第222話:手紙に込めた想い。

 お偉いさん方が集まっていた部屋から出て暫く。屋敷へ戻る為に王城の廊下を歩いているのだけれど、ソフィーアさまとセレスティアさまからの質問攻めにあっていた。


 「ナイ、どうするつもりだ?」


 「王都の民を煽動するとは、どうやって?」


 どうもこうも私がやるのは噂をバラまいて欲しいと何人かの人に願うだけ。お金を握らせて酒場で喋って頂ければ十分である。娯楽が少ないこの時代、噂はテレビのワイドショーと同じ位置づけ。それよりも価値があるかもしれない。

 放送塔のスピーカーから流れた内容が、またたくまに伝播していくことだろう。しかも何故か私は王都で時の人のようだし。竜使いの聖女、だったか。

 辺境伯領で一ケ月で大木となった若木の件も、時間を掛けて王都へ流れてきているそう。ならば、面白おかしく王都の皆さまが楽しめるように、油を投下してやればいい。


 第一弾は『子爵家を運営する為にお金を引き出そうとしたら、空っぽだった件』である。


 とはいえ直ぐ流す訳にもいかない。お金を全額下ろしていないし、無茶振りくんとの打ち合わせもある。

 アリアさまとも二日後に話をしたいと願ったから、それ以降だ。黒革の手帳を拾ったのが一週間前、もたもたしていると逃がしてしまいそうだが、陛下には国境警備の強化をお願いしている。

 証拠さえ集まれば国際指名手配として賞金首に掛ける、と約束もしてくれた。逃げた方が、金満貴族の連中にはよいお灸になるかも。他国で匿うヤツが居るなら、諸共に捕まえたいけど無茶は出来ない。まあ、そんなことは動いて結果が出た時に考えれば良いだろう。


 「とりあえずは、私の預金の全額引き出しとアウグスト・カルヴァインさまとの面会を望みます。民の煽動は、面白おかしくすれば野次馬感覚で付いてきてくれますよ」


 お金の引き出しは申請してすぐ引き出せるものじゃなく、一日時間が必要だ。今まで『そういうもの』と漠然と捉えていたけれど、もしかして使い込みを補填する為や対策を取る為だったのだろうか。

 まあ考えても仕方ない。不正をしていたのは教会側。被害者は私を始めとする聖女さまたち。これ、下手をすれば教会の聖女システム崩壊するんじゃないかな。知らんけど。


 噂がある程度広まれば第二弾の『倒れた聖女を心配した竜たちが、王都を灰燼に帰すぞと言ってる件』発動だ。


 恐怖に慄くだろうなあ。以前に竜の大群で王都へと帰還した際、民を落ち着かせるのに随分と骨を折ったようだし。どうなる、どうすると恐怖と不安に揺れながら手をこまねいている最中に『聖女の敵を打とう!』と声高に叫ぶ人間が出れば、乗るに違いない。

 だから、無茶振りくんには良きタイミングで、王都のみなさまを煽動する役目を担って頂く。あとは軍や騎士団の非番の人にお金を払い、さくら役と怪我人等が出ないようにこっそり守って貰わないと。


 突撃をかまして教会破壊でも、なんなりすればいいよ。事態を重くみた王国が緊急事態だと言って手を入れるしかないし。一応神父さまやシスターは狙うなと言い聞かせておかないと。狙うはあくまで噂の金満貴族のみ。


 「分かった。だが余り無茶をするなよ……」


 「ですわね。民に恐れられている聖女、と言われかねませんもの」


 無茶はしないかな。今回は屋敷で引き籠っているだけだから。民に恐れられている聖女と言われても問題はない。竜使いの聖女と呼ばれているのだから、私の気分次第で善にも悪にでもなれると知られたなら、面倒事は減りそうだし。


 「それはそれで良い気もしますがね」


 「!」


 「!?」


 あ、お二人が貴族のご令嬢らしくない顔をして驚いている。まあ今までこういう聖女のイメージを落とすようなことは、なるべく言わないようにしていたから。驚くのはいいけれど、そこまで驚かなくてもいいような。


 「……その、ナイ?」


 「はい?」


 おずおずと言った感じでソフィーアさまが私に声を掛けた。


 「殺すなよ?」


 横領したお貴族さまのことだろう。


 「殺しませんよ。他の聖女さまも関わっていますし、強化魔術を施して貰ってぶん殴ってスッキリしたいですし。使い込んだお金の補填もさせないと」


 何が一番実入りが良いのでしょうかね、鉱山送りでしょうか。生きることに支障のない程度で臓器でも売って頂きましょうか。

 人のお金で肥え太っていたのでしょうねえ。家族も横領したお金と知りながら、生活していたのでしょうか。一度ギリギリまで食事を与えないのもいいかも知れませんねえ。飢えることの辛さを知って頂くのもいいかもしれない。


 私がぶつぶつ言っていると、少し歩く速度を落としたお二人。


 「そ、そうか……」


 「まあ、不正を犯した貴族に容赦は必要ないかと……」


 「早く行きましょう。やるべきことが沢山あります。――ジークとリンにもお願いしたいことがあるから、よろしくね」


 少し後ろを振り返ってジークとリンの顔を見る。


 「ああ」


 「うん」

 

 二人は文句も疑問も言わず、私の言葉に頷くだけだった。


 時間は有限。まったりと昼日中を過ごすこともあるが、こればかりは不眠不休でもやり遂げなければ。

 屋敷へと戻り、お金を全額引き出す為に申請書へ文字を書き込む。筆圧が高くなったのはご愛敬。書いた申請書を家宰さんに渡し教会に提出をお願いした。あとはアウグスト・カルヴァインさまにも手紙を認める。

 こっちも筆圧が高くなってしまったが、普段の私の字を知らないから問題ない。


 ――明日、放課後に使いを寄越します。


 端的に書いた。今日の出来事を枢機卿さまからも話を聞くだろうし、彼もこれで察することだろう。そうしてムカつく金満貴族をぶん殴る夢を見ようと、床に就くのだった。

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