第242話:教育開始。

 枢機卿さまを引っ叩いたついでに、幽閉処分が決まった無茶振りくんへも面会申請を出して会いに行った。


 「ごきげんよう。カルヴァインさま」


 「せ、聖女さまっ!」


 椅子に座って机に向かい書き物をしていた無茶振りくんが、驚いた顔をしてこちらを見る。軽く頭を下げると、慌てた様子で立ち上がり彼も礼を執った。


 「お加減は如何でしょうか?」


 「は、はい。何の不便もなく過ごせております。――ただ既に私に対しての教育が始まっておりまして……」


 「申し訳ございません。わたくしが陛下や枢機卿さまにお願いを致しました」


 彼が枢機卿の座に就くならばいろいろと足りないのは理解していた。お飾りだけれど、社交の場にも出なきゃならなくなる。ハニトラに引っ掛かったり、騙されたりするのは困るし、絶対に彼にすり寄る人は増える。

 男爵家である程度の教育は施されていただろうけれど、教会信徒として清貧を旨としているような家である。男爵家の継嗣であるが期待は出来ないというのが、王国上層部と教会の見解だった。


 「聖女さまが! そこまで私の事を思って下さって……」


 いや、感動している場合じゃあない。この一か月間みっちりと貴族として教会信徒として、その道のプロが無茶振りくんへ仕込むんだから。しかも幽閉されているから逃げられない。気絶や体調不良を起こせば『私を呼んで下さい』と伝えている。無理矢理に魔術で回復させるのだ。

 

 枢機卿の座が三席空いたので、その一席に無茶振りくんが、残りの二席はまだ未定。


 教会で議論されているようで、昨日から随分と騒がしくなっているそうな。昨夜、私付きの神父さまが疲れた様子で子爵邸に顔を出し、協議の場に私も出席して欲しいと土下座する勢いで頭を下げられた。

 

 「教会正常化の為にわたくしも微力ながら助力することとなりました。カルヴァインさまもどうか体調にお気をつけて、充実した一ケ月間になることを祈っております」


 「微力などっ! 聖女さまが参加下さるならば、皆さまもご安心でしょう! 私が加わるのは一ケ月後となりますが、精一杯此処で得た物を発揮致します」


 何だろう、無茶振りくんが凄く眩しく見えてしまう。純粋だよね。ただ、その純粋さに付け込む人も居るだろうし……というか最初に騙したの私だな。それはそれ、これはこれということで開き直って、彼に向き直る。


 「期待しております。また顔を出しますので、必要なものや欲しい物があれば手紙でお知らせください、ご用意しますね」


 手紙を出せば、近衛騎士の人たちが預かり検閲を受けて私の家に届く手筈になっている。カルヴァイン男爵さまは王都に召喚され、教会で寝泊まりをしているらしい。無茶振りくんとの面会も出来るそうだが、領地でないから勝手も悪かろう。男爵さまにも会わなければならないので、私のスケジュールが結構大変なことになっていた。


 「私のような者にっ! ありがとうございます!」


 だからね、無茶振りくんには頑張って頂かないといけないから、私はよいしょをする訳ですよ。下心満載ですが、これくらいで彼が奮起するというのなら、いくらでも顔を出しますとも。


 「本当はゆっくりとお話したいのですが……本日はこれで失礼します」


 私も忙しいけれど、無茶振りくんも忙しいのでゆっくりとはしていられない。彼の下から去って、城の庭へと出る。


 「演説の時もそうだったが、聖女としてのナイは『わたくし』になるんだな」


 「そう言えば、そうですわね」


 愉快そうに笑って私を見るソフィーアさまとセレスティアさま。そう言えばお二人の前だと一人称は普通に『私』だった気がする。聖女としてよりも学院生としてだったからあまり意識をしていなかったのかも。


 「時と場合、でしょうか。けれど、どうして今更そんなことを……」


 使い分けは大事。聖女のイメージって清く正しく美しくって感じだから、それを壊しちゃ駄目だろうし。それに意識しておいた方が聖女の役を演じやすいというべきか。

 

 「いやな、聞きなれないものでな」


 「私、で慣れてしまいましたものね、わたくしたちは」


 そうかなあ。聖女としてなら使い分けで『わたくし』になるのは結構前からだけれど。


 「ジークフリードとジークリンデはもう慣れているのか?」


 ソフィーアさまが少し振り返り、護衛に就いている二人にと行け方。


 「今も違和感はあります」

 

 「私、でいいのに」

 

 二人も慣れていないのか……。それなりに聞いていたはずだろうに、割とひどい仕打ち。なんだか扱いが悪いよねえと思うけれど、これもみんなとの距離が近くなった証拠だろう。少し前ならジークとリンにソフィーアさまなら問いかけなかったはずだ。

 仲が良くなっているようで何よりと笑いながら、謁見場へと向かう私たち。リーム王国の聖樹の件やヴァイセンベルク辺境伯領の大木について話があるんだそうな。


 ――どうなるのやら。


 リームの聖樹は儀式によって五年は延命出来たそうだ。エルフのお姉さんズからの情報なので、外れることはないのだろう。そうして辿り着いた謁見場にはアリアさまに侯爵家の聖女さまの姿があり、アリアさまと目が合うと嬉しそうな顔をしていた。

 こちらへ来たそうにしているけれど、流石に謁見場で勝手が出来るはずもなく。公爵さまや辺境伯さまもいらっしゃるし、王国上層部は殆ど揃っている気がする。アリアさまと侯爵家の聖女さまの近くには、教会関係者も付いてきていた。


 顔を動かさず視線だけ動かしていると、リームの第三王子殿下の姿も見えた。その隣には国王陛下よりも歳を取っている人の姿が。どこかで見たことがあるなと記憶を掘り返すと、リームの王さまだと閃いた。リーム王国の事だから第三王子殿下が居るのは分かるけれど、リームの王さままで居るとはこれ如何に。

 アルバトロスより国力が下なので、既に彼が居てもおかしくはないのか。よく分からないが、近衛騎士の人たちが殺気立っている。副団長さまもこの場に居るし、リームのメンバーは生きている心地がしないのではないだろうか。


 騎士の人たちが殺気立っているのは、第三王子殿下が私に対して零してしまった『辺境伯領の大木を奪え』発言が原因だろう。リーム王国への派遣は決まっているというのに、またどうしてと疑問を抱きつつ。荒れなきゃ良いなあと、陛下がご来場するまで静かに待つ私たちだった。

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