第211話:お誘い。

 ――少し僕たちとお話をしませんか?


 ヴァンディリア王国第四王子殿下とリーム王国第三王子殿下二人に、さっそく声を掛けられた。接触を図るなら警戒されないようにゆっくり時間を掛けるだろう、とソフィーアさまとセレスティアさまに教えて貰っていたのだが。

 これでさっくり断ると殿下方の国から抗議の声が上がる可能性もある。今日は一応半日授業で、屋敷で食事を済ませてから孤児院に視察へ赴く予定。


 私の机の前で腰を折にっこり笑って告げる第四王子殿下と、少し後ろに控え立ったままの第三王子殿下。取りあえず立ち上がって礼を執る。無下には出来ないよなあと、立ち上がりこちらを見ていたソフィーアさまへ視線を向けると、一つ頷いた。どうやら受けても良いみたい。ただコレにはいろいろと条件がある訳で。


 「お時間の捻出が難しければ、日を改めてでも大丈夫ですよ。大陸中に名を馳せた貴女の下にはいろいろと雑事が舞い込んでいるでしょうから」


 事情は理解しておりますよと人好きのする笑みを浮かべる第四王子殿下。


 「本日であれば対応可能です。ただ申し訳ないのですが、少し条件があります」


 小さく片眉を動かした第四王子殿下は、私の反応が意外だったようだ。一瞬で鳴りを潜めて笑みを浮かべたまま口を開く。


 「条件、それは一体?」


 「私の護衛二名と侍女であるハイゼンベルグ嬢とヴァイセンベルク嬢の同伴をお許し頂きたく」


 口にしてソフィーアさまとセレスティアさまを見ると、確りと頷いてくれた。急いでジークとリンを呼びに行かなければならないが、マルクスさまが使いっ走りにされるのだろうなと心の中で苦笑い。


 「それは勿論です。我々も護衛を引き連れておりますから」


 ね、と第四王子殿下が顔だけを後ろへと向けて第三王子殿下に同意を得る。


 もう帰っても大丈夫だというのに、特進科一年生の皆さまはこの様子を固唾を飲んで見ているあたり、帰宅して家に報告するのだろう。

 ああ、また変な噂が流れそう『黒髪の聖女、竜に続いて隣国の王子二人を手玉に取る!』とか。取りあえず殿下方の話を聞いてからだ。単純に治癒依頼かも知れないのだから、予防線を張って国との友好関係が崩れるようなことになっちゃ駄目。

 

 「殿下、場所は学院のサロンでしょうか?」


 彼らの仮住まいとなっている王城で会うのか、それとも学院内で済ませてしまうのか、疑問だったので聞いてみる。


 「ええ。予約は取っております、ご安心ください」


 本来ならばエスコートでもしてサロンへとご案内するのが筋だが、この学院は不慣れな為お許しをと第四王子殿下が私に告げて『では、後程』と言い残してくるりと踵を返す。第三王子殿下も踵を返して彼の後ろへついて特進科の教室から出ていくのだった。廊下では控えていた彼らの護衛が、前と後ろに並び姿を小さくさせていく。


 「……初日から大変だな」


 ふっと短く息を吐いて私を見て苦笑いを浮かべるソフィーアさま。巻き込んでしまい申し訳ないが、彼女らも同席しておいて貰った方が面倒事や無茶を言われそうにないし。

 成り上がりの子爵家当主と幼い頃からきっちりと高度教育を受けていたお二人、どちらを警戒するかと言えば後者だろうから。


 「ご迷惑をお掛けします」


 頭は下げずに言葉だけに留めておく。


 「仕方ありませんわ。名を馳せてしまったのですから。――マルクスさま!」


 教室の後ろの方でスラックスのポケットに両手を突っ込んでこちらを伺っていたマルクスさまへとセレスティアさまが声を掛けた。


 「あー……双子を呼んでくりゃ良いんだな」


 利き手をポケットから出し、顔を床へ向けて後ろ手で頭を掻く彼は、面倒そうな顔をしつつも以前よりは軟化している気が。


 「ええ。お急ぎくださいませ」


 サロンで合流で良いかと問いかけるマルクスさまに、セレスティアさまが勿論と頷き。ふうと長めの息を吐く彼。


 「わーったよ。行ってくる」


 いつもの夫婦喧嘩が始まるのかとハラハラしていると、マルクスさまが素直に従った。なんだろう、セレスティアさまによるマルクスさまの調教が完了してしまったのだろうか。意外だなあと急いで教室を出る彼の背を、しみじみと眺めていると声が掛かる。


 「待たせても失礼にあたる。急ごう」


 「ですわね」


 気配を感じたのか専用ベッドで寝ていたアクロアイトさまが私の肩に飛び乗った。相変わらず自由であるが、こちらの言葉を理解しているようで助かるのは事実。これで唐突に喋りはじめたら腰を抜かしそうだと、右手をアクロアイトさまの顔に当てて一撫でする。


 「はい」


 お二人の声に頷いて教室を出る。


 両横にソフィーアさまとセレスティアさまが並び、前後に護衛の人たちが就いた。あれ、王子殿下たちより厳重警備……と今更ながら思い顔を引きつらせる。

 私の自由がいつの間にか消えているが、これがお貴族さまになるということなのだろう。いつまでも一個人のままでは済まされない。王国からも年金が支給されるのだからして、きちんと対価は払わないと。


 ――さて、一体何を告げられるのだろう。


 歩きながら何となく廊下の窓の外を見上げると、陽が沈む側の方角に雨雲が出ているのだった。

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