第215話:【後】何て日だ。

 護衛の列を遮って、吶喊してきた男子生徒くん。教会の教えを説いている教典を手元に持っているから、熱心な教会信者なのだろう。随分と無茶を仕出かしたなあと、無茶振りくんと心の中で名付けた。


 で、彼はまだ膝を地面へ突いたまま、その上に手を乗せて神妙な顔をしている。時間は大丈夫かなあとソフィーアさまの顔を見ると『仕方ない、聞いてやれ』というような顔を浮かべ、短く息を吐く。

 セレスティアさまは何処からともなく取り出した鉄扇を取り出して、口元に当てて無茶振りくんを凄い視線を向けて見下ろしている。

 

 ジークとリンは無茶振りくんの登場から、警戒態勢を取り私の真横にリン、半歩だけ前にジークが立っている。

 リンが凄く殺気を出しているけれど、この状況を平然と受け止めている無茶振りくんの胆力は凄いと思う。教育をきっちり仕込まれている高位貴族のご令嬢二人と、王国が用意した護衛陣に、二つ名持ちの教会騎士に睨まれていても、怯んでいないのだから。


 「話をお聞かせ下さい」


 膝を地面に突けたままなので、仕方なくしゃがみ込む私。窮屈だったのかアクロアイトさまは、セレスティアさまの腕の中へ逃げて行った。


 「はい、ありがとうございます! ――聖女さまのお時間を取らせる訳にはなりません。端的に申し上げます」


 「分かりました」


 「教会上層部に蔓延り腐敗している貴族を、私と共に糾弾して頂きたいのです!!」


 ざわ、と周囲が色めき立つ。ネタとすれば鉄板だろうし娯楽が少ないこの世界、野次馬をしている生徒たちが反応するのは理解できるけれど。とは言え、この話を聞き耳を立て捲っている人たちの前で、堂々と繰り広げる訳にはいかない。


 「内容は分かりました。――しかし、この場で話す事柄ではありません」


 教会系の金満貴族には辟易としている所だけれど、糾弾すると言っても方法や手段次第でこちらが悪者にされる可能性もある。出来れば無茶振りくん一人で頑張って、あの人たちを討ち取ってもらいたい所だけれど。


 「で、では……どうすれば……!」


 そんな捨てられた子犬みたいな顔をしないで下さい。ネクタイの色を見ると二年生じゃないか。いや、彼が熱心な教会信者の平民というならば、その顔は理解できなくもないけれど。平民がお貴族さまに噛みつくなんてあり得ない。

 だからこそ私を頼ったのだろうけれど、これ陛下に頼れば直ぐに解決するんじゃないかなあ。不正の証拠さえ集めれば、司法機関に預けて裁いて貰えば良いだけだ。――司法機関があればの話だけれど。

 

 あとは教会に自浄作用があるなら、教会も査問会みたいな機関がありそうだけれど、どうなのだろう。

 その辺りは全く興味がないし、気にするべき所ではないから、触れていなかった。信頼できる神父さまかシスター辺りに話を聞かないと。二学期初日だというのに、どうしてこうも問題が私の下へ舞い込んでくるのだろう。


 ――仕方ない。


 ああ、もう本当になんて日なのだろうと頭を抱えつつ、その抱えた頭を必死に動かす。私の家に招くのはあからさま過ぎるような気がしてならない。陛下を頼って城のどこかを間借りするのも問題があるような。

 教会もどこに耳があるか分からないから、怖い気がする。あ……ひとつ場所があるなあ。ただ、私情で頼るのは悪い気もするが、内緒話をするにはかなり適切な場所で。

 

 「少しだけお時間を頂けませんか、必ず連絡を差し上げますので」


 連絡は使いの者を送れば良いだけ。彼の身元さえ分かればどうにでもなるし、そもそも学院生なのだから学院内には居るだろう。


 「は、はい! ありがとうございます、ありがとうございます!!」


 「顔を上げてください」


 しゃがみ込んだままの彼の肩に手を置いて、立ち上がることを促す。


 「いえ、いえ。――本当にありがとうございます!」


 顔を左右に振る無茶振りくん。何だろうねこの状況。ようやく顔を上げて立ち上がって、無茶振りくんは私の下から去っていく。


 「ソフィーアさま、お願いがあります」

 

 まあ、あんなぶっちゃけた話をした後だ。彼の身の安全は確保しておかないと。これで行方不明になったとか土左衛門になって戻ってきたとか寝覚めが悪い。


 「彼の素性を調べることと、護衛を就けることは可能ですか?」

 

 「分かった。身元は簡単に割れるだろうし、護衛は影を就けた方が良いだろう。直接の護衛は目立つからな」


 目立っても良い気もするが、この顛末を知らない人も居るから、噂を広がり難くするなら影の方が良いのか。


 「お手間を取らせて申し訳ありません」


 「お前が謝ることじゃないだろう。――話から察するに腐った貴族共が悪いだけだ。だがあの生徒に裏がある可能性もある、慎重に事を運べ」


 人の心が読めれば簡単なのだけれどね。超能力者でもないから、表情や目線で推し量るしかないけれど。

 多分、無茶振りくんには裏はなさそう。裏があるならもっと賢く動くだろうし、そもそもの願いが教会に悪影響を与えている金満貴族をどうにかしたいというもの。ただ、ソフィーアさまの言う通り気を抜くのは不味いだろう。用心するに越したことはない。


 「勿論です。そもそも私に出来ることは限られていますし」


 うん。教会貴族を糾弾するよりも、内情を話して陛下に投げる方が早いんだよね。教会ではどうにもできない案件だから王国側に介入して頂くしかない。教会に自浄作用さえあれば良かったけれど、金満貴族が蔓延っている時点でソレはないも同然で。


 「しかし、どこで話をつけるんだ?」


 ソフィーアさまが小さく首を傾げて、私に問う。まあ、ある意味でジョーカーとでも言うべきなのだろうか。


 「お隣さんに場を提供してもらおうかと」


 うん、亜人連合国の領事館ぽいお隣さんである。私の立ち入りは自由だし、事情を話せば許可は下りるはず。あとは無茶振りくんの許可が下りるかどうかで、そっちは陛下に許可を得れば良いだろうし。


 「はあ!?」


 「なっ!」


 目を見開いてギョッとするソフィーアさまとセレスティアさま。護衛の人たちまで釣られているけれど、だって良い場所がソコしか思いつかないし。


 「待て待て待て、何故そうなる!」


 「完全な部外者ですからねえ。お隣さんだと」


 アルバトロス王国でもなく教会でもなく、興味もないだろう。盗み聞きされる心配もないしなあ。

 

 「ところでナイ、何故先程の方に肩入れを?」


 いつもなら誰かに擦り付けるか、流れに身を任せるだけでしょうと言いたいセレスティアさま。確かに、いつもの私なら『どうしましょうか?』と誰かにお伺いを立てていた。


 「飛び出してきたことは評価したいじゃないですか。――自分の首が飛んでしまう可能性を振り切るには、勇気が必要でしょうし」


 馬鹿の勇み足とか蛮勇とか周りから言われるかもしれないが、自分の願いを叶える為に命を差し出したのだから。そのことを笑ったり馬鹿にするのは違うだろう。

 それにあのまま首を切り落とされる羽目になるなら、あの時の……馬車を遮った仲間を斬ったお貴族さまと同じになってしまう。まあ、そうなるなら、そうなる前に止めるけれど。


 あとは無茶振りくんの素性と裏取り次第かな。違う目的で私を利用するならば、身を引けば良いだけだ。そこの部分は私が動く訳じゃないので、申し訳ない所だけれど、こういうものは適材適所だろう。諜報部の方にお願いした方が効率的で確実だ。


 別口で学院か王国から無茶振りくんに処分が下るだろうけれど、腐敗している教会を立て直したいという理由なら、国は無茶を言えないと思う。腐敗しているのを放置している責任があるから、むしろ協力しておくれと言いたい。


 ――今日は昼ごはん抜きかな。


 他の人たちには休憩を取ってもらって、私はごはん抜きか簡単なものを用意してもらおう。作って頂いたものを無駄にするのは性分じゃないので、残飯は出さないでとお願いしているけれど。

 あ、残飯が多く出るなら豚を飼うのもいいかもしれない。お貴族さまの屋敷で飼うなんて非難されそうだが、勿体ないをなくすなら豚が効率的だ。

 

 それは後で提案するとして、取りあえず王国に報告して動いていいかの確認を真っ先に。で、次にお隣さんに場所提供のお願い。許可さえ下りたら無茶振りくんに、使いの人を出して出頭命令ださないとなあ。


 「戻りましょう」


 まだ二学期初日だというのに、忙しいなあと遠い目になる。

 

 「ああ」


 「ええ」


 「ジークとリンも」


 こくりと頷く二人に笑い返して、また歩き始めるのだった。

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