第236話:流れ。

 手始めに居住棟の窓から我々を見下ろしていた、枢機卿を捕まえた。


 「離せ! 私は枢機卿だぞ! こんなことをして許されると思っているのか!!」


 彼の言葉に答える者は誰も居ない。王都の皆は手を出そうとしないのも不思議である。


 ここまでは聖女さまが仰った通りに事が進んでいる。まさか本当に竜で王都の民を脅すとは……。しかも見て見ぬフリをするなら、腐敗した教会貴族と同じだと言っておられた。聖女さまが仰ったのか、竜が彼女への忠誠心故にそう言ったのか。

 事実は分からないが、ともかくここまで辿り着いたのだ。腐敗している枢機卿三席のうち一席を担う人物を捕縛することが出来たが、残りの二席を担う者はどこにも見当たらない。居住棟に居ないのならば、教会上層部の方々が利用する棟に居るだろうと、ジークフリード殿に向かって頂いたが、まだ彼はこちらへ戻る気配はない。


 がたんと大きな音が鳴りそちらに目をやると、大きな扉が真っ二つになっていた。


 「あの……ジークリンデ殿?」


 随分と立派な剣を、鞘に納める姿がやけに綺麗だった。


 「何?」


 扉を真っ二つに切った、黒髪聖女の双璧と呼ばれる片割れの女性に声を掛けると、こちらを見もせず返事をくれた。名前は道すがら教えて頂いた。

 先程から彼女は手あたり次第に扉を切っていた。その後に王都の民が部屋へ入って、不正や横領の証拠がないかと調べている。関係ない者には手を出さず、数名で見張って欲しいと伝えている。キチンと私が言ったことを守ってくれることに、喜びを隠せない。


 「も、もうよろしいのでは……」


 枢機卿の一名は捕らえたのだ。残りの二人の行方は分かっていないが、捕まえた枢機卿から聞き取りをすれば、手掛かりは掴めるだろう。居住棟なので、関係のない人たちも居る。あまり手荒な真似はしたくはないし、聖女さまのイメージにも関わる気がするのだが、大丈夫だろうか。


 「まだ。――金庫が見つかっていない」


 「金庫、ですか?」


 金庫とは、と一瞬考えたが金庫は金庫である。恐らく中にはお金が入っているのだろう。ただ金庫の扉が簡単に開くとは思わないが、開錠を専門にして商売をしている者がいると聞いたことがある。見つければ、新たな証拠となるのだろう。ならば彼女が必死になっているのも理解できる。


 「うん。お金、隠してる」


 「金庫ですのでお金はありましょう。しかし手あたり次第に探しても、ここに住む無関係の者に迷惑が掛かります」


 そろそろ止めておいた方がと遠回しに伝える。ずかずかと歩いて、また扉を切る彼女。


 「悪い事、見逃してた。――だから、同じ」


 切り終えて私に向きなおってじっと視線を合わせている。


 「分かっていたとしても、家格や地位で言えぬこともありましょう」


 そうだ。就いた地位で言えぬことや我慢しなければならないこともある。教会上層部どころかトップに立つ五人のうちの三人が悪事に加担していれば、見て見ぬフリをしなければならない人も出てくるだろうに。


 「そうだね。でも今なら関係ない」


 確かにここまで来れば関係ないが……誰かの迷惑になるのは良くないのでは。しかし体を張って彼女を止めないのだから、私も同類なのだろう。止めるのを諦め、ジークフリード殿は枢機卿残りの二名を捕えただろうかと足を向ける。

 

 「ジークフリード殿、見つかりましたか?」


 背の高い赤毛の少年をようやくみつけて声を掛けると、私へと向き直る。


 「いえ。残念ながら……しかし、コレを見つけることが出来ました、カルヴァイン殿」


 双子の妹よりも随分と丁寧な言葉遣いだった。私よりも随分と背が高く、少し屈んでいるのが気にはなるが。部屋に隠していたのか、本棚の本を入れ替えると仕掛けが発動するようで、よく分かったものだと感心する。


 「金庫ですね。――中は一体」


 「中を確認するのは後で良いでしょう。今は教会関係者を捕えるか逃げないよう見張りを付けることの方が先決です」


 彼はこちらへと足を向けて随分と教会関係者を捕縛している。無実だと訴える者は、同じ部屋に隔離して身動きが取れないように見張りを立てていた。我々が勝手に裁けば私刑となってしまうので、捕らえた彼ら彼女らは後ほど国へ引き渡す予定だ。

 軍や騎士団の方々には申し訳ないが、教会正常化の為に動いて貰わねば困るのは我々だ。聖女さまに付き従う竜たちも納得しないから、手を抜くようなことはしないだろう。

 

 そうして殆どの教会関係者の身柄を捕えたが、枢機卿二名の姿はこの中になかった。教会関係者の方々に暴行を加えることもなく終わったのは、本当に奇跡である。王都の皆が暴徒と化すことも考えていたが、理性があったようでなによりだ。


 「他の枢機卿さまには、逃げられたのでしょうか」


 「恐らくは」


 雨の降る中、ジークフリード殿に声を掛ける。彼は聖女さまに一番近しい立場だろう。いろいろと聖女さまから指示を受けているに違いない。彼は私に『軍や騎士団の到着を待ちましょう』と落ち着いた声色で答えてくれた。


 「終わった……」


 「ええ。大役お疲れさまです」


 私を労うジークフリード殿を見て苦笑いを浮かべる。死を覚悟して聖女さまに直訴した甲斐があった。しかも聖女さまは私の命を繋げてくれたのだ。この先私は教会正常化の為に身を粉にして働くことになるだろうが、それを望んだのは私自身で後悔はない。

 

 「――なあ。本当に教会だけが悪いのか?」


 ふと、そんな声が聞こえた。


 「聖女さまの金を奪っていたのは教会の枢機卿の連中だろ。教会が悪い、で終わりじゃないか?」


 「教会の黒い噂なんて昔からあっただろう」


 確かに以前から黒い噂はあった。信者が寄付したものを着服しているだとか、孤児を安い賃金で雇いキツイ労働に就かせているとか。

 

 「その噂をさ、王さまは何で放っておいたんだ?」


 「捕まえる証拠がないからじゃないか」


 嫌な空気が流れ始めた。


 「なあ、こんなになるまで放っておいた国も悪くないか?」


 「確かに」


 「教会だけじゃなくて、城にも行くべきじゃないか?」


 「城に、なんで?」


 「教会の腐敗を許していたのは、俺たちじゃなくて王国だろう?」


 「まあ、そうなるのか?」


 政と宗教は別であることが健全。だが、王都の民にそれを理解してもらうのは酷な事なのだろう。ふと上がった疑問の声に、波紋が広がっていく。


 「城にも行こう!」


 「ああ、行こうっ! 竜は見て見ぬふりをしている者を許さないと言ったんだ! 国も王さまも一緒だ!」


 「――ま、待ってくれ! 王国は関係ないっ!」


 両手を広げ城には行くなと止めるが、火の灯った人々に心に私の言葉など届くのだろうか。


 「関係なくはないだろう! ずっと教会を放っておいたんだ!」


 あんたは教会しか目的にしていないなら来なくていいだろう、と言われてしまう。そうだ、そうだと声を上げ教会から城へと向かう王都の民は、私を無視して大勢の者が歩き始めたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る