第228話:護衛騎士の仕事。

 ――王都の民を扇動する。


 ナイの口から出たのは、誰も思いつかないような型破りなものだった。教会に預けていた金を全額引き出すと学院帰りに王都の教会へ寄ったのだが、それすら演出の一つらしい。子爵位を授かった身だ。本来なら当主がわざわざ足を運ぶ必要などない。だが、彼女によると『家の中で倒れるよりも、教会で倒れる方が印象的だよ』と言ってのけた。


 普段、自分のことはごっそりと抜け落ちているというのに、こういう時は妙に頭が回る。幼い頃から貧民街で、親の庇護もなく生き抜いてきた彼女だ。俺たち孤児を導いてきたのは、彼女本来の能力の高さ故にだろう。今は食べることにも困らず、屋根のあるベッドで眠ることが出来る。

 

 寝床に貧民街の大人が勝手に侵入したり、苦労して得た食料を無理矢理奪われることもないから、始終気を張る必要はなくなった。

 だからこそ、今の彼女は無防備な姿を俺たちに晒しているのだが。幼い頃の俺たちは、彼女に頼り切りだった。体格差や身長差はまだそんなに無かったあの頃と、随分と差がついてしまった今、立場は逆転している。


 教会事務所で、妖精の魔法で倒れた彼女を妹のリンが抱きとめる。妹の身体にすっぽりと納まった彼女を見て、怪我がないようで良かったと安堵し前を向く。


 「一体、どういう事でしょうか? キチンとした回答を頂きたい」

 

 怒るより丁寧な言葉で接した方が効果的だと、昨日彼女は言っていた。普段俺が対外的に敬語を使っているのも理由らしい。事務台へ詰め寄り、目の前の男を見下ろす。

 

 「そ……れは……」


 「答えられないというならば、国へ報告させて頂くのみです。黒髪の聖女はアルバトロス王国にとってなくてはならぬ存在。彼女を謀ったこと、後悔しても既に遅いのだとご理解を」


 顔面蒼白になっている教会事務員へ言い放つ。彼は下っ端で関わっているかどうかすら怪しいが、上の人間に対して脅しにはなっているだろう。

 孤児だった俺たちを救い上げてくれた教会には恩があるが、上層部の人間となるといけ好かない連中だ。ナイを利用して聖王国へ巡礼の旅に赴かせようとしたり、金の無心をしている所も知っている。やんわりと断っている彼女が、彼らが居なくなった後に愚痴を吐くのも当然で。


 ――いい機会だ。


 教会の神父やシスターたちは教えを忠実に守り、俺たちを見下したりすることはなかった。組織である教会がこれでは正常な運営など行えるはずもない。聖女の所属先を教会から国へ移行させるのもアリだ。


 「そうだな。私もハイゼンベルグ公爵家へ報告を上げよう」


 「わたくしもヴァイセンベルク辺境伯家へ報告を。――嗚呼、亜人連合国へも報告が必要ですわね。彼の国の上層部の方々は聖女さまをいたく気に入っておりますから」


 高位貴族のご令嬢二人も圧を掛ける。まあ、名前が挙がった方たちは、もう既に事態を把握しているが。

 

 あまり脅し過ぎると逃げられないかと心配になるが、着服が露見した日に王国全土に障壁を広げ、逃げづらくはなっている。国外への魔術転移も障壁展開により、転移妨害が起こるそうだ。

 覚悟を決めたナイの行動は末恐ろしいくらいに冴えわたっているし、アルバトロス王でさえ『王国全土へ障壁展開を』と言い放った彼女を止めないのだから。

 その代わりナイは珍しく魔力不足で、エルフの反物で作ったストールを羽織る羽目になっているが、それはまあ本人が言い出したことだから仕方ない。王国側も枢機卿を把握しているから、事が露見すればすぐに大陸全土に指名手配をすると息巻いていた。


 「帰ろう。ちゃんとベッドで眠らなきゃ」


 リンがナイを大事そうに横抱きして立ち上がる。妹はこの騒動よりも、ナイが怒っていることが嬉しくて仕方ないようだ。

 聖女として我慢を強いられているのが、妹にとって良い状況とは思えないらしい。妹にとってナイは絶対の存在となっている。兄としては少々心配だが、世界は広い、今は視野が狭くともその内にナイ以外の人間も見るようになるだろう。


 「ああ、戻ろう」


 「ええ。このような場所に長居をする必要はありませんわね、皆さま参りましょう」


 ヴァイセンベルク嬢の言葉で、ナイに付いてきていた全員が教会事務所から去る。その場に残された連中は、呆けて動けないまま俺たちを見送るしかない。

 

 「聖女さま?」


 「どうなされたのだ……」


 「……黒髪の聖女さまが何故?」


 ナイの名は今や王都で一番有名だろう。二つ名も黒髪の聖女から竜使いの聖女に変わりつつあるようだ。本人は頭を抱えていたが、竜に乗って王都に帰るという目立つことをやってのけた。その辺りが抜け落ちている辺り、アイツらしいと笑いが込みあげてくる。


 心配そうにこちらを見ている教会関係者たちの姿。彼らが今見た光景が一体どういう噂となっていくのか、見ものだ。そうしてナイとご令嬢二人が馬車へと乗り込み、俺と妹と護衛の騎士たちが警備に就き、馬車が動き出した。


 「兄さん」


妹がさりげなく俺に近づいて視線を合わせる。

 

 「ん、どうした」


 「どうなるかな?」


 どうなるのか、か。おそらくはナイが語った通りに大方進むのだろう。勿論例外だってあるだろうが。


 「さあな。――だが……」


 「?」


 「王都が騒がしくなるのは確実だな」


 教会貴族の間抜け共がやらかしたことは許せることではない。ナイが俺たちの将来の為にと金を貯めているのは知っていた。

 聖女の中で一番稼いでいる彼女に目を付けたのは、馬鹿としか言いようがない。まあ馬鹿だからこそ今回の件が発覚したのだろうが。ただ馬鹿のやらかしたことはアルバトロス王国のみならず、聖王国や聖樹へ魔力補填依頼を出したリーム王国をも巻き込みそうである。王都どころか、また大陸が騒がしくなるぞと妹に告げることはなかった。

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