第212話:【前】接触。
護衛の方たちを引き連れて廊下を歩くと、学院生たちは避けて端へと避難する。通行の邪魔をして申し訳ないが、こちらも相手を待たせる訳にはいかない。
私の両隣を歩くソフィーアさまとセレスティアさまは、スカートのプリーツを乱さないまま歩いているけれど、彼女らと歩幅の違う私のスカートはばっさばさに揺れてる。なんでそんなに優雅に綺麗に歩けるのだろうかと首を傾げていると、サロンが数部屋ならぶ廊下の前へ辿り着く。
私たちから少し遅れてジークとリンが腰に剣を佩き、早足でやって来た。
「すまない、待たせた」
「お待たせ」
結構距離があるというのに息を切らせていないのは、流石騎士である。
私の前で立ち止まると、ソフィーアさまとセレスティアさまにも軽く頭を下げる。
「ううん。予定になかったから、急に呼びつけてごめん。マルクスさまもありがとうございました」
ジークとリンは男爵籍に入ったとはいえ、やっかみで邪魔をされることもあるだろうから、マルクスさまもここまで二人と同道したようだ。絡まれたら追い払ってくれる役目を担ってくれたのだと思う。そう思いたい。
まあ、ジークとリンが担っている護衛の仕事の邪魔をしたと知れ渡れば、喧嘩ややっかみを売った相手が悪くなりそうだけれど。
「お疲れさまでした、マルクスさま」
セレスティアさまが労いの言葉を投げると、彼の癖なのかまた頭を掻くと私たちにキチンと向き直る。
「いや、気にするな。一応、親父から言いつけられているからな」
じゃあ俺は退散すると片手を上げ、そそくさとサロン前の廊下から去っていくマルクスさまに小さく頭を下げた。
「ナイ、そこまで気遣いをしなくとも……」
相手はマルクスさまですわよ、とセレスティアさまが。彼は将来伯爵家の当主となる人だし、礼儀は尽くしておくべきだとは感じてる。いろいろとあったけれど、仲が険悪という訳でもないし。マルクスさまがあまり考えていないだけかも知れないが、そこは無視しておく所。
「きっと、性分みたいなものです」
「全く」
困ったような声色でセレスティアさまは微笑み私を見る。呆れているのか、感心しているのか良く分からない表情だった。
「ナイ・ミナーヴァさま。殿下方がお待ちしております。部屋へご案内いたしましょう」
だんっと靴を床へ打ち付けて私たちに敬礼をする騎士の方が私に声を掛けた。若干緊張した様子だけれど、騎士さまの方が年上だし王族の警護に当たる人なら、私より爵位は上そうだけれど。そこまで敬うことはないし、緊張もしなくても良いのだけれど。
「はい。お願いいたします」
アルバトロス王国騎士団が身につける揃いの装備ではないので、ヴァンディリア王国かリーム王国の騎士さまだろう。私が軽く頭を下げるのを確認すると、騎士さまが歩き始めサロンの一室の扉が開かれた。
アクロアイトさまが私の肩から、ジークの頭の上に移動してた。ここ最近アクロアイトさまが重くなっているから、後でジークの首に治癒魔術を施そう。
ジークはアクロアイトさまを無下に出来なくて、耐えている様子。後で治癒魔術は必須だと心にメモする。
ふと、アルバトロス王国の騎士ではない人たちの腰へ目が行った。
――帯剣してない。
殿下たちの護衛として同行している騎士の人たちは、腰から剣を下げていない。一体これは……と考えるけれど、敵対ではなく普通に話をしたいだけというアピールだろうか。
これでアルバトロス王国側が彼らを斬り付けたりすれば、それこそ大問題になるのだが、そうなっても良いとも受け取れかねないし。何にせよ、目的があるのだろうとひしひしと感じる。
部屋の中央には木で出来た大きな丸テーブルが鎮座し、その上には色とりどりのお菓子が綺麗に飾られ。
殿下方は部屋の奥側の椅子に既に腰かけていたのを、ヴァンデリア王国第四王子殿下がおもむろに立ち上がり、私の下へ来て柔和に微笑み背に手を回して椅子までエスコートしてくれた。ソフィーアさまとセレスティアさま、そしてジークとリンの空気が張ったのを感じ取る。後で怒られないよねと心配になる辺り、子供が悪さを仕出かしたみたいだ。
「さあ、どうぞ」
ジークとリン、ソフィーアさまとセレスティアさまは壁際へと控えた。どうやら従者として徹するようだ。
「お気遣い、ありがとうございます」
これって許される行為だったかと、疑問を浮かべる。私に婚約者はいないし、セーフなのだろうか。第四王子殿下に婚約者の方が居るとすれば怒られそうだけれど、釣書を送っている時点でそれはない筈。
「我が国で人気のある茶とお菓子を用意させました。貴女の口に合うと良いのですが」
「重ねてありがとうございます。――どれも素敵なものばかりで迷ってしまいますね」
アルバトロス王国で人気のあるお茶菓子とは少々趣が違うのは面白い。
「アクセル殿には届かないが、俺の国で上手いと有名な茶菓子をいくつか用意した。是非食してくれ」
他国で名を馳せるお菓子を賞味する機会はないので、期待値は上がっているけれど、彼らの話の内容の方が気になる。
毒が仕込まれているということはあるまい。こんな所で毒殺なんて起これば、彼らは速攻でアルバトロス王国の騎士たちに取っ捕まるから。捕まっても良いから私を殺したいというなら別だけれど、その利点が思いつかないし。
そうして学院側が用意している侍女さんたちがお茶を淹れて、各自に配り終える。あれ、この侍女さんたち王城の離宮で見たことがあるような。頭を下げるとにっこりと微笑まれたし。
留学生として他国の王子さまがこうしてサロンを利用することを見越し、王家が用意していたのだろう。初日からお仕事ご苦労さまですと心の中で労い、ティーカップへ口を付ける。やはり熱いので、ちまちまと紅茶を嗜んでいると視線を感じた。
「いかがですか、我が国の紅茶は?」
「はい、口当たりが良く鼻に抜ける匂いがとても香ばしくて、美味しいです」
あまり詳しくはないし、上手く言い表せないけれど。お茶なんて同じじゃんとか口にしそうだけれど、笑顔で取り繕う私。
「それは良かった。――急なお呼び出し申し訳ありません。使者を出し正式に貴女をご招待すべきでしょうが、自国ではない為少々自由が利きません」
私の食レポを聞き微笑むと、眉尻を下げて困った顔を浮かべる殿下。
「貴女と接触する為にはこの様な方法しか思いつかなかったのです。お許しください」
「お気になさらず」
ガッチリ護衛の人たちが侍っているし殿下たちが私とコンタクトを取りたければ、学院くらいに限られるのか。
殿下たちがアルバトロス王国の王城に招待したとしても、自国の城とは勝手が違うだろうし監視も就くだろう。んーどういうコンタクトが一番正解だったのだろうか。
「貴女がそう言うしかないのも理解した上なのですから、これも謝らなければならないことですが、それを言い始めるとキリがない」
困ったような顔を上げて笑みを浮かべ口を開いた。
「――あまりお時間もないご様子ですし、我々の要件をお伝えいたしますね。ギド殿下」
柔和に微笑んでいるようで、実の所目は笑っていない第四王子殿下。
「ああ。俺が先ですまないアクセル殿」
第四王子殿下が第三王子殿下へと視線を向けてると、軽く頭を下げる第三王子殿下。
「構いませんよ。順番的にそうした方が僕の都合が良いということもありますから」
どうぞ本題へと話を促す殿下。
「では、聖女殿。俺がこの国へ留学した目的は貴女と接触を図る為だ」
第四王子殿下の計らいでこうして直接縁を持つことが出来たそうな。第三王子殿下は女性の機微に疎いので正直助かったとのこと。
「俺の国が誇る聖樹の寿命が尽きる。聖樹を失えば心の拠り所にしている民が悲しみ嘆くことは理解頂けるだろうか?」
信仰の対象が彼の国では聖樹なのだろう。そりゃ崇めている神さまが居なくなるとすれば一大事だ。
宗教を大切にしている国なら尚更で。聖樹を頼り、国家運営されている可能性もあるのか。頼り切りというのは頂けない気もするが、アルバトロス王国も障壁に頼っているのだから、他国のことを笑えない。
眉間を歪ませてながら語る第三王子殿下にこくりと頷く私。
「もし可能であれば貴女の魔力を我が国の聖樹へ注ぎ込んで頂きたい」
「それは……国を跨いで聖女として働くのであれば我が国の陛下のご許可と、聖女が所属している教会の許可さえあれば可能です」
なんで先に陛下にそのことを伝えないかなあ。というか国同士で話し合いをすれば、直ぐに許可が下たのでは。教会側も無下にはできないし、大枚をせしめる絶好の機会だし。
どうにも彼の先走った行動にしか見えないけれど、ぱっと明るい表情を浮かべるあたり、よほど切羽詰まっていたのだろうか。第四王子殿下も彼に助言してくれれば良かったろうに。王族の方が、他国の貴族に簡単にお願いしなさんな、と渋面になりそうなのを我慢する。
猫。猫を私に下さい。
「良かった。アルバトロス王国で最近ドラゴンが守る樹が生えたと噂され、父王から最悪は奪ってこいと命じられていた。そうならなくて本当に良かった」
なんだろう嫌な予感しかしないけれど。私はそんな噂を知らない。というか、竜が守るって辺境伯領で浄化を施したあの場所に生えていた若木のことなのだろうか。セレスティアさまによると辺境伯領には竜が入れ替わり立ち代わりで、ご意見番さまが力尽きた場所へ飛来しているそうだけれど。
他国ではそんな風に噂が流れているのか。あ、コレ辺境伯領の警備が強化されるヤツじゃないか。亜人連合国へも報告しておかないと、大変な事になりそう。領事館が屋敷の隣で良かったと心底安堵するけれど……。
第三王子殿下の問題発言に、ソフィーアさまとセレスティアさまは内心慌てふためいているだろうし、アルバトロス王国の騎士たちも生きた心地がしないだろう。
まあ、口が滑っただけでも良しとしよう。無理矢理に奪う行動に出られても困るのだから。若干、というより随分と抜けているよなあ彼と生温い視線を向けてしまう私だった。
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