第221話:他の問題は。

 屋敷に戻っていろいろと動いていかなければ、と退席許可を取ろうと陛下へ向き直った時だった。


 「……聖女よ、リームの第三王子からの彼の国の聖樹への魔力補填依頼はどうするのだ?」


 「まだ書類申請はされていないかと」


 指名依頼になるだろうから、私に依頼が来るだろう。ただ、その時になれば私は臥せっているから、リーム王国へ出向くことは無理である。お忍びで行っても構わないが、時間が掛かるようならこちらの動向が疎かになる。


 「確かに書類はまだ教会へ届いておらぬようだが……ただ第三王子が黒髪の聖女からの許可は得たも同然という報告が上がってきた」


 「本日学院で話は聞きましたから。ただ、国や教会の許可が得られればと申した……――まあ、仕方ないのでしょうか……」


 許可を出したというよりも、国や教会の判断次第だと伝えたつもりだった。どうやら国や教会の命令があれば、断られることはないと勘違いしたようだ。ほぼ強制ではあれ、拒否権もあるのだけれども。こちらの教会や聖女のシステムに詳しくないなら、仕方ないか。


 「命令さえ出れば、派遣されると勘違いしたか……あの――」


 陛下が小声で『馬鹿犬め……』と呟いたのだけれど、大丈夫だろうか。

 リーム王国はアルバトロス王国より格下な事実を確信したうえでの発言だろうし、陛下と王子じゃあ当然陛下の方が上。心配は要らないかと、少しだけ顔を上げて天井を見た。あ、天井に染みが付いてる、なんでだろう。

 

 「そのようです」


 ポロっと父王さまの超問題発言を当事国へ漏らすあたり、何も考えてはいなさそう。こちらとしては内情を知れたので有難い事ではあるが、向こうの国からすれば『何言っていやがるんですか、殿下ぁぁあああ!!!』とお付きの護衛の人は叫びたかっただろう。


 「仮に派遣命令が下され受け入れたとしても、聖女は臥せっているのだろう?」


 通常なら申請受理され、審査で一週間程だろう。今回は他国からの依頼だから、さっくりと審査が通る可能性もある。


 「その予定です」


 「ではどうするのか?」


 「依頼内容は聖樹への魔力補填、私でなくとも他の聖女さまで代用は利きましょう。仮に失敗したとしても失敗を理由に、ある程度の時間を置いて私が出向くことも出来ます」


 魔力量が多い人を何人か出向かせれば良い。教会の依頼規約に失敗すれば寄付は請求しないとあるし、違う聖女を派遣してもう一度治癒を試みることも出来る。それで成功すれば寄付をしなければならないが、値引きが少しあると噂されている。


 城への魔力補填は、緊急時や警備面を考えて城への直通転移魔術陣が屋敷に設置されたのだから、こっそり行ってこっそり帰ればいい。私が臥せってしまっても、何の問題もない訳だ。

 

 「こちらの問題が片付かない場合は、蹴る可能性が高いとだけ」


 第三王子殿下は『聖樹の寿命が尽きる』と言っただけで『寿命が尽きた』とは言っていない。ということは彼の国の聖樹はまだ生きているのだ。寿命なのか病気なのかは知らない。聖樹に関しての知識は皆無だし、向こうの国のことにも詳しくないのだから。


 「臥せっていては仕方なかろう。――それに我が国に喧嘩を売るような真似を言ってくれたのだ。リーム王には責任を取ってもらわねばなあ」


 「依頼を蹴ることもできますからね」


 ただ、蹴らないだろうなあ。


 「だが、国を失くせば難民が我が国へ押し寄せる。無視する訳にもいかぬのだよ、聖女よ」


 陛下が言った通り、リーム王国が亡国となってしまえば、国境に面している国に難民が押し寄せることになるだろう。

 見捨てることも出来るし、二等国民として登録して、衣食住を最低限だけ保障し炭鉱送りなんてザラだろう。腐敗していようが、貧乏だろうが、なんだろうが、国という存在はそれだけで価値があるということ。


 「理解しております。優先度の問題とだけ」


 「分かっている。我が国としても教会の腐敗は見過ごせん。良い機会だ、綺麗にして後願の憂いをなくそうではないか。――なあ、枢機卿よ」


 「は、はい……」


 耳にしてはいけないことを聞いた所為か、枢機卿さまの顔色が悪い。枢機卿の座に就いたままなら、綺麗ごとだけじゃあやっていけない。目の前の枢機卿さまは潔癖すぎるのだ。ルールに則って行動するのが、正義と掲げているのだろう。世の中、それだけじゃあやっていけないけれど。


 「聖女を口説いたヴァンディリアの王子はどうする?」


 「今は何も。何故私を口説いたのかは理解できませんが、何か別目的がある可能性も捨てきれません」


 本当になんでヴァンディリア王から聞いた話だけで、惚れただなんて抜かせるのか理解が出来ない。

 私はただ、何も悪いことをしていないソフィーアさまを誰も助けない状況に耐えかねて、出しゃばっただけだというのに。恐らく裏で話は付いていたのだろう。第二王子殿下の無謀を見過ごすような人たちじゃないのは、今なら分かる。


 「ただ、あの手の口説き文句は正直苦手です」


 「報告で聞いてはいるが、そんなにひどい物なのか……」


 相手によるだろうなあ。私に向けての口説き文句ならば失敗したも同然で。あの演技じみたやり方は好きになれない。


 「貴族のご令嬢を口説くならば良い手法でしょう。ですが、私の出身は平民です」


 本当、貴族のご令嬢ならばその場で返事していただろう。曲がりなりにも隣国の第四王子殿下である。商売をしていれば隣国でも活路を見いだせる可能性だってあるし、親も喜ぶ案件。ただ私にはそういった親もなく、商いをしている訳ではない。


 「なるだけ近寄らぬように警告はするが……」


 難しいだろうな、と顔を歪める陛下。


 「口説くという目的があるなら、無理かと。ただ、適当にあしらっても構わないというご許可を頂きたい所です」


 面倒だけれど、ある程度は相手にしないと不敬になる。相手は友好国の王子さまだし。


 「それは構わぬよ。婿入りを希望しているとふざけたことを言いおったと聞くしな。――やり過ぎることだけは気を付けてくれ」


 「ありがとうございます、承知しました」


 適当にあしらっていれば、そのうち脈がないと気付くだろう。さて、話はこれで終わりのようだから、今度こそ退室許可を陛下から頂く。お偉いさん方が集まっていた部屋から真っ先に出て、お屋敷へと戻るのだった。

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