第232話:【③】聖女が臥せった。

 王城の一角、王族のみが立ち入りを許されている部屋で、国王陛下もとい甥と対面して座す。ここ二週間ほどは、人員を増やして王都の様子を監視している。

 

 『黒髪の聖女さまが、信じて預けていた教会上層部に金を横領され茫然自失となり臥せった』


 『彼女に付き従う竜が怒っているかもしれない』


 これが噂の主である。細かい物を挙げればキリがないが、概ね統制されていると言って良い。なんで、こうも狙い通りに噂が流れるのか不思議だが、亜人連合国に協力を願い出ているからなあ。何が起こっても、嗚呼、彼らが助力したのかもしれないと考えれば合点がいくのが怖い。


 無茶振りを言ってのけたナイの所為で、教会へ向けられている矛先が王国へ転嫁されないか王国上層部の皆が肝を冷やしておるし、財務卿は『また税金が……』と頭を抱えておる。国の予算編成が随分と変わってきておるから仕方ないとはいえ、今の時代に財務卿の座に就いたことを嘆くしかあるまいな。財務卿の家は財務の仕事を生業としておるし。

 

「はあ……無茶を言いおって」


 本当に。何故あ奴はあんな極端なことを一瞬にして思いつくのだ。金を取られた気持ちは無論理解している。金の補填は横領した馬鹿どもから、領地や資産を没収した上に、聖王国の教会へ抗議と賠償を求めれば良い。

 亜人連合国の上層部からも『協力しよう』『毟り取りましょうか』『面白そうだね~』と言葉を頂いている。聖王国の教会から派遣されてきた枢機卿を捕えれば、彼の国へ乗り込む理由も出来よう。枢機卿が逃げてしまっても、乗り込む理由には十分だ。


 「叔父上、黒髪の聖女は本当に孤児だったのですか?」


 王都の貧民街で育ったとは思えん行動よのう。甥の疑問も尤もだ。


 「ああ、五年前まではな。それから教会で多少の教育を受けてはいたが」


 「学院の入試試験を次点で通る才覚持ち、というのはまだ分かります。ですが、噂で民を煽り扇動するなど、あのような子供が思いつくだなんて」


 ワシが家庭教師を用意したことを知っているのだろう。一流の講師をつけ、本人にやる気があればそれなりの所まで上り詰める。あとは才能だろうか。まさか次点の成績を叩き出すとは……と報告を聞いた時に驚いたものだが、こんなことを考えられるのだ。納得できよう。


 「貧民街で生きてきた下地があるからのう。馬鹿では生き残れんよ」


子供とよく言われるが、幼いながら貧民街で大人に頼らず、過酷な状況で生き抜いてきた知恵と……あとは運か。

 

 「貧民街から生まれた傑物ですか」


 「だのう。――で、甥よ……どうするのだ?」


 このまま指を咥えているだけではなかろうと、甥を煽る。


 「彼女が倒れたことでリームへの聖女派遣は代役です。問題発言も逆手に取って協力体制を敷きます」


 リームの協力を得られたので代役の派遣は既に行われている。亜人連合国からも協力者が手を上げたので同行しておるが、もしやナイの奴は彼らに協力を願ったのだろうか。


 「ほう」


 「代役の聖女すら送らんぞと脅せば二つ返事でしたよ」


 「辺境伯領の大木を奪え、だったか。馬鹿を言いおったものよ。まあ、迂闊な第三王子のお陰であるが」


 ポロっと零してしまったリームの第三王子は政治に向いておらぬ。

 父王も本心だったのか、息子に発破を掛ける為だったのかは分からぬが、自爆している時点で息子の愚かさを見抜けなかったしのう。我が甥の第二王子も馬鹿であったが、本人の資質と教育の大事さを痛感させられる。


 辺境伯領の大木には亜人連合国から入れ代わり立ち代わりで竜がやってきており、無人になることはないそうだ。辺境伯もこの事態を危惧して、警備の人員を派遣するそうだ。盗まれる心配はそうそうない。


 第三王子にも影がつけられているし、留学中に問題行動さえ起こさなければ不問ということになった。

 

 「我が国と亜人連合国にリームが揃って聖王国の教会へ抗議をすれば、向こうも問題にするしかないでしょう。ついでに使い込まれた金の補填も兼ねて毟りとりましょう」


 「で、民の矛先が教会から国へ向いた場合はどうする?」


 その可能性は大いにある。教会の監視を怠ったと言われれば、返す言葉もない。


 「難しい問題です。黒髪の聖女が民を諫めてくれれば最善でしょうが……」


 「怒って我々のことなど全く気にしていないからな」


 考え出したことを実行するのみだといって


 「ええ。――どうして教会貴族共はあのような直ぐに露見してしまう馬鹿なことを……」


 はあと深い溜め息を吐く甥。魂まで抜け落ちそうだが、大丈夫であろうか。聖王国やリームを相手にするよりも、ナイと対峙する方が嫌だと少し前に零しておったからな。

 あ奴の後ろには亜人連合国が控えておるから、チラついて仕方ないらしい。甥よ、お前さんより自身の長子の方が、ナイの相手を長く務めなければならないのだから、それくらい我慢せい。


 「あ奴、金を貯め込む一方で使わなかったからのう。狙い目だったのだろうよ。金の引き出しが頻繁であれば、手も出し辛かっただろうに……」


 本当に。

 以前、もっと金を使えと諭すと、ギャンブルは聖女像が崩れるから駄目、暴飲暴食も太るし限界がある、服や宝石も興味ない、とか言い訳を並べていた。

 これなら適当に小さい領地貴族の爵位を与えて、運営でもさせて無理矢理にでも金を使わせれば良かったか。ナイの名声で与えた領地がとんでもなく発展しそうな予感がするが、きっと気の所為だ。


 「子爵となったので金の管理の心配はないでしょうが、まだ名を上げていきそうですね」


 「だろうなあ。そしてアルバトロスの名も一緒に上がっておることを忘れてはならんぞ」


 「勿論です、叔父上」


 彼女が居なくなった時を考えると頭が痛いですがと唸る甥。国を捨てるか、亡くなるか。アルバトロスがナイを失った時に受ける損失は大きいだろうな。


 「せめて、子を残してくれれば良いが……」


 「貴族としての婚姻を望むのは酷でしょうし、あまり取りたくはない手法です」


 町娘のような恋愛なぞ、ナイに望めるのか……。それならジークフリートに頼み込んで、爵位をさらに上にあげて婿入りが順当な気がするが。ヴァンディリアの第四王子は論外だ。彼の国との繋がりが出来ても、面倒事が転がり込むだけであろう。――まあ、兎にも角にも。


 「機を見計らい、上手く王家へ不満が向かぬように仕向けるしかないな」


 救いはナイが我々に不満を向けていない所である。こちらにまで向けば、もう諦めるしかあるまいて。さて、そろそろ亜人連合国から竜が王都へ飛んでくるころだなと、窓へと視線を向けるのだった。

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