第205話:お財布事情。

 丸テーブルに広げた明細をお二人は眺めている。今の今まで行った魔力補填の報酬明細書に、討伐同行の時の報酬明細、治癒の仕事の報酬明細。で、教会に預けたという証書とお金を下ろした明細書。銀行通帳はないので、自分でノートに書き記していたけれど、一年前に止めている。

 お金が貯まっていくことは嬉しかったけれど、小市民の私は桁数が増えることに恐怖を覚えた。だから、報酬明細と証書と明細書は取っておき、ノートに記すのは止めたのだ。精神衛生上よろしくなかったし。


 「……貯め過ぎではないか?」


 一年前からノートへ書き記していないことを知ると、お二人はそそくさとノートにお金の出入りを纏めていた。私が書いた後にソフィーアさまの字がノートに踊っているけれど、走り書きだというのに随分と綺麗な数字が書き込まれた。


 「他の聖女の方がどの程度なのかは分かりませんが……貯め過ぎですわねえ」


 そうしてノートを覗き込むお二人。なんだかドン引いている気もするけれど、お貴族さまと平民ではお金の価値観が違うだろうし、仕方ないような。


 「貴族の私たちからすれば、経済を回す為に貯め込むなと言いたくなるが……」


 「ソフィーアさん。それは酷では?」


 「分かっている。だがなあ……」


 「愚痴を零したくなる気持ちは理解できますわね。――しかし、このような金額で日々の生活を送っていたとは……」


 目頭を押さえて指で揉みこんでいるソフィーアさまに、鉄扇を広げて口元を隠して私を見ているセレスティアさま。

 

 「…………」


 「……」


 お二人が『だからそんなに小さいのでは』というような視線を向けてくるけれど、食事に関してならばジークとリンも同じである。

 だから食事によって体が小さいのは説明が付かない。単純に遺伝的に小柄なだけのような気もするし、副団長さまやエルフのお姉さんズの言葉を信じるならば魔力量が多すぎる所為だけれど。


 「いいか、ナイ。まず、これだけ金が貯まっているのならば困ることはそうそうない。この金で子爵邸を維持管理したとしても、だ」


 「これだけあれば、何年も持ちましょう。それに年金が支給されるのです。十分黒字運営ですし、聖女の仕事を続けるならば破産なんてありえませんもの」

 

 そっか、とりあえず大丈夫そうだ。あとは何人くらい雇い支給額や、住み込みになるのか通いになるのか、とかいろいろとあるみたい。

 庭園に力を入れている貴族は庭師さんを専属で雇ったりしているそうだ。私は草花についてはさっぱりなので、適当に見栄えが良ければそれでいい。

 馬車を使うなら厩や御者、そして馬そのものも飼うらしい。競馬のゲームで牧場費用が月十万円掛かっていたけれど、多分これくらいは掛かるのだろうなあと目が遠くなる。


 王家が助力してくれるけど、やることは沢山ある。


 家の仕事を信頼できる執事さんに任せることも出来るそうだが、信頼できるというのが曲者で。縁も伝手もないのだから、大変だ。


 「そのあたりは紹介状か推薦人でも立てて貰えばいいさ」


 「ですわね。雇った者が失敗をすれば推薦した人間が恥を掻きますので、下手なことが出来ませんし、逆に妙な人間は勧められない」


 お貴族さまの柵って大変である。まあ、自分もその柵の中へ入ってしまった訳であるが。特殊事例なので、夜会やお茶会に無理に出る必要はないと陛下からお言葉を頂いている。

 爵位を賜った日から、そういうお誘いが来ているそうだけれど、ソフィーアさまがシャットアウトしているそうな。ただ、どうしても断れない家や人は出てくるだろうから、それは我慢して欲しいと言われてた。

 

 社交場に行っても壁の花になるだけだし、それでも良いのならばと彼女に返したら苦笑してた。


 とはいえ『お前が断れないのは王家か他国の王族くらいだろうがな』とソフィーアさま。いつの間に私の権限が大きくなっていたことに驚くと、呆れた顔で見られてしまった。子爵位なんだから、それより上の爵位の人たちの誘いを断れば不味いと言うと、特殊事例と言っただろうとソフィーアさま。


 「暫くは王家と公爵家に辺境伯家が人員を派遣するが、結局は雇わなければならないからな。事は早い方が良いだろう」

 

 お引越ししたものの世話人が居ないのでは話にならないらしい。警備は騎士団に軍、後ろ盾である公爵家と辺境伯家からも雇われている騎士が派遣されてくる。二学期ももうすぐ始まるので、いろいろと急いだ方が良いらしい。


 「ですわね。面談には公爵閣下や父も同席すると言っておりますし、王家や教会からも使者が来るとか」


 滅茶苦茶審査が厳しそうなんだけれども。あの二人の面接って圧迫面接になりそうだし、王家や教会関係者も加わるのか。え、そんな面接受けたくはない。私ならお給金が良くとも、絶対に受けない。面接官が誰か知らなければ、うっかりと受けそうだけれど。


 「私も同席をするのですか?」


 子爵家当主として。役に立つのかどうかは分からないが。というか居ても役に立たない気がする。


 「いや。お前は此処で大人しく待っていればいい」


 「ええ、人選は我々にお任せを。確りと見極めて下さいますわ」


 「なんだか凄い事に……」


 人を雇うだけなのに、凄い事になっている。そんなに厳しい審査が必要なのかとも考えるけれど、魔力持ちの人ならば武器を持たなくても攻撃手段があるのか。

 私を殺した所でその人に何の得があるのかさっぱり分からないけれど、お金で雇われたら可能性はなくもない。暗殺なんて一生関係ないと思っていたけれど、それを心配しなきゃならない領域まで来ているのか。本当、なんでこんなことにと頭を抱えたい。


 「それだけ影響があることをお前は成し遂げたんだよ」


 「ええ。自覚と誇りを持つべきですわね」


 自覚と誇りなんて持てるのだろうか。難しい注文だなあと明細書の束を見る。


 「すまないが、取り急ぎこれだけ入用だ」


 「はい。教会に申請しておきますね」


 爵位を頂いても、予算のやりくりがあるそうなので年金支給は少し先となるそうだ。私が叙爵した日に、財務卿さまが難しい顔をして私に頭を下げてくれた。予備費から捻出するそうだけれど、手続きに時間がかかるらしい。

 そういうことだから教会に預けているお金をある程度引き出す為、申請書に文字を丁寧に書き込む私だった。

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