてしまうから、『枯れる』という兆候が出ているのだろうし。切り株や挿し木を実行できない時点で、リーム側は手をこまねいている訳で。穏便な方法で魔力補填を思いついたのだろうけど、根本的な解決になっていない。
「だよな。ナイの名声に惹かれて懇願したのは良いが、何の成果がなかった時に向こうは黙って金を出すのか……」
「出さなきゃ、周りの国からケチ呼ばわりされるよ。出すって公的な記録にも残っちゃってるから」
謁見場で『分かった』ってリームの王さまは言ったしね。非公式な場であれば逃げられた可能性があるが、謁見場は公式の場である。アルバトロス王国の上層部が顔を揃えていたから、未払いなんてことになれば周辺国へ一斉にお知らせが入ると思う。
「聖樹なんてものに頼らなくても、自活出来るのが一番なのにね」
聖女に頼っているアルバトロス王国にも言えることだけれど、今は棚の上。
「だよな」
「だね。でもこの国も――」
ジークとリンが同意した。貧民街暮らしが長かった所為か、随分と現実的な思考だった。
「リン」
「リン、気持ちは理解できるけれど口にしちゃ駄目」
ジークと私がリンの名前を呼んで、言葉を止める。まあ私の部屋なので問題はないけれど、こういうことを認めていると不意に外で漏らしちゃうこともあるから、気を付けておくに越したことはない。
「分かった。ごめんなさい」
リンはちょっと脳筋気味だが、一度こうして教えると次の間違いは起こさないので、ポテンシャルが備わっているのだろう。
私の肩からアクロアイトさまがリンの膝の上に乗って、一鳴きする。気にするなとでも言いたいのだろうか。そんなアクロアイトさまを三人で微笑ましく見つめていると、ふと気配を感じた。
『面白そうな話をしているわね!』
「お婆さま。――どうしました?」
お婆さまが突然現れた。妖精さんなので壁抜け等はお茶の子さいさいというか、一切無視して通り抜けが出来る。彼女の突然の登場に驚きつつ、夜分の訪問理由を聞いてみた。
『どうしたもこうしたも、面白そうな話をしているんだもの。お隣の国の聖樹が駄目だとエルフの二人から聞いたけれど、本当に駄目なのかしらね?』
両腕を組んだまま、私たちの周りをくるくると飛び長台詞を喋るお婆さま。
「というと?」
お婆さまの意図が掴めず、思わず聞き返した。良い場所を見つけたのか、飛び回るのを止めてアクロアイトさまの背に乗っている。アクロアイトさまは嫌がる素振りは見せていない。ただ微妙な顔をしていたけれど。
『聖樹だからそれなりに力は備わっているもの。切り株や添え木でどうにかなりそうだけれど』
「向こうの方々は、それを行って聖樹が枯れてしまうことを恐れているそうです。そういう理由で実行には移せていないようですね」
自国のことなのだから、隣国を頼らなくともと思ってしまう。
『まあ、聖樹の力を超える無茶でもしていたのでしょうね。人間ってその辺りはお馬鹿だもの』
「耳が痛いですね」
アルバトロスも同じ状況になりかねない。聖女の魔力で障壁を展開し、自国防衛の柱としているのだから。軍と騎士団も運用しているけれど、ここ最近の情勢は落ち着いているらしく、公爵さまが『実戦経験者が少なくなっとる』と愚痴を零していた。
実戦経験というのは魔物に対してではなく、人間相手ということだ。ただ対人類戦なんて経験したくはないというのが本音。公爵さまは何も言わないけれど、以前にそういう経験も積んでいるのだろう。じゃないと軍のトップになんて立てないだろうから。
『そうよ~。だから十分に気を付けなさいな』
アクロアイトさまの背から飛び、私の顔の前に飛んできたお婆さまは、右腕を伸ばして人差し指を私の鼻先に突き付けた。
「はい」
私が短く返事をすると、にんまりと笑って元の位置、アクロアイトさまの背中へとくるくる回りながら戻る。
『良い返事ね。――そうそう、面白そうだから私も付いて行って良いかしら?』
「問題はない気もしますが、代表さま達の許可は頂かなくてもよろしいのですか?」
知らないのは不味い気がするので、念の為に聞いておく。
『必要ないわね。私は気ままな妖精、この羽で飛んで自由に何処までもいけるもの!』
それに貴女の魔力を吸っている所為か、力が漲っているのよねとお婆さま。妖精さんたちは無邪気で遠慮がないので、私の魔力を吸う頻度が多い。
お婆さまもその一人で、私の下へやってきては問題ない量の魔力を吸い取って去っていく。最近ストールを手放せない理由の一端が此処にある。一番の負担は王国全土への障壁展開の為の魔力補填だったので、状況改善はされているけれど。
「分かりました。代表さまたちには私から連絡を入れておきます」
直通の魔法具があるので、連絡は直ぐに出来る。
『あら、良いの?』
「後から知った、という展開になりそうなので……」
『よく分かっているじゃない!!』
きゃっきゃと笑ってアクロアイトさまの背から飛び立ち、私たち三人の周りを数回飛んで、ぱっと消えたお婆さま。
「妖精ってこんなものなのか?」
「元気だね」
ジークとリンがそれぞれ口にした言葉に、どう返事をしたものかと悩む私だった。
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