第241話:ぶん殴る予定。

 サロンから教室へ場所を変えると、ヴァンディリア王国の第四王子殿下やリーム王国の第三王子殿下が教室に居た。

 体調回復したことを祝われてすごすごと自席に戻って行く。第三王子殿下から手紙を受け取っていたので、礼状を送ってはいたけれど言葉でも礼を伝えておく方が賢明だろうと、少し引き止めて数度会話を交わした。


 私が臥せっている間に、リームの王さまは陛下にねちねちと失言について追及されたそうだ。あとついでにエルフのお姉さんズからも、派遣された際に遊んで頂いたそう。

 リームの聖女さま達とアリアさまと侯爵家のご令嬢さまで儀式魔術を行使し、聖樹への魔力補填を務めたそうだが、五年ほど延命出来ただけで枯れる運命からは逃れられないそうだ。

 彼の国が滅びれば、アルバトロス王国へ難民が押し寄せる。だから協力せざるを得ないそうで、私の派遣が決まっている。お金をふんだくれるし、聖王国の教会への抗議と同道も同意してくれたそうだ。暫くは金欠かもしれないが、聖樹さえなんとかなれば持ち堪えるだろうというのが、アルバトロス側の見解であった。


 ――放課後。


 学院から直でお城へと辿り着くと、停車場には近衛騎士の人たちが待っていてくれた。いつもより人数が多い気がするし、私たちを出迎えてくれた騎士の方々はなんだか緊張している様子で。どうしたのだろうと首を傾げるけれど、答えてくれる人は誰もおらず。

 

 「では、ご案内いたします!」


 敬礼を執って野太い声を上げた近衛騎士さんに『よろしくお願い致します』と頭を下げると『私のような者にそんな……』と妙なことを口にされた。

 いや、お貴族さま出身だし、下手したら当主とかじゃないのかなあ。しかも年上の男性って分かっているんだから、頭の一つや二つ下げますとも。うーん、昨日のアレでなにやら妙な化学反応をしめしたのか、警備も厳重になっているし嫌な予感しかしない。

 

 そんな嫌な予感を抱きつつも、普段はあまり立ち寄らない区域へと足を向けた、本当、城の中っていろんな施設があるよねえと感心しつつ、石造りの地味な建屋の前で立ち止まる。


 「聖女さまには、似つかわしくない場所ですが」

 

 「お気になさらず。――彼らと面会を望んだのはわたくしですから」


 近衛騎士さまの言葉に外向き用の喋り方で、私は答えた。木で出来た分厚い扉を支える蝶番の音が大きくなり、中へと案内される。幽閉棟とは違う場所の牢屋だろうか。きょろきょろと周囲を見渡していると、近衛騎士の方が小さな部屋へと案内してくれた。


 「件の者を連れて参りますので、こちらでお待ち下さい」


 「はい」


 短く返事をして待っていると遠くから声が聞こえ、それが段々と近くなってくる。近衛騎士の人と恐らく枢機卿さまの声だろう『離せっ! 私をどうするつもりだ!』『黙れっ!』の応酬だった。私に着いてきてくれている、いつものメンバーがそれぞれ深い溜め息を吐いた。


 なんだか凄く小物臭がするけれど、ぶん殴ると決めたのだ。遠慮は必要ないだろう。


 閉まっていた扉が開くと、小太りの枢機卿さまが現れた。今回捕まった、ドジな枢機卿さまらしい。興味がないから知らなかったが、知らないと聞けば無茶振りくんがドン引きしそう。教会上層部なんて興味なかったし、顔を知っているのは老齢の枢機卿さまだけ。

 そう言えばリーフェンシュタール枢機卿も名前だけで、顔は知らない。まあその内に会うだろうと、他所事を考えていた頭を振り払う。


 「ごきげんよう、枢機卿さま。――いえ、初めましての方が適切でしょうか」


 近衛騎士の人たちの手で押さえられているけれど、昨日捕まったばかりとあって元気そのもの。やつれたり生気のない人間を相手にするよりは良いか。何故、人さまのお金を使い込んだのか理由を聞いてみよう。


 「お、お前はっ! 黒髪の聖女かっ!」


 「はい。皆さまからは物珍しさ故にそう呼ばれております。最近は竜使いの聖女……今日は救国の聖女などと呼ばれていました」


 本当、救国の聖女って大袈裟な表現だし、過剰評価もいい所で。


 「……聖女の癖に金にがめついとは、貴様と私たちと変わらぬ金の亡者ではないか!」


 随分と懐かしいなあ。前世の学生時代は荒れていたから、こういう脅しを掛けたことは何度かある。女だからと舐められた態度を取られたこともあるけれど。


 「確かに、お金に汚いのでしょう。ですが、自身で稼いだお金を信頼している教会に預けていた……わたくしや他の聖女さま方のものにも手を出した理由、お聞かせ願いますか?」

 

 今世は魔力という不思議な力を持っている訳で。小柄でチビでも魔力を練ればあら不思議。相手はビビり散らすのだ。

 それは今までで十分理解している。ギルド本部でエルフのお姉さんズに魔力を練ってと言われて良かった。私の魔力が脅しに利くなんて、意外だったし。


 「貯める一方で使わないのだっ! そんな金に何の意味がある! 使ってこその金だろう!!」


 「確かに。ですが、そのお金の使い道は自身の私腹を肥やす為ではありませんでしたか?」


 「それの何が悪い! 使わないより良いだろうがっ!!」


 それはそうだけれど。他の聖女さまは知らないが、使い道によっては許可はだした筈だ。貧民街の為、孤児院建設の為と理由を付けてくれれば、快く出したというのに。

 これならとっとと自分で主導して孤児院建設なり貧民街のテコ入れなりすれば良かったと思う。だが、それが可能になるのはここ最近になってからだ。亜人連合国であの結果を出さなければ無理だ。


 「そうですね」


 使わなきゃ宝の持ち腐れではある。けれどなあ。みんなの将来の為と貯めてきたお金を使い込まれるのは、やはり腹が立つ訳で。


 「ああ! 使わない金を私たちは使ってやったんだっ!」


 「その言葉で納得して、ありがとうと言うとお思いですか?」


 言う訳ないだろうに。これは堂々巡りだし反省もしない人だろう。そんな人なら最初から手を出さないか。事の大きさを把握できていないし。


 ――パン!


 と乾いた良い音が鳴る。小柄で、しかも女の骨格と筋肉だから、痛みは少ない。ジークかリンに殴って貰おうかと考えていたけれど、それすら虚しくなってきたので、自分で平手打ちを放った。手のひらと手首に痛みが走るが、大したことはない。直ぐに治る。


 「なっ! 何をする!」


 「そう大声を出して抗議するほどの威力ではないでしょう。――取り調べは騎士団の方が担うそうです。何か隠し立てをすれば、取り調べ以上の苦痛を味わうのでしょうね」


 そう言って魔力を練ると、髪がぶわりと宙に浮く。ああ、ほら、人が魔力を放出した先からアクロアイトさまが吸い取っているし、興味本位で妖精さんがくっついて来ていたので『まりょく!』『魔力だ!』と言って喜んでいる。

 私の魔力に驚いているから、脅しの効果があったのならそれでいいか。近衛騎士の人たちが真っ青になっているので申し訳ない気持ちになるが、敵意は向けていないので目の前の男が感じる恐怖よりはマシなはず。

 

 「皆さま、行きましょう」


 こんな人に構っている場合じゃないかと、アンモニア臭が立ち込め始めた部屋から出て行くのだった。

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