第210話:彼らの自己紹介。

 婚約や婚姻なんてナイナイと一人で苦笑していると、先生が口を開く。


 「殿下方、お入りください」


 割と適当で飄々としている担任教諭の口は丁寧なもので、珍しいと目を細めてしまう。引き戸の扉が開くレール音と同時、アルバトロス王国王立学院の制服を見事に着こなしている二人のイケメンが登場して、教諭の横に並ぶ。

 にこにこと人懐っこい笑みを浮かべるヴァンディリア王国第四王子殿下と少し硬い表情のリーム王国第三王子殿下。


 「皆さん、お初目に掛かります。アクセル・ディ・ヴァンディリアと申します。他国へと渡るのは初めての上、文化の違いでご迷惑を掛ける点があるかもしれませんが、よろしくお願いいたします」


 腰低いなあと第四王子殿下の口上を耳にする。長く伸ばした金色の髪を結んで左肩から流し、柔和な笑みを浮かべてゆっくりと教室内に視線を向けて、軽く頭を下げる彼。

 クラス内の女性陣が溜息を吐く。そりゃ、王族さまなので顔が整っているし、細身であるけれど鍛えているようで姿勢も綺麗。


 リーム王国の第三王子殿下よりもヴァンディリア王国の第四王子殿下が先に挨拶を済ませたのは、単純に国力の違いだろう。

 リーム王国の方がアルバトロスとヴァンディリアよりも下である。アルバトロスとヴァンディリアは同格で二国は友好国。もちろんリームとも友好関係を築いているが、まだその歴史が浅いから仕方のない部分。


 「ギド・リームだ。俺もアクセル殿と同じ状況で、知識の差故に迷惑を掛けることもあるだろうが、皆よろしく頼む」


 少し荒い言い方ではあるけれど小さく頭を下げるあたり、王族の方としてなら腰は低いと思う。もっと偉そうにしても良い気もする。彼らと対等な地位に居る人は、このクラス内に居ないしなあ。


 短く切りそろえた髪に、少し太めの眉と釣り気味な目が気の強さを少々演出している。鍛えているようで第四王子殿下の細身よりも、ガッチリとしていて腕とか胸のあたりがちょっとだけ張っている。

 筋肉をつけすぎている訳ではないが、適度な筋量だ。言葉使いも王子さまというよりは、騎士や軍人系みたいな口調で。言い方が悪くなるが、スペアのスペアとして育てられただろうから、期待されているのは政治力ではなく軍人や騎士としての能力なのかも。

 

 ふと、第四王子殿下と目が合い微笑みを向けられた。


 そういえば彼は釣書で『貴女に一目会いたい』とか書いていたっけ。なにか起こりそうだけれど、私はアルバトロス王国の聖女。おそらく国からは出られまい。が、国から『婚姻お願いね!』と言われれば逆らえない訳で。

 相手と恋仲に落ちることが出来れば、そりゃ諸手を挙げて喜び婚約するだろうけど。そんな未来が想像できない上に、恋愛感情よりも食い気が先行するから……難題である。取りあえず視線を外す訳にもいかないから、愛想笑いを浮かべておく。


 第三王子殿下は教室内の生徒を眺めつつ、アクロアイトさまの所で視線を停滞させ外した。見られた当の本人は専用の籠ベッドの中で寝息を立てており、意に介していない。アクロアイトさまは竜なので人間関係になんて興味はないか。


 「ほれ、始業式に行くぞ~。みんな廊下に出ろ」


 その言葉に反応してアクロアイトさまが目を覚まし、私の肩へと乗る。一緒に付いてくるようだ。


 廊下へ出て大講堂へ赴くと、学院の全生徒が集まっていた。学院長の挨拶の際に思いっきり目が合って『頼むから大人しくしていてね?』という視線を感じたのだった。

 いや、好きでこうなった訳ではないと心の中で叫びつつ真面目に聞いている振りをしていると、挨拶の為に壇上へ上がった生徒会長である第一王子殿下とも目が合う。『頼むから大人しくしていてね?』と必死の形相だった気もするが、私が意図してやった訳では決してないからと、もう一度心の中で叫ぶ。


 少し時間が経ち留学生として王子殿下方の挨拶もあった。


 教室内での自己紹介よりも長いものになってはいたが、基本は同じである。文化の違いで迷惑もかけることもあるだろうが、よろしくというもの。

 普通科の女性陣からの視線が凄い。彼らの目に留まり気に入られれば玉の輿だ。国に戻ったら、適当に爵位を貰って領地運営か法衣貴族として宮廷内で重要ポストに就くだろう。

 

 肉食系のご令嬢たちはこぞって王子殿下方にアピールをしそうだ。


 誰か気に入った子でもいれば連れ帰るのだろうか。本妻ではなく側室や愛人扱いになりそうだが、爵位の低い家からみれば魅力的だろうし。お貴族さまとして気合が入っている子なら、その状況をあっさりと受け入るだろう。


 始業式が終わり、教室へと戻る。


 今日は半日授業。式も終わったので残り二限分を消化すれば、帰ることが出来る。雇った料理人の方々の腕が良いので、ご飯が美味しくちょっとした楽しみとなっていた。子爵家で働く人たちにも、評判が良いので胸を撫でおろしている。人間の三大欲求の一つである、胃を掴むのは大切で。――ついでに私の胃もがっちりと掴まれているけれど。


 警備に就く人たちの宿舎の移築がもうすぐ完了するから、ご飯時になると食堂に訪れる人数が増えるので『作り甲斐がある』と料理長さんが笑ってた。

 宿舎には働く人たちの子供を預ける部屋も設ける予定。子持ちの人も多いので、あると便利だろうと私が提案して飲んでもらった。下働きの子たちも足りないようなので、孤児院で一定の年齢に達した子を住み込みで数人雇う予定だ。


 お金の引き出しが頻繁になっているけれど、家宰さんによると全然大丈夫、むしろもっと使って頂いても……なんなら王家に返上された騎士爵領でも借り受けて領地経営してみます? とか言われた。

 そうなれば代官を雇ってということになるだろう。出費がかさむので勘弁して下さいと、速攻で断ったけれど。なんだか残念そうな顔をする家宰さんには申し訳ないが、学院と聖女とアクロアイトさまの面倒を見るので精一杯。器用ではないし、身の丈を超えたものを望むべきではない。


 「聖女さま、少し僕たちとお話をしませんか?」


 教室の椅子に座って考え事をしていると、声を掛けられた。顔を上げるとヴァンディリア王国第四王子殿下とリーム王国第三王子殿下が私の机の前に立っていたのだった。

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