第233話:【④】聖女が臥せった。
――王都に雨が降る。
今日は学院が休みで、ゆっくり子爵邸で侍女としての仕事が出来る。我が主のナイは臥せっていることになっているので、主室に籠り切りだ。そんな彼女を心配してか、ひっきりなしに貴族共から見舞いの手紙が届いていた。私とセレスティアで大量の手紙を仕分けていたのだが、何分量が多い。手を止めて、対面に座るセレスティアの顔を見た。
「少し休憩するか」
「ですわね。――しかし、すり寄る貴族が多いこと」
他国からもいろいろと彼女宛てに届いていると聞いた。城で外務卿を始めとした方たちが、目を通しているとか。有用な話ならナイに渡るし、なければ無かったことにされているそうだ。
「仕方ない、で済ませれば良いのだがな。ナイに貴族の繋がりは皆無だから、楽ではある」
これで親の代から繋がりや縁があるとなれば、仕分け作業がもっと複雑になっていた。貴族の後ろ盾は公爵家と辺境伯家だし、仮に二家の寄子がすり寄るならば警告を一度し、二度目があれば寄り親寄り子の縁を切る。全く関りのない他家からであれば、念の為に内容を確認した後に廃棄。
ほぼ全ての手紙が体調の心配。時折、体調のお伺いの後に夜会の出席や婚約話が紛れ込んでいるので、そういう場合は直ぐに切り捨てる。治癒依頼ならば、少々考える為に保留に分ける。
勿論、そんな馬鹿な手紙を送ってきた連中は記録として残し、また絡んできた際にはチクチクと嫌味を記した手紙を送る予定である。直接の接触であれば首が飛ぶので、怖くて出来ないらしい。
私も彼女と学院で出会っていなければ、どうにか接触する方法を考えていただろう。
「どうしました、ソフィーアさん。珍しいですわね貴女がそんな顔をするだなんて」
「ん、ああ。ナイと学院で出会っていなければ、今頃はこの手紙を送ってきた連中のように、必死になっていたと思うとおかしくてな」
飛ぶ鳥を落とす勢いで名声を上げている彼女と接触を図るには、カルヴァイン男爵子息のような無茶をしなければ直接会う事すら出来ないだろう。学院内でも話しかけることは難しい。勿論、ナイから話掛けることがあれば可能だが、知り合いは二学期に普通科に編入してきたアリア嬢くらいだそうだ。
アリア嬢は貴族としてより、聖女という職に就いているからこその学院編入。彼女の実家も調べてみたが、鳴かず飛ばずの男爵家で困窮するギリギリの所。何かをしたくとも手も首も回らない状態だ。影響力が弱すぎるので、アリア嬢がナイに近づいても問題ないと協議された。
「確かに。わたくしたちは運が良かったのでしょう」
「だな。――茶を用意させよう」
使用人を呼ぶ鈴を鳴らそうと立ち上がる。昼過ぎから降り出した雨は止むことはなく。夜まで降りそうだなと、窓の外を見ると、ふと子爵邸の正門に人影があるのを確認した。
誰だ、あんな所に佇む馬鹿は。雨の中警備を担っている軍や騎士団の連中に迷惑が掛かるだろうと、目を細める。注視していると目が慣れてきたのか、ヴァンディリア王国の第四王子殿下と分かった。
「――……なあ。なんだアレは?」
本人に聞こえないこと、咎める人間が居ないことを理解した上で口にした。セレスティアに向き直り顎で外を指すと、彼女も窓へと視線を向けた。
「……。何をなさっているのでしょうね、あのお方は」
窓の外を確認できたのだろう。セレスティアが言い終わった後、ありありと深い溜め息を吐く。
門の横に立ち雨に降られているが、そんなことをして一体何の意味があるというのか。手には大きな花束を持っているが、雨に濡れ駄目になるだろうに。彼の護衛役も大変だな。友好国とはいえ他国だ。
気を抜けない状態だろうに、こんな無茶な形で護衛を務めなければならないとは。彼の護衛に同情が湧けども、彼に対しては少しも同情など湧いてこない。そして彼に付けられている我が国の影にも同情が湧く。
そもそもナイ相手に意味のある行為だろうか。
貴族の夢見る令嬢たちにならば効果はありそうだ。両親に認められていないが、それでも雨の中で自身に会おうと尽力してくれる優しい男、といった所か。ナイに報告を上げれば怪訝な顔をして『気持ち悪い』と切り捨てられそうだ。
「どうします?」
向こうから見られないように窓の両端に立つ私とセレスティア。
「どうするか……見てしまったからな」
とはいえ敷地の中へと招くのも憚られる。何時から立っていたのかは知らないが、報告が来ないことを見るにそう時間は経っていないのだろう。門柱で番をしている者は声掛けはしたが、やんわりと断られて動くに動けないといった状況か。
「これを見るとリームの第三王子殿下の方がマシに思えますわね」
セレスティアが私に一通の手紙を渡してくる。どうやら中を見ろということらしい。そうして開いた手紙には、リーム王国第三王子の直筆だろう。
内容はナイが臥せりリーム王国へ赴けないのは残念であるが、代わりの聖女を派遣されることになったこと。亜人連合国からも知識がある方が同道すること。それはナイが彼の国へ相談したからこその結果で有難い、と。そして最後に『早く元気を取り戻して、再会を願う』と書かれていたのだった。
「で、これか」
手紙の中には栞が挟まれており、ご丁寧に押し花で装飾されていた。第三王子手づからかどうかは知らんが、ナイは暇さえあれば本を読んでいることが多い。昼休みの時間も中庭で本を読んだりしていたから、どこかで情報を得たのだろう。
「ええ。あのような臭いのキツそうな花束よりは、こちらの方が配慮されていますわね」
これくらいならばナイに渡しても問題はないか。格下の国とは言え王族を蔑ろには出来んし、手紙が届いていることくらいは知っておかなければ。
「評価が厳しいな」
「わたくし、あのような手合いは苦手です」
「私も同意見だがな」
どうやら気が合うらしい。さて、このまま放置する訳にはいかないなと息を深く吐いて、護衛を連れて外に出るかと意を固めた直ぐ、ノックの音が部屋に響いた。この音は何か知らせたいことがあるという合図だ。
「どうぞ」
少し待つとゆっくりと扉が開き、教会騎士の服を纏ったジークリンデが部屋の外に立っていた。
「失礼します」
「ジークリンデ、どうした?」
数歩進んで、入口付近で止まった彼女に声を掛ける。
「ナイが、もう直ぐ空に竜が飛ぶけど驚かないで下さい、と」
口数が少ない彼女だから、報告が端的になるのは仕方ない。
「そうか、分かった。あまり無茶はするなと伝えておいてくれ」
「はい」
敬礼をして部屋を去るジークリンデは、ナイが居る主室へそそくさと戻ったのだろう。最近、一緒に過ごす時間が減っているから、彼女にとって学院の休みはナイと一緒に居る口実が出来るので嬉しいらしい。
「ソフィーアさん、休憩を長めに取りませんか?」
「お前なあ……」
これから第四王子の相手をしなければならない私のことを考えてくれと、愚痴を零したくなるが押しとどまった。顔を輝かせて窓の外を見ようとするセレスティア。竜の事となると、他の事に目もくれないからどうにかして欲しい。
王都に降る雨が先ほどよりも強くなり、遠雷が鳴り始めた。まさかコレもナイの仕業なのだろうか。そうして暫くすると、王都の空には巨大な竜が空を舞っている。
『――……許せぬ』
耳に届くのではなく、頭の中に直接響く声だった。
『許せぬ』
そうして一層大きな雷が王都の外へと落ちた。
『聖女のモノを奪った奴らを許せん。――見ているだけの貴様らも奴らと同じか?』
聖女に傷を癒して貰ったのだろう。病気を治して貰ったのだろう。この期に及んで受けた恩を返さぬとはどういうことだ、と我々に問いかけている。思いっきり誘導させていると、主室の方を見てしまった。
『王都を灰燼に帰されたくなくば……分かるな、人間共よ』
そう言い残してあっさりと竜は王都の空から消えていくのだった。なあ、ナイ……、恐怖を煽り過ぎじゃないかな。もう少し手心があっても良かったのではと窓の外を見ると、第四王子の姿は消えているのだった。
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