第217話:枢機卿さま。

 ああ、もう忙しい。けどジークにリン、ソフィーアさまとセレスティアさまに私の護衛付きの人たちや、屋敷で雇っている人たちにも迷惑を掛けているので声に出せない。

 

 「大丈夫か?」


 孤児院から屋敷へ戻って、一度身支度をし直して王城へ向かう馬車へと乗り込む前。屋敷の停車場で団子状態になっている中で、ジークが心配そうに私を見て声を掛けてくれた。


 「ジーク、ありがと。忙しいけど平気。一気に問題噴出したから大変だけど、ジークは疲れてない?」


 「俺は問題ない。お前に付いているだけだからな」


 そうは言っても護衛を担っているのだから、気を張っているだろうに。


 「そっか。リンもごめんね」


 「大丈夫だよ、ナイ。私はナイの護衛騎士だから、謝らなくても良いんだ」


 気合を入れ直す為に拳をジークとリンの前に突き出すと、二人も拳を突き出して三人の拳面を軽く合わせる。


 孤児院の視察を終え、次は王城で今日の出来事の報告会だ。おそらく護衛の誰かしらが、既に報告を成されているだろうけど、直接聞き取るのも大事なのだ。

 擦り合わせや齟齬がないかの確認もあるし、顔を突き合わせて話すことで、手紙や連絡用の魔術具では分からない微妙な顔の変化を読み取ることも出来るから。その辺りは王国の上層部の人たちは手慣れているから、嘘も吐けない。


 「さあ、行くぞ」


 「はい」


 再び馬車へと乗り込んで王城を目指す道中、ソフィーアさまが私に数枚の紙を差し出した。


 「これは……?」


 膝上に乗っていたアクロアイトさまを横に下ろして紙を受け取ると、アクロアイトさまはソフィーアさまの膝上に乗る。落ちないように抱き留めたソフィーアさまをセレスティアさまが微妙な顔をして横目で見ていた。


 「お前に飛び込んできた自殺志願者の調べが付いた。取りあえず目を通しておけ」


 無茶振りくんの代名詞がかなり酷いものになっている。平然と言っているので気にも留めていないソフィーアさま。


 「学院生ですものね。素性が明らかになるのは簡単でしたか」


 ぱちんと鉄扇を開くセレスティアさま。多分不敵に笑っているのだろうなあ。無茶振りくんを小物扱いである。


 「ああ。直ぐに報告が届いたよ」


 ソフィーアさまがアクロアイトさまを撫でり撫でりしているのは無意識なのだろうか。まあ、気持ちよさそうにしているから問題はない。取りあえず、彼の身上表や経歴に目を通すべきかと、受け取った紙に視線を落とす。


 ――アウグスト・カルヴァイン


 地主貴族の継嗣として生まれ、熱心に教会活動に参加しているそうな。ご両親も敬虔な教会信徒で炊き出しや教会に孤児院への寄付を精力的に行っているそうな。

 領地運営をしつつ教会活動にも熱心なので、教会系貴族として名を馳せているそうだ。彼は魔力量もそれなりで治癒魔術を使用できるらしい。治癒院開催時には必ずと言って良いほどに参加し、お布施も無理に取らない。ちまたでは『聖人さま』と呼ばれるようになってきているそうだ。


 学院に通う普通科の二年生。学院内での彼は、勉強は出来るようで成績は普通科内だと上位に食い込んでいる。

 素行は品行方正で教諭陣からの信頼も厚いそうな。ようするに優等生の部類になるらしい。


 真意はともかく、綺麗な経歴だと思う。


 孤児から聖女になった私とは違う。彼が私と入れ替わったら、大陸平和統一とか夢じゃなさそう。優等生故に教会の腐敗が許せなかったのだろう。こういうものはある程度見て見ぬふりをするのも、世の中を渡る術だというのに。

 

 「ナイ、城に着いたぞ。降りよう」


 「はい」


 いつの間にか王城へ辿り着いていたようだ。扉が開かれ先にお二人が下りる。そうしてリンが顔を出して、エスコートをしてくれた。ありがとうと伝えるとへにゃりと嬉しそうに笑ってる。

 ソフィーアさまとセレスティアさまが、近衛騎士とやり取りをして案内された先は、陛下の執務室だった。中には公爵さまと辺境伯さま、宰相さまに宰相補佐さま、教会原理派の戒律に厳しい老齢の枢機卿さまがいらっしゃった。あ、マジっすかと、王国が教会へメスを入れる覚悟を持ったのだと、悟った瞬間だった。


 「聖女、ナイ。こちらへ座りなさい」


 執務机に座った陛下と、応接用のソファーにどっかりと腰かけている公爵さま。その横に辺境伯さま、対面には宰相さまと宰相補佐さま、背凭れのある一人掛けの椅子に枢機卿さまが。


 「はい。失礼致します」


 今日、学院で起こった経緯はほぼ伝わっているだろう。私の護衛についていた騎士の入れ替わりが今日は激しかったから。恐らく私の下と王城へ行ったり来たりを繰り返していたのだと思う。

 陛下に促され、私も一人掛けの椅子へと腰掛ける。その横には枢機卿さま。私が軽く目線を下げて礼をすると、ふっと微笑む。知り合いだったかなあと記憶の引き出しを探るけれど、見つかることはなかった。


 「まずは教会の話からだな」


 枢機卿さまが居るしね。王子さま二人は彼には関係ないのだろう。ならば話の一番手は無茶振りくんになる訳だ。

 宰相補佐さまが今回の無茶振りくんの無茶を語り始めると、公爵さまや辺境伯さまは深いため息を零している。

 

 「陛下、カルヴァイン男爵家は教会の熱心な信徒、処罰が下るのは致し方ありませんが、どうか温情を……」


 枢機卿さまが至って真面目な雰囲気で、陛下に嘆願する。


 「それについては聖女次第だよ」


 陛下、私に問題をパスしないでよ。なんで無茶振りくんの処罰を私が決めなくちゃならないのさ。どうするよ、みたいな視線をこの場に居る全員が向けてくる。


 「彼は身体を地面に擦り付け頭までも擦り付けた上で懇願し、己が望みを叶えました。しかし、これを許せば後に続く者が出てきましょう」


 迷惑極まりないよね、後に続く人が出てくるのは。それに『聖人さま』と呼ばれる人物を聖女が蔑ろにしたと噂が流れても困る。陛下たち王国側の人はうんうん頷いているし。


 「で、ではカルヴァイン家の処遇は……」

 

 「彼の望みや行動次第でしょうか。己を犠牲にして私を利用したことは構いませんが、学院の生徒が沢山居る中で教会の腐敗を訴えました。証拠は握っていると願いたい所ですが……」


 無茶な行動は証拠があった上であって欲しい。流石に人任せだと言われれば、私はキレても許される気がする。


 「教会貴族の腐敗の証拠さえあれば、ある程度の許しは頂ける、と?」

 

 「そうですね。糾弾するにしても、証拠がなければ無駄に終わります。時間が経てば、隠蔽や逃げることも可能ですから」


 時間を掛ければ、ずる賢い人間は雲隠れや隠蔽に逃亡、なんでもござれだ。そういう人間にはプライドなんてないだろうから、国も教会も簡単に切り捨てる。


 「本当に証拠さえあればカルヴァイン家の処遇を軽くして頂けるのか?」

 

 やたらと念を押すなあ、この枢機卿さま。彼にとってカルヴァイン家はそんなに価値のある家なのか。


 「それは私の判断ではなく教会や国でしょう」


 一介の聖女が下して良い判断ではない。証拠を求めたのは、面倒なことを避けたいだけだ。流石に証拠もなしで、私を頼るのは勘弁して欲しい。


 「国としては、聖女を軽く扱ったことを無視できん。だが、聖女の言葉も重い、彼女の言うように証拠次第としよう」


 陛下の言葉を目を閉じながら噛み締めるように聞いている枢機卿さま。


 「分かりました、陛下、聖女殿。実はカルヴァイン男爵から、子息が男爵へ提出された証拠を私が持参しております」


 そっと枢機卿さまの懐から取り出した分厚い黒革の手帳に、一同の視線が集まるのだった。

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