第231話:【②】聖女が臥せった。
――ナイお姉さまが臥せった。
そう耳にした時、雷に打たれたような衝撃が身体に走りました。学院のサロンでお話したあと、教会で倒れられたそうです。
原因は預けていたお金が、教会上層部の貴族の方々による使い込みが発覚したこと。お姉さまは子爵家運営の為、今まで貯めていたお金を全額下ろそうと教会へ足を運ぶと、使い込みが分かったそうです。
それが一週間ほど前。
私も教会にお金を預けていた為、確認を取るとお金は無事でした。聖女の活動を本格化させたのが最近で、理由の一つだろうと教会の方が仰っていましたが、少し不安が残ります。
王都の街中では黒髪の聖女さまが教会に預けていたお金を着服されたと噂が持ちきりです。王国を守る聖女さまのお金を掠め取るなど言語道断だと大きな声を上げる方もいらっしゃいます。
「……――大丈夫、かな」
小さく声が漏れてしまいましたが、私にどうこう出来る力はありません。ナイお姉さまのように二つ名でもあれば別でしょうが、私はただの新米聖女。
でも少しだけ嬉しいことがありました。討伐遠征での評価と同時に、もうすぐナイお姉さまと同じように、王城の障壁を張る為の魔術陣への魔力補填を担う事になりました。
これで少しはお姉さまに近づけたのでしょうか。いいえ、ナイお姉さまはお城の魔力補填に週に一度向かわれていると聞きました。
私は手始めに三か月に一度魔力の補填を教会から命じられました。その際のお給金は国から支払われるのですが、結構な額で驚きを隠せません。
このお金が手に入れば男爵家の領地を整備し、いろいろなことに役立てることが出来ます。魔力補填に慣れると補填の間隔が短くなっていくので、かなりの額となります。どこまで間隔を短くできるかは、個人が有する魔力量次第。
「頑張らなきゃ!」
両手の拳を握りしめて、気合をいれます。それもその筈。今の私は聖女の衣装を身に纏い、登城しているのですから。数か月前までの私では本当に信じられない出来事です。
近衛騎士さまが丁寧に案内してくれて謁見場控室。教会騎士の方や教会の統括も一緒に付いて来られていますが、初見の方でちょっと気後れしてしまいます。
「聖女アリアさま。こちらへ」
「は、はい!」
緊張して胃の中身を戻してしまいそうですが、ぐっと堪えます。自分で言うのもなんですが、年頃の女の子がやっていい事ではありません。
そうして謁見場へと案内されると、そこには既に大規模討伐遠征で一緒になった侯爵家の聖女さま。私の顔を見て一瞬だけ視線を外したあと、目を合わせてきちんと聖女の礼を執って頂けました。私も彼女に丁寧に礼を返します。
――陛下、ご入来!
大きな声に驚いた後、私の記憶は緊張のあまり途切れていました。気が付くと謁見場控室まで戻っており、侯爵家の聖女さまに『確りなさい!』と言われてようやくはっとした私です。
彼女の言葉にはッとして陛下のご尊顔をおぼろげながら思い出し、言葉も同時に思い出しました。
『黒髪の聖女の代理としてリーム王国へ向かい、彼の国の聖樹に魔力補填せよ』
と言うのが陛下からの命なのですが……お姉さまの代理とはどういうことでしょうか。お姉さまが臥せっていると噂で耳にしておりますが、確認できた訳ではありません。普通科と特進科では同じ一年生でありながら壁のようなものがあると、この一週間足らずで実感しています。
高位の貴族さま方は近寄りがたい雰囲気を醸し出していますし、お姉さまもその中のお一人と言うことで中々声を掛けられません。学院から『不用意に黒髪の聖女に近づかぬこと』と二学期が始まる前に手紙で届いていたのです。
だから、お姉さまは二学期初日に私を見つけて、お姉さまから声を掛けてくれたのでしょう。やはりお姉さまはお優しい方です。私のような未熟者にも気さくに声を掛けて下さるのですから。
リーム王国へは転移魔術陣を使って一瞬で向こうの王都へ辿り着くそうです。その際の護衛として魔術師団副団長さまが王国側から派遣されると聞きました。確か、攻撃魔術に長けたお方だと聞き及んでおります。
そしてもう二方。亜人連合国から助言役としてエルフの女性二名が私たち使節団に同行することが決まったそうです。そんな方とご一緒するのは緊張してしまいますが、出来ることならばお姉さまと一緒に行きたかった。
「……っ!」
なんてことを考えているのでしょうか。臥せっているお姉さまの代役を務めるというのに、こんな自分勝手な事を考えてはいけません。
ふうと大きく息を吐いて胸を張ります。そうだ、リーム王国の聖樹に魔力補填を完璧に終わらせて、お姉さまに自慢しよう。お城の魔術補填もリーム王国の件も何も心配いらないから、お姉さまはゆっくりと休んでくださいと伝えられるように。
そうして二日後、旅立ちの日がやってきました。
王城の転移魔術陣が施されている部屋には大勢の人の姿があります。もしかしたらときょろきょろと周りを見渡しますが、お姉さまの姿はありませんでした。少し残念に思っていると、ふいに声が掛けられました。
「君があの子の言っていた子だよね~?」
「ああ、祝福が掛かっているから分かり易いわね」
いつの間にか凄く耳の長い綺麗な女性が、私の目の前に二人立っていました。恐らく今回ご一緒するエルフの方でしょう。
「アリアと申します。どうぞお見知りおきを」
失礼のないようにと挨拶を終えた後、深く頭を下げました。
「そんなに気を使わなくても」
「そうだよ~。この国の偉い人って訳じゃないんだし」
確りとした言葉遣いの方と間延びした喋り方が特徴的な方でした。お名前を呼ぶ風習が根付いていないと聞いたので、どう接すれば良いのか少しためらってしまいます。
確かにお二人はアルバトロス王国のお貴族さまではないので、この国の偉い人ではありません。ですが亜人連合国で重要な役割を担っている方というのは確実。でなければお城に入れないでしょうし。
「これ、あの子から」
「こちらは?」
箱から上質な布で作ったものを差し出されました。受け取って良い物か困惑しますが、あの子からということはお姉さまなのでしょうか。
「ちょっと特別な布で作ったストールね。貴女に渡して欲しいってあの子から」
「失礼ですが、あの子って……黒髪の聖女さまですか?」
一応確認を取ってみましょう。知らないままというのも気持ちが悪いです。
「あー……そんな名前で呼ばれているんだっけ?」
「確か以前に聞いた気がするわ」
本当に亜人連合国の方は名前に頓着していないのですね。慣れない文化だなと目を細めながら、渡されたストールを手に取ります。凄く不思議な肌触りで、なんだか少し暖かい気がします。今までにない触り心地で、なんだか気持ちいいです。
「もう一人、聖女が居るって聞いているのだけれど……どこかしら?」
結構目立つお方なのですが、目の前のお二人はこちらの文化に疎いならば仕方ない事なのかもしれませんね。
「聖女さまならば、あちらに」
今回一緒に同行することになった侯爵家の聖女さまへ視線を向けます。
「あ、何となく同じ格好をしてるね~」
「行きましょう。――それじゃあ」
侯爵家の聖女さまの下へお二方は進んでいき、何やら同じものを手渡しているようでした。お姉さま、私だけではなかったのですね……と妙な感情が浮き上がって首をぶんぶんと振りました。優しいお姉さまだ。きっと私たちへの気遣いだろう。
「どったの~?」
「きゃっ!」
いつの間に戻って来たのか、お二方が私の傍に居たのです。
「い、いえ。――あのっ!」
「どうしたの?」
「お姉さま……いえ、黒髪の聖女さまは臥せったと聞いているのですが、どうしてコレを……」
ああ、とお二方は視線を合わせて、お姉さまの今の状況を教えてくれるのでした。
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