第213話:【後】接触。

 第三王子殿下の問題発言から少しすると、第四王子殿下がすっと席を立つ。


 「では僕の番ですね」


 そうして私の下へと来て、膝を突く。


 「聖女さま。父王から貴女の話を聞き、素敵な女性だと確信いたしました。我が国の王も認めておりますし、貴国へ釣書も提出済み」


 そっと私の右手を取る第四王子殿下。突然の告白に私の頭が機能していない。


 「どうか僕を貴女のお婿さんへ迎え入れて下さい。不幸になんてさせません必ず幸せに致します。――どうか貴女の心を僕に下さい」


 んあ、なんでそうなるの。――止まっていた頭が何故か回転を始めた。


 無理、急に心をくれとか言われても無理だから! 


 初対面で十分も経っていないから!


 しかも婿入り希望とかどうなの?


 国を捨てる気満々じゃないか。貴方は第四王子としてヴァンディリア王国で高度な教育を受けている筈だ。それを簡単に捨てるだなんて、良いのか!?


 良いのかな? だって向こうの王さまが認めているんだもの。あとはアルバトロス王と教会の許可さえあれば良いの? あーもう、訳わかんない!


というか王族が婿入り希望ってある程度の持参金はあるものの、それ以降は期待できないよね。


 無職? 無職なのかなあ!? 私のお金に頼りたいならば大間違いである。共同生活となるのだし生活費はお互いで折半。

 自分が欲しい物があるのならば自分で働いて手に入れろと言い放つだろうし、甘えるんじゃねえと突っぱねると思う。第四王子殿下ならば領地経営も一通り習っているだろうが、私は一代限りの法衣貴族だから地主貴族というか領地貴族じゃないから、税金で食べていくことは無理。


 一体何が目的なのか問いただしたいけれど、それが叶う筈もなく。

 

 「急にこんなことを言われても困るのは重々承知しています。突然の申し出で戸惑うでしょうが、僕が貴女をお慕いしていることを知っておいて欲しかった」


 今が駄目でも、この先に私が心変わりする可能性もある。留学中は私に振り向いて貰えるように、殿下の全力を尽くさせて頂きますと言って、私の右手に触れないキスを一つ落とした。

 その瞬間にぞわりと全身に鳥肌が立つ。嗚呼、どうか第四王子殿下にバレないでと心の中で叫ぶ。この場所が異世界の中心ならば『気色悪ぅう!!』と全力の大声で叫んでる。間違いなく。


 「少しだけで良い、貴女の宵闇色の瞳を僕に向けて頂きたい」


 おもむろに立ち上がって、椅子に座ったままの私を見下ろす殿下。


 第四王子殿下の言葉に反応出来る訳もなく。勝手に受け入れても拒否をしても問題になるから、沈黙が正解だろう。頭が回る人ならば、私の立場や状況を理解しているから無反応に怒りはすまい。


 なんでこう台詞がいちいち大袈裟なのだろうか。ふと釣書の履歴を思い出す。そういえば趣味が演劇と音楽鑑賞だったなあ。

 王族が気楽に劇場へ行ける立場ではないはずだ。護衛を沢山付けて行くか、お忍びか、はたまた貸し切りか。何にせよ、放蕩気味のような気もするが、きっと祖国で教育はきっちりと受けているに違いない。そう願いたい。


 「僕たちの用事は終わりました。少々一方的ではありますが、お先に失礼致します。ギド殿下参りましょう」


 「ああ、そろそろ行こう。そうだ、俺のことは名前で呼んでくれて構わん。これからよろしく頼む」


 願い事が聞き入れられそうなのが嬉しいのかギド殿下の雰囲気が少し柔らかくなっていた。


 「おっと、大事なことを忘れていましたね。聖女さま、僕の事も是非アクセルとお呼びください」


 そう言い残してアクセル殿下がギド殿下と頷く。


 「――では、またな、聖女殿」


 「ええ、また明日お会いいたしましょう」


 ギド殿下が立ち上がり、アクセル殿下とギド殿下が並んで部屋を出ていくと、彼たち付きの護衛の方々も部屋から出てくる。殿下方が廊下を歩く騒がしさがだんだんと薄れていくと、掴まれていた右手首を左手で思いっきり掴んだ。


 「――――……っ!!!!」


 ああ、もう気色悪いと大声を出したいのを我慢して、右手を天井へ突き上げ、下へ振り下ろす。そうしてもう一度と何度か繰り返していたら、ソフィーアさまが侍女の人に何かしら耳打ちして、しばらくすると濡れ布巾を持ってきてくれた。


 「ほら、拭け」


 若干呆れられているような気もするが、気持ち悪いものは気持ち悪い。あの演劇じみた行動や台詞は、私の趣味ではないと実感させられた。


 「ありがとうございます!!」


 濡れ布巾を受け取ってごしごしと手を拭いていると、リンが無言で布巾を奪い取って丁寧に拭いてくれた。


 「ありがとう、リン」


 「ううん。――なんだか嫌な感じがする」


 少し前に王妃さまにも同じような……というかもっと酷い行動に出られたが、あれは王妃さまに弄ばれているだけと理解できたし、冗談だと分かっていたから受け入れられた。流石に服を脱がされ始めたら、魔術の行使も考えるが結局は未遂に終わったし。


 第四王子殿下の言葉は……ほら、ロマンス詐欺だっけ。引っ掛かるとお金だけ取られるか、使い込まれそうな感じ。上手く誘導されて騙され痛い目を見そう。

 

 「陛下や教会に報告、ですよね」


 「だな。何かと思えば、厄介ごとしか持ち込まないか……」


 「ええ。わたくしの父にも確りと報告させて頂きますわ」


 よろしくお願いします二人共。是非とも私は物凄い拒否反応を見せていたとお知らせください。


 「けれど……聖樹って」


 第三王子殿下の言葉を思い出す。『最近ドラゴンが守る樹』が生えたってどういうことだろう。セレスティアさまの顔を見ると、苦笑を浮かべていた。


 「ナイ。落ち着いて聞いて下さいまし」


 「はい、落ち着いています」


 うん、心音はフラット。平常運転であった。


 「貴女が辺境伯領のあの地で『大きくなりなね』と呟いたあの若木ですが、かなり成長して大木となっております」

 

 「ん?」


 とくんと心臓が高鳴る。それでもまだ心音はフラット。大丈夫、落ち着こう。平常心大事。


 「異様な成長速度を見せているのですよ。父もわたくしも領地からの報告を聞き転移魔術で急いで確認した所、一本の大木があるのみ」


 ご意見番さまが力尽きた周りには草しか生えておらず、木はその周囲に育っているのみ。だから、あの若木が信じられない成長速度で大きくなったと説明すれば納得できてしまうとセレスティアさま。


 「国にも報告し、亜人連合国の方々にも確認を取りました。貴女、無自覚で多量の魔力を若木に流し込んでいたそうですよ」


 「え……嘘……」


 「わたくしも信じがたいですが、聖女である貴女の不思議な力が発揮されたと言われれば、誰でも信じてしまいましょう」


 しかも亜人連合国の方たちもそう言っている、とのこと。え、私はあの言葉に魔力を込めたつもりなんて全くないけど。

 まだ一ケ月しか経っていないけれど、細い若木が大木になるまで一ケ月という期間はありえまい。普通なら、そう普通ならば。というか心臓が早鐘のようになっている。あれ、これ聖樹になるの、どうなるの……。


 「ナイ」


 ソフィーアさまが私に近づいて右肩に手をそっと添えたので、彼女の顔を見上げると。


 「諦めろ」


 非情な一言で締めくくられるのだった。いや、大木はまだしも聖樹はないさね。きっと。…………――多分。

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