第219話:踏み抜いた。

 無茶振りくんによって、私が教会に預けていたお金の使い込みが発覚した。手を出したのは不正をしていると噂されている教会貴族。


 「せ、聖女よ……?」


 「ナイ?」


 「……聖女さま?」


 部屋に居るみんなが私に声を掛けるが、返事をする余裕はなく。


 言葉にならない。この気持ちを吐露して良いのだろうか。良いか。もう、どうでも。誰かが私に声を掛けたような気がするが、返事をする気が起きない。


 …………ジークとリンとあの二人に何かあった時の為にと、貯めておいたのに。病気や怪我をすれば結構なお金が掛かる。夢を掲げて何かを遂げるにもお金が掛かる。前世の学生時代はグレていたけれど、高校に通う為にアルバイトしながら働いていた。

 周りは親に携帯料金を払って貰って、遊びに行く話や将来の夢を語ってる。何故、私だけ……と思ったこともある。ただ施設で暮らしていると、同じ境遇の子は自分以外にも居た。


 世の中は不公平だ。生まれで教育格差を受けるのは当たり前。親が居ないと後ろ指を指されることもある。 

 

 だから、孤児仲間になにかあった時に、どんなことでも乗り越えられるようにと貯めておいたのに。


 「ふふ……ははは……」


 開いた黒革の手帳――もとい、裏帳簿――を持って、下を向いたまま笑いが込みあげ、一緒に魔力も込みあげてくる。護衛の騎士が警戒しているが、知ったこっちゃない。アクロアイトさまがリンの下から飛び立って私の肩の上に乗るが、相手をしている余裕はなく。


 「お、おい、ナイ?」


 公爵さまが心配そうに私に声を掛けるが、答える気になれない。パタンと持っていた黒革の手帳を閉じて立ち上がる。


 「枢機卿さま」


 「あ、ああ。どうした聖女殿?」


 「腐敗している貴族は、どなたかお分かりでしょうか?」

 

 「も、勿論だとも。――」


 枢機卿さまの口からは、金満な教会貴族として有名な家の名前がでた。というか、離宮暮らしの時に慌てて顔を出した連中だった。

 

 「では、この手帳に記されている被害者が誰なのかも?」


 私の横でびくりと肩を揺らした枢機卿さま。彼も中を確認位はしただろう。金額の入り方で、聖女の特定は簡単だ。


 「…………騙したような形になってすまない」


 苦虫を噛みしめるような顔になり、頭を下げる枢機卿さま。その頭に価値はない。


 「それは捨て置きましょう、些末な事ですから。――陛下、発言のご許可を」


 「あ、ああ、何だね?」


 びくりと肩を揺らした後、返事をくれた。


 「枢機卿さまが口にした貴族家が潰れると仮定して、国にご迷惑をお掛けしますか?」


 「……問題はないな。宰相はどう判断する?」


 少し考える素振りを見せたが、どうやら潰れても構わないようだ。なら、遠慮はいらない。あと名前は知れたのだ、直ぐに監視下に置かれる。王国から、いや王都から逃げられまい。

 領地貴族ならば、そちらも直ぐに監視下へと置かれるだろう。必要ならば私が絡んでいると言って、亜人連合国へ協力要請も出来るし。


 「陛下と同意見です。彼の家は国への貢献どころか、教会にどっぷりと浸かり私腹を肥やしております故」


 「分かりました。公爵閣下」


 「ああ」


 「非番の軍の方を協力者として借り受けたいのですが?」


 騎士の人たちも借りたいが、伝手がない。まあ、そこは上手くやり様がある気もするけど。ああ、子爵家の警備を担っている人たちに声を掛ければいいか。酒場に出向いて貰い、酔った勢いと見せかけて盛大に漏らして頂こう。


 「それは構わんが……何をするつもりだ?」


 「王都に噂を撒いて頂こうかと」


 「噂?」


 「竜使いの聖女が貯めていた金を横領した不届き者の教会貴族が居る、と」


 なんだか新しい二つ名を王都のみなさんから頂いているので、使わせて貰う。


 「将来、民の為にと貯めていた金を全て取られ、失意に臥せってしまったと」

 

 まだ公になっていないので、屋敷に戻ったら全額引き出すように申請書を書かなければ。よよよと泣きながら侍女さん達の前で倒れてみよう。大根役者だから、直ぐに見破られそうだが。


 「いや、お前さんそんな殊勝な心掛けなぞ持っておらんだろう」


 嘘を吐け嘘を、と言いたいらしい公爵さま。ただ間違ってはいないのだ。孤児仲間という王都民の為に貯めておいたのだから。


 「臥せったことを知った竜たちが、王都を灰燼に帰してしまうかもしれない」


 「いや、無茶……無茶ではないな……お前さんなら」


 亜人連合国の竜のみなさまにお願いすれば可能だろう。対価を払う必要があるが、それは交渉次第だろうし。


 「それを回避するには、王都の民が腐敗した教会貴族に自ら罰を下すしかないのだ、と」


 ああ、そうだ。喋れる竜の方を誰か選んで、王都の人たちを脅して貰おう。


 「おいおいおい! それで王都の民が動くのか?」


 陛下が横で『せ、聖女よ、あまり無茶は……』と片手を上げて何か言っているけれど、知らん。


 「動かないなら、扇動する人物を仕立て上げれば良いだけです」


 「お前さんは動かんのだろう」


 「臥せっていますからね」


 「では誰が?」


 「アウグスト・カルヴァインさまに動いて頂きましょう」


 いずれはお金の使い込みは露見しただろう。遅いか早いかだけの違いである。陛下は潰してしまっても問題ないと言った。

 ならばこの際潰してしまおうじゃないか。どうせ邪魔なだけだ。聖王国教会との繋がりが薄くなるかも知れないが、知ったこっちゃない。衆目の中で私に土下座をして教会の腐敗を訴えたのだ。倒れた聖女の為にと御旗を掲げ、教会の腐敗した連中へ突入でもすればいい。


 さて、これから忙しく……いや今までも忙しかったけれど。今回は自分の為に動くのだ、とやかく言っていられまい。


 私の稼いだお金は私のものである。勝手に使い込んだこと、後悔させてやる。

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