第243話:ぐぬぬ。

 ――陛下、ご入来!


 謁見場によく通る声が響き、暫くすると陛下がステージ横の扉から出て来る。徐に玉座に深く腰を掛け、場内を見渡した。リーム王の顔色が良くないけれど、第三王子殿下は普通の顔をしている。なんだろうこの二人の温度差はと首を傾げていると、宰相さまが一歩前に出た。


 「この度アルバトロスは我が国の聖女を派遣し、リーム王国の聖樹へ儀式魔術を行使し魔力補填を執り行った」


 リーム王が目指した年数の延命は無理だったようで、五年生きながらえるだけという結果。リーム王国の聖女さまの質はアルバトロスよりも下らしく、彼女たちだけで儀式魔術を行うのは不可能だそう。

 本当にアルバトロスは恵まれていると、リーム王の顔を見ればぐぬぬと言わんばかり。黙って聞いてはいるものの、内心良くは思っていないのだろうなというのが正直な感想。


 「リーム王国が滅びればアルバトロス王国も被害を被りましょう」


 難民とかでるだろうし、保護するとなったらお金と人員に他諸々が必要となってくる。


 難民の扱いがどういうものか知らないけれど、王国の教会も不祥事が発覚して基盤が脆くなっているのだから、教義を守り弱い者を救う為と謳い難民を助ければ教会は更に疲弊しそう。やっぱ碌でもない事にしかならないから、リームが滅ぶのはアルバトロスとしても望んでいないことのようだ。

 

 「陛下、リームの王が顔を見せております。――如何なさいましょう」


 「うむ。我が国も貴国に構っておる暇はないのでなあ。リーム王の黒髪の聖女の即時派遣要請は飲めぬよ」


 それに辺境伯領の警備を確りとせんとなあと、陛下がリーム王に圧を掛ける。日頃のストレスをリーム王で発散している気がするけれど、まあいいか。ここ最近大変だったろうし、ストレス発散が出来る場所って大事だし。以前も随分といびったようだけれど、足りなかったのか陛下。


聖王国へ抗議するのは約一ケ月先の予定だ。都落ちしてきた枢機卿さまが聖王国へ逃げ込み、聖王国の教会がどういう動きをするのか見極めてから乗り込む予定。

 こちらへ身柄を引き渡してくれるならば、それで良し。匿うようならその点を徹底的に追及するとのこと。穏便に身柄引き渡しされても、聖王国の教会からあんなのが送られてきた理由や任命責任をつつくらしいけど。

 

 「し、しかし、我が国の聖樹はあと五年しか持たぬのだ。それが民に知れ渡れば、不安を煽り国を逃げ出す者も出てくる……」


 辺境伯領の大木を盗む発言は国の危機に際して、未だ王族として抜けている第三王子殿下への発破とあわよくば辺境伯領へ赴き調べてこないか期待していたそう。

 もう少し上手い煽りようがあった気もするが、リーム王もリーム王で切羽詰まっていたらしく『失言だった撤回させて欲しい』と政治家みたいな発言をしたそうな。いや、まあ王さまだから政治家みたいなものだけれど。


 「そうなれば余計に我が国は危機に瀕す。出来るだけ早く黒髪の聖女を派遣して欲しく、本日はやって来た次第だ」


 王さまだから陛下との話は通しているだろう。もしかしてこれは私に事情を直接向こうが説明する為に用意された場だろうか。それなら少数で適当な部屋でやればいいものを。リーム王は見世物なのだろうと、目を細めて彼を見る。


 ぐぬぬ、という言葉がぴったりと合う顔をしてる。


 一国の頂点に立つ王さまが晒し物にされているのだから仕方ないとはいえ、自国の民の為なら堪えなきゃねえ。ここで切れたりすれば全て水の泡だし、アルバトロス王国からの評判もダダ下がりとなる。


 リーム王国の聖樹は、豊穣の証なのだとか。


 枯れたり命が尽きると作物が育たなくなり、リームも一緒に滅びる運命であろうというのが言い伝えだそうで。

 何千何万年も生きると言われていたのだが、それよりも早く寿命がやってきたらしい。聖樹を樹木医に診て貰ったが皆目見当もつかないそうで、聖女による魔力補填しか思いつかなかった。そうして実行した儀式魔術による補填も『五年間の延命』という結果。


 切り落として芽が出ることや、挿し木も考えたそうだが、枯れたらおしまいというプレッシャーで行動に移せなかったそう。


 これ、聖樹に頼らなくとも農業改革でも考えた方が良策なのでは、と頭に浮かぶが口にはしない。採用されたら、私も巻き込まれそうだから黙っておく方が賢明だろう。

 化学肥料や農機具も発達しておらず、改革を目指すには長い時間が掛かるだろうが、聖樹に頼り切りという状況は変えないと。思考停止したまま聖樹の恩恵に頼っていたことが、リームの敗因だろう。そして、その責任を早く負う羽目になった現リーム王は運がない。


 「貴国の現状は理解しているつもりだ。だが、我が国の黒髪の聖女はなくてはならぬ存在。先日まで病に伏して屋敷で寝込んでおってな。病み上がりなのだよ」


 成人もしていない少女にそのような無理を押し通すのかね? と陛下が口走った。まあ臥せっていたことは公然の事実だし、黙っていてもバレるだろうから構わないけれど。

 構わないんだけれど、陛下も私を亜人連合国に派遣したじゃないかと、声を大にして叫びたいが黙っておく。沈黙は金、金、金。

 物は言いようだなあと陛下を見ると視線が合って、微妙な顔をされた。何だか『面倒事が増えた』と言いたそうだった。私の派遣は決まっているのに、王さまに直接乗り込まれて頭を下げられれば断り辛くはある。確かに面倒事だなと、陛下に苦笑いを返しておく。


 「無論だ。だが先程申した通り事を急ぐ故」


 どうか無理を頼めないだろうかと、リーム王は頭を下げた。一国の王さまが他国で頭を下げるなんて屈辱だろう。

 家やご飯のない苦しみは十分味わってきたし、無辜の民が同じ目にあえだなんて言えないから。リーム王国に住まう民の為に頭を下げたというならば、評価出来る。第三王子殿下に発破を掛けた失言はアレだけれど。


 「だそうだ。――黒髪の聖女よ、其方が好きに決めるとよい」


 まあ、顔も見せないまま依頼されるよりはマシだし、頭を下げたのだ。私の派遣は決まっていたし、事態が早く進むだけ。病み上がりではなく、魔力の使い過ぎで体重が落ちていただけ。王国全土に障壁展開する必要はなくなったし、もう少しすれば元に戻るはず。


 陛下、私に丸投げしたなと一瞬思うが『好きに決めると良い』ということは、断っても王国的には問題ないということだろう。

 受けた方が実入りが良さそうだし、お金もたんまり踏んだくれるだろう。教会も踏んだくるだろうし、聖女さまたちのお金の補填に使うことも出来る。悪くはない話だ。私の寂しくなった懐も、少しくらいは温かくなりそうである。


 「リーム王国への派遣、承りました。ただし条件があります」


 「条件と申すか。よい、言ってみよ」


 リーム王ではなく陛下が答えた。


 「わたくしが派遣されリーム王国の聖樹へ魔力補填を行っても効果がない場合もありましょう」


 要するに失敗しても不問にしてね、ということだ。いちゃもんを付けられても敵わないし、逃げ道は確実に用意しておかないと。

 

 「だそうだ。リーム王よ、必ずしも成功するとは限らない。その時は如何致す?」


 「…………仕方ない。その場合は諦める」


 がっくりと項垂れるリーム王。名声はあるけれど、魔力が多いだけで大したことは出来ないのが私だ。そんなに期待を掛けられても困るから、彼が項垂れるくらいで丁度良い。リーム王国の聖樹がどんなものか全く知らないし、状態も知らないけれど大丈夫だろうか。

 

 「良い返事だ。――仮に失敗したとしても、派遣費用と黒髪の聖女の時間を費やした我が国への補填を要求するがよろしいか?」


 「ぐぅ……分かった。払おう」


 またしてもぐぬぬとリームの王さまは歯を噛みしめているような顔をして、私たちの方を見るのだった。

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