第229話:孤児仲間。
――黒髪の聖女さまが臥せった。
そう聞いた時、アイツが臥せるような弱い女じゃねえだろうと鼻で笑っていたが。噂の内容をきちんと把握するようになって、アイツなら倒れてもしかたないという考えに変わった。
教会へ預けていた金を殆ど使い込まれてしまったと聞いた。ならば仕方ない。アイツは金に汚い……いや違うか、もしもの時の為にと言って貯め込む癖があった。
俺が、国の魔術陣へ魔力を補填しているならば教会宿舎で寝泊まりしなくとも、それなりの屋敷を借りることが出来るだろうと伝えたことがあった。アイツは笑って広い家だと落ち着かないし、下手をすればメイドやらを雇わなければならなくなる上に、維持費も大変だと笑っていた。金を十分に稼いでいるというのに孤児生活が長すぎたのか、倹約癖がついたらしい。
「で、ジーク、噂は本当なのか?」
「みんなこの話題で持ちきりだよね、クレイグ」
孤児院で餓鬼どもの面倒をみているサフィールが俺の名前を呼び、ジークへと顔を向ける。突然、ジークから呼び出しが掛かり、急遽この場所に集まった形だ。
王都の商業区画にある飲食店の個室で、俺たち孤児仲間三人が顔を突き合わせていた。適当に注文した飲み物とつまみがテーブルの上に鎮座している。お代はジーク持ちなので、遠慮することはないと沢山頼んでおいた。
黒髪の聖女さまと呼ばれているナイは、お屋敷で臥せっているらしいし、彼女の護衛騎士であるジークリンデも付きっ切りで看病しているとかなんとか。
「ああ、本当だ」
「なっ! おい、ジークっ!!」
俺が声を荒げるのを平然とした顔で受け止めるジーク。魔物討伐で命のやり取りをしている所為なのか、怒気に鈍くなっていやがる。
「ジーク、本当に?」
サフィールがもう一度ジークに確認を取ると、ゆっくりと視線を俺たちに移動させて口を開いた。
「金を取られたのは本当だ。臥せっているというのは、少し違う」
「じゃあ何だよ?」
「屋敷に引き篭もっているだけだな。アイツは今回の事でキレた」
「え……」
「あー……生きていられるのか?盗ったヤツは」
そうかキレたか。ナイは滅多に怒らないが、怒ると凄く怖いし容赦がないからな。以前、孤児時代に一度キレたことがあったが、力がないからといって攻撃手段が噛みつき。喧嘩になると目潰し、金的、眼突きを直ぐに狙おうとする。勿論相手を選んだうえでだが、えげつない。
「じゃあ病気になった訳じゃないんだね?」
「ああ、その点に関しては心配しなくて良い」
「そっか。良かった」
ふう、と安堵の息を吐くサフィール。相変わらずコイツは優しいというか甘いというか。性格上仕方ないが、もう少し確りしても良いのではないだろうか。
「で、アイツは何を考えてんだ?」
「噂を流しきって王都の民を扇動。教会へ突入させる」
「む、無茶だよ!」
「無茶言うなよ……それだけで王都に住んでいる連中が動くと思うか?」
俺がそうジークに問うと、ゆっくりと頭を振る。日和見主義の王都民だ。王さまが急に交代しても『あ、そうなんだ』位で済ませる連中だろうに。ジークも無茶だと考えているのに、この無謀な計画を止めないんだ。
「というか臥せってるだろ。無理がある」
臥せっているのに扇動ってどういう事だ。
「だから別の人間を代役に立てる。あと亜人連合国に少しばかり協力して頂く」
「協力って?」
「王都の民を脅す。教会が腐敗していた事実を放置していたのだから、国も民も同罪。これ以上見て見ぬふりをするならどうなるか分かるな、と」
「え」
「おいおいおいおい」
なんだよ、ソレ。アイツが亜人連合国とアルバトロス王国との国交を繋いだ立役者だとは知っているし、『竜使いの聖女』なんて呼ばれているのも知っている。しかし恐怖で民を動かし、誰かを焚き付け役で煽るのか。悪い手ではないが、この騒動が収まったあとはどうするつもりだ。
「教会や国に丸投げすると言っていたぞ」
俺の顔を読んだのかジークが言葉を続けた。
「あ?」
無理があるだろ。丸投げで済む訳がない。下手をすれば扇動したヤツと共に崇拝対象にならないか、ソレ。アイツ、肝心なところで抜けている節があるから、見落としていやがる。で、後から気が付いて『なんでこんなことに』と言っている姿が目に浮かぶ。
「……出来るかな?」
「無理だろ」
「ナイらしいけどね」
「だな」
苦笑いしながら俺とサフィールが目を合わせる。ジークは静かに俺たちを見ているだけだ。
「あとお前たちに頼みたいことがある。――」
ナイからの依頼で『お金を取られ、将来開こうと考えていた孤児院や託児所の夢が潰え、失意の余り臥せってしまった』と噂を広げて欲しいとのこと。
あと、この話を聞いた亜人連合国の竜たちが『怒っているかもしれない』と同時に流して欲しいらしい。竜たちが『王都を灰燼に帰すぞ』と直接脅す前に、可能性として恐怖の種を植え付けておくそうだ。
「そして俺から頼みがある」
「なんだジーク、改まって」
「どうしたの?」
「ナイが少し前に子爵邸で働かないかと打診しただろう?」
勿論知っているというか、アイツは護衛を引き連れて俺の所に直接顔を出したからな。世話になっている店主は、今巷を騒がしている噂の人物に腰を抜かしそうになっていたが、アンタ以前店の経営状況が悪くなった時に、ナイを頼って金を借りただろうに。
まあ、俺がナイに話を持って行ったし、その時はそれほど知名度はなかったから仕方ないとはいえ驚きすぎ……嗚呼、驚いても仕方ねえか。肩にちんまい竜を乗せていたからなあ。しかも偉く頭が回るようで、アイツの邪魔になるときはジークやリンの方へ飛んで行った。
「アイツの名前は大陸中に売れている。馬鹿な連中はごまんと居るのは分かっているな?」
そりゃそうだ。孤児時代に嫌というほどそういう大人や同世代の孤児を見てきた。
「アイツを狙うより、お前たちを狙う可能性が高くなった」
貴族の屋敷に移り住んだし、警備もかなり厳重だと聞いている。
「あ……」
「だろうな」
俺たちは王都で普通に王都民として暮らしている。アイツの弱い所を狙うなら、俺たちを拉致して金なりなんなりを脅し取れば良いし、平民に過ぎない俺たちの命の価値なんざ、低いだろうしな。
ジークが胸元から二枚の手紙を取り出して、テーブルの上に置く。どうやら俺たち宛てのようで、無言で開けてみろと訴えていた。
「公爵さまか……」
手紙の裏面を見るとナイの後ろ盾となってくれたハイゼンベルグ公爵家の封蝋が押されていた。以前に会ったことが一度だけあるが、高貴な人間とはこういう人物を指すのだろうと子供ながらに感じていた。
そんな人から何故俺たちにと手紙を開封する。そこには『ミナーヴァ子爵邸で働け』という命令が簡潔に綴られている。
「勝手を言って済まないが、お前たちの命にも関わることだ。公爵さまだけじゃない、陛下を始めとした国の主だった方々からもそうしろと命じられている」
ナイが原因で俺たちが死んだら、それこそ今回の騒ぎどころじゃなくなると、確信しているのは絆の強さ故なのか。
国からの命令だからか、ジークがあまり良い顔をしていない。ただ俺だってジークの立場であれば、そうすることは理解できる。アイツ、抜けてるからこういうことは考えていないだろうしな。
「拒否権はないのな」
「ね」
俺とサフィールがくつくつと笑い、ジークを見る。
「給金弾めよ。俺は高いぞ」
ああ、分かったとジークが穏やかな声でそう言った。
「凄い自信だねクレイグ。僕は寝床とご飯さえあれば十分だから」
「馬鹿を言え。将来の為に金は貯めておけ。嫁さんだって出来るかもしれねーんだ。金はあるに越したことはない」
孤児だった俺たちが家庭を持つなんてあまり考えられないが、そういうことだってあるだろう。
「痛いっ!」
ガシガシとサフィールの頭を無理矢理に撫で付け、注文していた目の前の料理に手を付けるのだった。
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