第214話:【前】何て日だ。

 ヴァンディリア王国第四王子殿下とリーム王国第三王子殿下からの話を聞いたサロンにまだ私たちは居た。


 「……なんでこうなるの」


 ジークの頭の上に乗っていたアクロアイトさまは、座っているテーブルの目の前に鎮座し、首を傾げて私を見上げてる。

 置かれているお菓子の山に目もくれないあたり、興味は全くないらしい。代表さまによると食べても平気だけれど、与え過ぎには注意しろとのこと。だから置かれているお菓子に手を伸ばして、ぱくぱく食べられないなあと遠い目になる。


 「お前が価値のある人間だから、だろう」


 「ですわね。目的のある人物が接触を試みるのは予想済みでしたが、こうも早く行動してくるとは。もう少しスマートなやり様もあったでしょうに」


 ゲームでよく見る、パンを咥えて廊下を走っていたら曲がり角でごっつんこ、なんてあり得ないし。そこから『おもしれー女』展開も出来ない。お貴族さまとしての正攻法なら、夜会で偶然を装って挨拶をするくらいだろう。

 でも私は夜会になんて出る気はないし、出たこともないから無理。だから学院で接点を持つのが、一番簡単でやり易い。


 「確かにな。だが、ナイと接触する為に遠回りをしても無駄だ。無理矢理でも早期に接点を持ちたかったのだろう」


 お互いに一人で学院内でウロウロ出来ないから、教室で接触を図ったのか。彼らなら『命令』という形も取れただろうけど、一応は『お願い』だったものなあ。


 「それでお二方が手を組んだ、という訳ですね。第三王子殿下はまあ、陛下や教会の許可さえあれば良いとして……ナイ、第四王子殿下に対してどう対処します?」


 面倒ですわよ、アレは。と、第四王子殿下に対して酷い言い方のセレスティアさま。


 「どうしましょうか……興味はありませんが、ある程度は相手をしないと失礼にあたるような気が……」


 どうすればいいのだろうか。無下にして良いのならはっきりと『NO』を突き付けたい。彼の本心がどうであれ、自立できない男性は無理。

 

 「私たちでは判断できんな。これも陛下と教会に相談案件だ」


 ヴァンディリア王国って教会と密接な関係だったかなあ。習っていないから彼の国の状況が良く分からない。


 この大陸における宗教というか、崇めている神様は一人。で、大陸中央部付近に位置する聖王国首都にある大教会が本山で一番偉いとでも言うべきか。

 聖地化されて宗教で喰っているというよりは、ある意味で観光地としてお金を信者から巻き上げ……ゴホン、寄付を頂いて運営している。一度も足を踏み入れたことはないし興味もないのだが、教会信徒からすれば一生に一度は行っておきたい場所だとか。


 で、各国の王都にも大教会支部を設置して教義を広めている訳だが、この広い大陸だと場所によって文化も風習も違う。

 基本的な教えは一緒だけれど、受け入れやすいように国々である程度の改変されていた。此処、アルバトロス王国では聖女を大切に扱えと信者の皆さまに教えるし、リーム王国なら聖樹を称えよとなるらしい。


 ヴァンディリア王国オリジナル教義は知らないが、政に教会が喰い込んでいると不味い気がする。アルバトロス王国が断ったとしても、ヴァンディリア王国の教会から大教会を経て、アルバトロス王国の教会へ打診されると面倒なことになりそうだ。

 まあ、そうなったらアルバトロス王国の教会の上層部の人間全員ぶん殴った上に陛下へ擦り付けて、新興宗教でも起こして貰えばいいや。適当な人間を選んで教祖さまとして祭り上げれば良いだろうし。

 

 「――……何か考えていますか、ナイ?」


 鉄扇を開いて口元へ当てて、目線を私へ向けるセレスティアさま。私が頭の中で考えていたことが、漏れたのだろうか。彼女ならば面白そうですわねとか言って同意してくれそうだけれど、まだ言わない方が良いだろう。


 「いえ、何も考えていませんよ。ただ、第四王子殿下の扱いが面倒になりそうだなって」


 「友好国の王族ですからねえ」


 「無下には出来んな」


 はあ、と三人揃って溜め息を吐くと、こてんと首を傾げるアクロアイトさま。その姿が微笑ましくて、右手を顔に差し伸べて撫でり撫でりすると、気持ちよさそうに目を細めて私になされるがままになっている。


 「ナイは第四王子殿下に興味はない、ということで良いんだな?」


 ふ、と短い息を吐いて何かを入れ替えるようにソフィーアさまが私に問いかけた。


 「全く、欠片も」


 うん、興味は欠片もないし恋愛感情が湧くこともなさそう。


 「それは良かった。あのような男性、わたくしは苦手ですし」


 「私も駄目だな。――とりあえず戻ろう。屋敷に戻って昼食と支度を終えたら孤児院の視察だ」


 ソフィーアさまに言われて席を立つ。アクロアイトさまを机の上に放置したら、慌てて飛んできた。もちろん、来なければ部屋を去る前に連れ戻すつもりで。

 私の頭の上に乗って、足踏みしているから多分怒っているご様子。嗚呼、癒されるなあと両手を回してアクロアイトさまの胴体を掴み、頭の上から胸元へ移動させ。


 「ごめん、ごめん」


 苦笑しながら抱きかかえると、長めに一鳴きしたので拗ねてしまったようだ。私の腕の中から逃げない辺り、信頼は得ているようだけれど。


 「……お前は」


 私がアクロアイトさまを置き去りにしようとしたので、護衛の人たちの顔が真っ青になっていた。ごめんなさい、驚かせるつもりはなかったんです。彼らも不用意に触れることが出来ないし、護衛という立場だから私に声を掛けづらいだろうしなあ。


 「ナイ、お願いですからそのような扱いは……」


 今度から止めよう。ごめんなさい。


 第四王子殿下の扱いは適当で構わなくとも、アクロアイトさまの扱いはきちんとしろとお二人は言いたいらしい。大丈夫だよねえとアクロアイトさまを見ると、目を細めて微妙な声を出したので、置いてけぼりは駄目な様子。

 そんなアクロアイトさまにくつくつ笑いながら廊下を歩き、一度ジークとリンと別れて特進科の教室へ戻り荷物を纏める。昇降口へ辿り着くと、騎士科の教室から早々に帰り支度を済ませたジークとリンが待っていた。


 そうしてまた護衛の人たちや、ソフィーアさまとセレスティアさま、ジークとリンが私とアクロアイトさまを囲って、正門へと続く道を歩く。

 学院生が私の大名行列を物珍しそうに見ている。第一王子殿下であるゲルハルトさまの警備よりも厳重だものね。仕方ないと頭を振って、余計なことは考えず正門を目指そうと前を確りと向く。


 「おいっ! 止まれっ!!」


 「何を考えている!!」


 護衛の人たちの叫び声が斜め前から聞こえ、そちらを向くと男子学生が私を必死の形相で見つめて、ずかずかと歩いてくる。流石に抜刀はしないようで手で制する直前、両膝を突いて頭を地面へ擦り付ける。所謂、DOGEZAであった。


 「お願いします、聖女さま!!! 私の言葉に少しだけで良いのです、耳を傾けて頂きたい! どうぞ、どうぞお願いいたします!!」


 衆目の中、騒動がみんなへ知れるように大声を出す、無茶振りくん。


 あー……これ私が聖女として断れないように、この場所を選んだのか。馬車で移動している最中に、街中で引き留めるよりは安全だけれど。男子生徒の言葉に護衛の代表者だろう、私に顔を向け『如何なさいます?』と無言で問うてきた。


 「顔を上げ、お立ち下さい」


 こう言うしか選択肢がないんだよねえ。護衛の人とソフィーアさまとセレスティアさまの怒気が凄いけれど、多分無茶振りくんは命がけ。

 申し訳ないが、彼の顔や経歴は全く分からない。平民ならば首をその場で切り落とされても文句は言えない。お貴族さまと平民の垣根を少しでも無くそうという方針の学院の中なので、ある程度は担保されるかもしれないが、それでも無茶である。


 「で、ではっ!」


 「あまり時間が取れません。――この場でよろしいでしょうか」


 「も、勿論です! ありがとうございます!」


 顔だけ上げて私を見つめていた無茶振りくんは、また頭を地面に突ける勢いで下げた。


 もう、今日はなんて日だ!

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