第208話:始業式前。

 二学期初日。人だかりが出来ている校門前を抜けて、校舎へと続く道を歩いていた最中。見知った顔を見つける。

 大規模討伐遠征で一緒になったアリアさまが、学院の制服を着て道の片隅に立ち、こちらの様子を伺っていた。物々しい私たちの姿に声をかけ辛いのだろうか。以前の彼女ならば飛び込んできそうだけれど、我慢している風だった。


 「すみません」


 ゆっくりと立ち止まり後ろへ振り返る。

 

 「どうした?」


 「知り合いを見つけたので声をかけたいのですが、構いませんか?」


 アリアさまには少し話しておきたいことがある。格好つけて説教したというのに、その傷を私はあっさりと消してしまった。

 その経緯や釈明をしておかないと、不義理なのではないだろうか。そして彼女の手に出来ていたマメを消す為の治癒の代行も。治していないのは、彼女も自分自身に魔術の効果がないのだろう。


 「あれは確か、浄化儀式で一緒だった聖女だな。――わかった。しかし、あまり時間を取るなよ」


 「はい。直ぐに済ませます」


 列からはみ出てアリアさまの下へと行くと、周囲が驚いた顔をしていた。一学期の最後の方ならば、みんな気にもしないだろうに。噂が広まっていることを実感しつつ、彼女と再会を果たしたのだった。


 「おはようございます、アリアさま」


 「ナイ……さま。おはようございます!」

 

 凄く嬉しそうな顔をした後に深い息を吐いたアリアさまは、私の名前に敬称を付ける。叙爵したことを知っているのかと、苦笑いする私。さま付けに突っ込みたい所だけれど、これは仕方ないと我慢をする。


 「お久しぶりです。学院へ編入できたのですね、おめでとうございます」


 彼女から話を聞いた時は『出来るかもしれない』だったからなあ。遠征で結果を出せればという条件付きだったし。学ぶことは大事だから、無事に学院へ編入できたことは素直に喜ばしい出来事だ。


 「はい。ナイさまのお蔭ですよ!」


 「え?」


 どういうことだろうか……。私は彼女に臭い説教をかまして、格好の付かないことを後から仕出かしただけ。そんなに満面の笑みを浮かべ、きらきらと輝く瞳を向けられると罪悪感というか、妙なものが湧いてくる。


 「浄化儀式の補助作業が評価されたんです! ナイさまもですが他の方からの報告でも褒めて頂けたと聞きましたから」


 私が提出した報告書には、浄化儀式の際に協力してくれた女性陣をべた褒めしておいた。彼女たちが遠征に参加していなければ、儀式の補助は男性が執り行うのだから。私の尊厳を守ってくれてありがとう、討伐遠征に参加してくれて本当にありがとう『成功した一端は彼女たちが居たから』と記した。


 こう、筆圧高めに。


 割と真剣に。これって私の報告が重要視されていると認識しても良いのだろうか。教会も王家も加味してくれたようだ。発言権……とでも言おうか、上がってるな。


 「そうでしたか。――少しお話したいことがあるのですが、私にアリアさまの時間を少し頂けませんか?」


 「それは勿論!」


 はい、とアリアさまは満面の笑顔で笑っているものの、断れないよねこの状況。彼女は男爵家の四女で私は子爵家当主。胸にちくりと痛みが刺さるが、仕方あるまい。

 周囲の状況も鑑みるに学院ヒエラルキーの上位に昇り詰めているのだから。おいそれと中庭でとかも言えないし、サロンを申請して借りよう。

 家を頂いたのだから、ウチへ来てもらっても良いだろうが、それなりのモノを求められるから彼女とならば学院の方が気楽だろうし。逆の立場ならば『ひぃー! お貴族さまに誘われた!』って心の中で叫んでいるだろうし。


 「アリアさまのご都合は?」


 「私よりナイさまの予定を優先させて下さい。私はいつでも大丈夫なので」


 ソフィーアさまのスケジュール管理は案外厳しい物なので有難い申し出ではある。あるのだが、やはり申し訳ないなと思ってしまう訳で。これは私の心情の問題で、お貴族さまとしてなら爵位の高い方に権利があるのは当前だ。


 「わかりました。少しだけお待ちを」


 後ろに控えていたソフィーアさまに声をかける。数日前、学院の中まで侍女の仕事はしなくても……と言ったけれど軽くあしらわれた。話を聞いていたのだろう『二日後の放課後なら時間を取れる』と空で言ってのけるのだから凄い。礼を伝えて、再度アリアさまに向き直る。


 「二日後の放課後は如何ですか?」


 「はい、勿論ですっ!」


 胸に手を当てて明るく笑っているアリアさま。


 「では、学院のサロンを借りてご招待いたしますので。大した話ではないですし、呼びつけて申し訳ないのですが、あまり気張らずにいらして下さいね」


 個人的な吐露の為に呼びつけるので申し訳なさが募るが、でもなあ……。傷を消したことを後で知れば、あの時の言葉が無意味になってしまう。私の評価が下がるのは、自分自身へと返ってきたものなので構わないが、アリアさまが不快に思うことは避けたいし。


 「それでは、また」

 

 頭を下げると、彼女も頭を下げた。おそらく彼女が通うのは普通科だろう。特進科に転入生が入るなら、事前に連絡がある筈だから。

 何故それを知っているかといえば、事前に連絡があったから。釣書で見ていたヴァンディリア王国の第四王子さまと隣国の第三王子さま。彼らが留学の為に学院の特進科へ編入してくるから、粗相のないようにと事前通達があったのだ。

 

 幽閉されたアルバトロス王国の第二王子殿下に、謹慎中の高位貴族のお坊ちゃん二人とヒロインちゃんの席が空いているので、人数調整の為にも丁度良い話だったのかもしれない。彼ら付きの護衛騎士も学院の教室前の廊下で警護にあたるそうだ。


 ヴァンディリア王国の第四王子さまは、釣書に記載されていた『貴女に一目会いたい』という文言が気になるが、本気ではないだろう。王族の人がそんなことを言う筈もなく、リップサービスの一環だと考えている。


 二学期初日の朝。まだ校舎の教室へと入った訳ではないのに、既に何かしら起こるとひしひしと感じるのだった。

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