第240話:動乱翌日。

 王都で民衆の動乱――茶番だけれど――が起きてから、一日が過ぎた。子爵邸の窓から外を見ると、数日降り続いていた雨も止み、空は綺麗な青色へ変わっていた。


 「おはよう」


 ベッドの上でまだ眠そうにしていたアクロアイトさまに挨拶すると、ぱっと目を見開いてこちらを向き、少し考えた素振りを見せたあと私の肩へと飛び乗った。学院へ行く準備は済ませ制服を着込んでいるから問題ないけれど、爪が食い込まないのが不思議だ。上手く加減をしてくれているのだろうけれど、大きくなったらどうするのか。

 大きくなったら私が乗る立場になるのだろうかと首を傾げると、ちょうどアクロアイトさまが乗っている肩の方で顔同士が触れ合う。急な事で驚いたのかアクロアイトさまが一鳴きするけれど、それだけ。驚かせてごめんなさいという意味を込め、肩から腕の中へと移動させる。


 「朝ごはん食べに行こうね」


 一緒に行くけれど、人間の食事には興味がないのか無関心。専用の籠へ鎮座させると、大人しくそこで寝ている。

 ほどなく、朝食のご用意が出来ましたと声を掛けてくれた侍女さんと一緒に部屋を出て、食堂へと向かう。そこには制服を着込んだジークとリンが既に居て、定位置に腰掛けていた。


 「おはよう。待たせてごめん」


 「おはよう。来たばかりだ、気にするな」


 「ナイ、おはよう」


 専用の籠にアクロアイトさまをゆっくりと座らせて、私も自分の席へ付く。一応、この屋敷の主人なので上座。ジークとリンはその直ぐ隣と言えばいいのだろうか。長いテーブルの端に私が一人座り、側面に二人が対面して座っている。


 主従関係となるので本来は同席することはないが、お屋敷の使用人の皆さまには、三人は家族のような関係だから、あまり目くじらを立てぬようにと説明されていたそう。有難いと感謝しつつ、誰がこんな配慮をしてくれたのだろうか。今度、誰か捕まえて聞いてみるのも手だ。この際はっきりさせて、お礼を伝えよう。


 お屋敷で雇われている料理長さん渾身の朝ごはんを食べ終えて、学院へと向かう馬車にアクロアイトさまと一緒に乗り込んだ。話し相手が居ないので少し寂しくはあるが、教会宿舎から学院へ向かうよりも距離は短くなっている。

 

 「着いた。――降りるぞ」


 馬車が止まり暫くすると、扉が開いてジークが顔を出す。手を差し伸べてエスコートしてくれた。


 「ありがとう、ジーク」


 「兄さん、次は私」


 「わかった」


 二学期初日もこのやり取りがあったよなあ。もしかして、リンは毎日繰り返すつもりなのだろうか。リンを見て苦笑いを浮かべるジークと一緒に私も笑うと、リンは分かっていない様子で首を傾げた。


 臥せっていたので、久方振りの学院だなあと正門を見ると、人、人、人の山。


 言い方は悪くなるけれど平民の人たちの騒動だったはずだから、お貴族さまには関係ないはずだけれど、横領お貴族さまの関係者は居そう。憎まれているんだろうなあと遠い目になりながら、この警備を抜けるにはかなりの実力が必要だ。ジークとリンも居るし、もやしなお貴族さま相手なら大丈夫か。


 「子爵、ごきげんよう」


 「ごきげんよう、ミナーヴァ子爵」


 いつも……と言っても二度目だけれど。ソフィーアさまとセレスティアさまが私の傍にやって来る。ジークとリンも後ろへと控えた。


 「ごきげんよう、ソフィーアさま、セレスティアさま」


 挨拶を済ませて校門へと歩いて行くと遠巻きに私たちを見る。


 「救国の聖女さまだからな。十分に気を付けろよ」

 

 「ええ。わたくしたちも気を付けていますが、貴女が気を抜けば意味はありませんもの」


 「あの……なんですか……ソレ」


 本当に何だろう、もう。私、国なんて救っていないのだけれど。


 「教会の腐敗を嘆くも、教会の再建と王国の立場の確保。十分、救国ではないか?」


 「ですわね。――意図してやったのか偶然だったかは知りませんが、結果だけをみればそうなるのでは?」


 「……嘘」


 もう止めて欲しいけれど、今回煽った責任とかがあるので、文句が言えない。畜生、畜生と心の中で念仏を唱えながら結果を受け入れるしかないのだろう。

 

 「もう好きに呼んでください。――行きましょう、話があると昨夜聞きましたから」


 昨日の夜に使者がやってきてソフィーアさまから報告があると聞いていた。なのでいつもより学院には早く着いている。


 「ああ」


 「ええ」


 王城で報告を聞くよりも、学院で授業を受けなければならないから、学院で先に概要だけでも知っておけということだろう。

 教室へ行く前にサロンに寄って、そこで説明を受ける。多くの視線を浴びながら、その人たちはひそひそと何か言っている。


 『お痩せになられて』とか『大きな竜を意のままに従えることが出来るそうだ』とか好き放題である。しばらくはこの調子だろうなあと正門を通ってサロンのある校舎へと入る。それぞれの位置につくと、鞄から薄い紙束を出したソフィーアさま。


 「祖父から取り急ぎと言われてな。目を通して欲しい」


 気配を察したのかアクロアイトさまがジークの頭の上に飛んで行った。なんでジークの腕の中に飛んで行かないのか不思議だが、差し出された紙束へと手を伸ばす。


 「はい。――失礼して」


 昨日、王都を飛び立った竜騎兵隊の皆さま――即席なので、竜との連携はお察し――は枢機卿さまの領地へと辿り着き、領主の家で本人を捕縛。

 家族も一緒に同道を願うと逃げようとしたらしい。竜との連携はお察しの騎士の方々だが、地上戦というか普通の捕り物ならば慣れており、逃げることも視野に入れていたのだろう。一人も取り逃すことなく捕まえたそうだ。あとは王都へ連行して取り調べとなる。


 「まあ、言い逃れは出来ないだろうな」


 「妖精の方々からいろいろと情報がありますものねえ」


 そう、妖精さんたちの協力により、情報は随分と集められていた。横領の証拠は見つかっていないが、先に捕まった枢機卿さまと言い争いをしている所をバッチリ見られてる。もうみっともない言い争いだったので端折るけれど、本当に馬鹿なことをしたものだ。


 「ですね。もっとずる賢い人たちなのかなあ思っていたのですが……」


 「賢ければ露見なんてせんだろう」


 「もっと上手く立ち回りましょう」


 お二人の言う通りか。まあ枢機卿さまたちが小物なお陰で、今回の策は成功したのだから良しとしよう。


 「では放課後は城へ?」


 「はい。捕まった枢機卿さまとの面会を希望したら、あっさり了承されました。恐らくもう一方もこちらへ移送されているでしょうし、ついでに会っておこうかと」


 強化魔術を掛けられる魔術師団の方に、強化を私に施して貰おうと考えていたけれど、ジークやリンに強化魔術を目一杯に私が施し殴って貰った方が威力があるということに気が付いた。どんな言い訳をするのか楽しみだなあと、部屋の窓の外を見る。


 「やり過ぎるなよ。まだ取り調べは残っているんだ」


 「死なせるとそこまでですわよ、ナイ。気持ちは分かりますがやり過ぎませんように」


 どうしてお二人は私の思考を読むのが上手いのだろうかと、微妙な顔になるのだった。

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