第209話:HR。

 騎士科で学ぶジークとリンに別れを告げ、特進科の教室がある校舎へと辿り着く。第二王子殿下が居た時よりも、警備が厳重になっているのは気の所為だろうか。昇降口に警備の騎士が立ち番をしているのは初めて見た。そんな彼らに『ご苦労さまです』と頭を下げて校舎の中へと入る。

 

 「警備が厳重になってますね」


 私付きの護衛の騎士さんもまだ一緒だった。彼らは教室前でも待機するそうだ。


 「それはそうだろう。お前の為でもあるし、留学してきた王子たちの為でもあるな」


 「ええ。それだけ価値があるということですわ。何度も言いますが、ナイはもう少し自覚を持つべきかと」


 「中々難しくて……。でも校門前のあの騒ぎは驚きました。みんな私に注目していましたし」


 そう言って肩に乗っているアクロアイトさまを右手で撫でる。ごきげんなのか手にすりすりと顔を寄せ、小さく長い鳴き声を出していた。

 

 「それはそうだろう」


 「王都に噂が流れておりますわ。黒髪の聖女は竜を従え、我が国を護る為に亜人連合国から戻ってこられたのだと」

 

 どうも辺境伯領で起きたことが噂として流れ、尾ひれ背びれが付いたらしい。最初に流れ始めた噂はきちんとした事実が流れていたが、日が経つごとに話が膨らみ、最終的に先程セレスティアさまが言った形に落ち着いたそうだ。

 吟遊詩人が王都の広場で語っていたのも、一因らしい。そして普段よりも聴衆が多く儲けも良かったそうな。


 「……!」


 何故そんなことになっているの。アクロアイトさまを預かっただけで、竜の方々を従えた覚えはないんだけれども。代表さま怒らないかなあと彼の姿を思い浮かべるけれど『面白いから構わない』とか言いそうだ。

 エルフのお姉さんズも面白がってそれ以上の噂を流しそうだし、突っ込むべきではないかも。噂が独り歩きしているけれど、なにか止められる方法は……ないなあ。人の口に戸は立てられぬと言うし、こういうことは王都に住む人たちの娯楽だろう。

 

 もう諦めようと、学院の天井を仰ぐ。


 「余所見をしていると危ないぞ」


 「キチンと前を向きなさいまし」


 バッとセレスティアさまが鉄扇を開いて口元を隠す。少し前に亜人連合国からお土産用として頼んでいたものが届いたのだ。

 竜の鱗で作った鉄扇とナイフをお土産として渡した。あと渡しそびれていたエルフの皆さまが織った反物で仕上げたコサージュと匂い袋にハンカチ。せっかくだから女性陣四人――ソフィーアさまとセレスティアさま、リンと私――同じポプリを匂い袋に仕込んで学院に登校しようとなったので、スカートのポケットの中に忍ばせてある。


 鉄扇はソフィーアさまにも同じものを渡したけれど、そちらは軽量版である。素材となった鱗の色が大いに反映されていてソフィーアさまには瞳の色と同じ紫、セレスティアさまには深い青色のものを送った。

 お貴族さまは家族や婚約者が髪色や瞳の色と同じものを送るそうだが、信頼の証として家族や婚約者以外の人間が送ることもあるそうな。


 お二人には迷惑を掛けることも多々あるのだし、放課後も私付きの侍女として働くのだから問題はないはずと、思い切って渡した。


 ジークは匂い袋なんて引っ提げてもなあと考え、匂い袋とハンカチを一晩同じ場所に置き、朝にハンカチを渡して持ってもらっている。甘い匂いではなく、ミントのような爽やか系をチョイスしているし、匂いも薄いから男の人でも大丈夫だろうと教えてもらったのだ。

 

 「すみません。ちょっと注意散漫でした」


 特進科の校舎なので生徒の数は随分と少なくなっていた。私が普通科に通っていたら、護衛の人は大変だっただろう。普通科の方が人数が多いし、下級貴族の方や平民の人も居て割と自由な感じらしい。

 

 取りあえずは無事に教室へたどり着いたことに安堵していると、やる気のなさそうな担任教諭が始業前に姿を見せ、私の前に立つ。


 「ミナーヴァ子爵、席を変えましょう」


 「先生、学院なのでお気遣いなく」

 

 うん、みんなと同じように接して欲しい。


 「そうは言うがな、いろいろとあるんだよ。我慢してくれ」


 同じように接して欲しいという私の願いは数秒で砕け散った。事情があるらしい。そういえば目の前に立つ先生の爵位がどれほどのものか知らないなあ。もしかして子爵家よりも下だったのだろうか。


 「う、申し訳ありません」


 謝罪を口にしたあと頭を下げると、横に居たソフィーアさまとセレスティアさまがため息を吐いた。


 「いや、謝るな! 簡単に頭を下げんでいい! 取りあえず教室の真ん中に席替えだ。ハイゼンベルグ嬢とヴァイセンベルク嬢もだな」


 三人の反応をみるに、簡単に頭を下げてはいけないようだった。うう、つい癖で下げてしまうんです。仕方ないんです。この辺りも気を付けなくちゃならないのねと、心のメモを取る私。これ、平民で特進科に在籍するよりも、お貴族さまとして在籍する方が難しい気がしてきた。


 「はい」


 「参りましょう」


 あれ、二人も席替えなのかと移動を始めると、教室のど真ん中に私、その前にはソフィーアさま、後ろにはセレスティアさまが。身長の関係で前が若干見え辛いが、全く見えないということはない。そして右隣りはアクロアイトさま専用だそうで、籠ベッドが用意されていた。

 

 「席、用意してくれたって。良かったね」

 

 肩に乗っていたアクロアイトさまを両手で抱えてベッドに移すと、座り心地を確認するように体を回しながら足踏みをして、心地よい場所を見つけたのか伏せて丸くなった。気に入ったようで良かったと頭を撫でると、片方だけの目を開いて私を見て再び閉じる。


 もうすぐ始業時間でクラス内の席は殆ど埋まっているが、私の左隣とその後ろはいまだ空席。一体誰がこの席につくのだろうと疑問を浮かべた所で、始業を告げるチャイムが鳴った。そうして先生が教壇へと立つ。


 「みんな久方ぶりだ。長期休暇の間、王国内でいろんなことが起こり事情が変わっている。貴族ならば事情はある程度知っているだろうから説明は省く」


 お貴族さまは情報が命だから、大規模討伐遠征が組まれ辺境伯領へと出向いたことも知っているだろうし、亜人連合国の方たちがこちらの国へ出張って来たことも知っているだろう。王家や上層部が慌てたことも周知の事実だろうから、この席替えに対して文句はないようだ。


 「妙な事をしてみろ、一瞬で首が飛ぶからな! 十分に気を使え」


 私には構わないが、アクロアイトさまに粉を掛けると恐らく処罰はあるのだろう。事情を知らないまま物珍しさで手を出して処罰を受けるのは、少々寝覚めが悪い。なので『手を出すな』と通達されているのは有難いこと。

 私もアクロアイトさまを守らなければならないし、魔術を行使するような事になって欲しくない。学院内での魔術行使は指定場所以外は原則禁止であるが、アクロアイトさまを守る為ならば防御系魔術を使っても良いと学院から許可が下っている。


 「それと他国からの留学生も来ている。こちらの方々にも失礼のないように」


 事前に通達が来ていたので知っている。ヴァンディリア王国第四王子殿下とリーム王国第三王子殿下。

 第四王子殿下も第三王子殿下も姿絵を拝見していた。スタンダードな柔和系で金髪碧眼のアクセル・ディ・ヴァンディリアさま。髪を短く切り揃え、気が強そうな感じがひしひしと伝わる金髪紅眼なギド・リームさま。


 二学期からの編入だから評判を聞きつけた黒髪聖女目的だろう、とソフィーアさまとセレスティアさま、果てはジークとリンにまで言われる始末。

 いやいや、他国の王子さまと婚姻なんてありえないと笑っておいたけれど。うーん、仲良くなることはあっても、婚約や婚姻をしたいと思える関係になれる……だなんて到底思えない。むしろアクロアイトさまが目的だと言ってくれた方が分かり易いよなあ。


 と、教室の扉が開く音を耳にするのだった。

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