第218話:虎の尾を。

 枢機卿さまが神妙な顔をして懐から取り出した、黒革の手帳。枢機卿さまの机の前に置かれ、みんなの視線が集まる。使い込まれている感じはしないその手帳に、一体何が書かれているというのだろうか。


 「カルヴァイン男爵は今回の件に関して、自分や家族はどうなっても良いとまで口にしております」


 まさか、家族ぐるみでの計画だったとは。しかも処分も覚悟の上で死んでも良いという決意まで済ませてる。そりゃ、無茶振りくんが私の下に飛び込んで、衆目の最中ああやって土下座をして教会の腐敗を正して欲しいと願うはずだ。


 枢機卿さまによるとカルヴァイン男爵の子息、ようするに無茶振りくんが教会居住区域へ足を踏み入れたとき、寄付金を着服している貴族と噂されている人物が落としたものを偶然拾ったそうな。

 声を掛けようにも、部屋の中へと消えたお貴族さま。その場は瞑想部屋と呼ばれており、立ち入りは限られた者しか許可されておらず、部屋の性質上声掛けも許されていなかった。

 

 誰かに預けようと踵を返そうとした時、ふと誘惑にかられたそうだ。もしこれが教会を自浄させる為の切っ掛けになるモノだったら?


 一度芽生えた感情に抗うことができず、手帳の中を覗いてしまった無茶振りくん。中はお金を着服している証拠が記されていた。それもかなりの額を横領していると。


 「覚悟を持っての行動です。――陛下、聖女殿、この場にいらっしゃる皆さま、神に代わり裁きの鉄槌を腐敗した教会貴族へ下して頂きたい」  


 枢機卿さまが机の上に置いた手帳を、騎士の方が手に取って陛下へと差し出し、陛下が手帳を開く。視線を動かし文字をなぞっているのが分かる。手帳を眺めること暫く、どんどんと陛下の顔が青ざめていき、眉間に手を当てて解している。

 

 「宰相……念の為、確認してくれ」


 「はい、では失礼して」


 手帳が陛下から宰相さまの手に渡る。手帳を開き、陛下と同じように文字を目で追う宰相さまも、どんどん顔色が悪くなる。

 

 「何故、このような事を……嘆かわしい」


 手帳は宰相さまから宰相補佐さまへ渡り。


 「神よ、哀れな子羊に慈悲を……」


 宰相補佐さまから、公爵さまへ。


 「馬鹿め」


 公爵さまから辺境伯さまに。


 「…………はあ、どうしてこのようなことを」


 一体何がと首を傾げる。この場に居る人たち全員がお通夜状態なのだけれど。


 噂で広がっている程度には教会貴族は腐敗している。もちろん無茶振りくんの家のように真面目に教徒としてお努めしているお貴族さまも居るが、そういう人たちは教会貴族としての地位は低い。

 真面目に務めている分、実入りなんてないようなもの。信者からの寄付を掠め取っている人たちの方が、肥え太っているのだ。そして聖王国の教会上層部の人間と親密だったりする。


 そうして私の前に手帳が差し出される。アクロアイトさまは、膝の上だと邪魔になると判断したのか、リンの腕の中へ飛んで行った。


 見ても問題ないようだが、枢機卿さま以外の顔色が悪いままだけれど。取りあえず見ないと始まらないと、手帳を手に取って一ページ目を開く。日付は四年前から始まり、数字が羅列されていた。一枚一枚ページを捲っていく。これ聖女の治癒報酬額や討伐報酬の額を記入しているのかな?


 日付がどんどん進んで一年が経った頃、数字の桁が一桁上がった金額が書き込まれるように。この金額は……城の魔術陣へ魔力補填した時の報酬金額だ。ペースは週に一回。時折途切れることもあるが、日付が空いて纏まった額が入っているので討伐遠征に同行したのだろう。


 ………………週に、一回?


 週に一回。週に一回魔力補填できる聖女が私以外にも居たのか。そうか、私以外にも魔力量に優れた聖女さまが居る――。


 「――な訳ねえじゃん」

 

 神父さまが『週に一度、魔力補填できる聖女は君しか居ない』って言ってたなあ。魔力補填を始めた三年前位に。ぼそりと漏れた私の低い声に、びくりとこの部屋に居る枢機卿さま以外の肩が揺れた。


 手帳をもう一度、確り目を通す。


 月に一度、纏まった額を引き出している。これは私が教会宿舎に毎月入れていた生活費の額。偶にそれ以外に少額が引き落とされているが、それは買い物やら街へ遊びに行った時のご飯代と孤児院に寄付する為。

 

 半年に一度ほど、かなりの大金が引き出されているが、こんな額を引き落とした記憶はない。ふと、最近落とした子爵家運営用のお金。ページを何枚も捲り、最近の日付までたどりついた。きっちりと二週間前に引き出された額が書き込まれている。ちなみに日付はそれが最後。


 ――あれ。


 計算が合わない。子爵家運営用のお金を引き出しても、残金はあった。ただこれに記載されている最後の日付の金額欄。


 「お金、ない……」


 私が貯めたお金がない。少しは残ってはいるが、雀の涙程度。ページを逆戻りすると、記憶にない引き出しが何度もある。それにはご丁寧に丸印が書き込まれており、横領した人物は几帳面な人だったのだろうか。

 しかし何故……いや、お金の出入りが定期的で予想が付きやすい。足りなくなれば補填すればいいとでも考えていたのか。


 何にせよ――。


 人のお金を黙って掠め取って行くような輩に、遠慮など必要ないだろう。

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