第204話:嵐のあと。

 王女さまと第三王子殿下に王妃さまが、私の借りている離宮に突撃をかました数時間後、陛下が微妙な顔で部屋を訪ねてきて直ぐ『すまない』と頭を下げた。

 部屋には身内的なメンバーしかいないので大丈夫だろうけれど、私の胃が悲鳴を上げているので止めて欲しい。

 一応、王妃さま出身国の面倒な連中は王妃さまと向こうの王さまが抑えてくれるそう。私に益があるなら、話を持ってくるしそれ以外はシャットアウトするとのこと。少し前から動いてくれていたようで、向こうの国といろいろ折衝していてストレスが溜まっていたそうな。


 陛下も必死だけれど、私も必死である。本当に大丈夫だし、気にしていないのでこの話はなかったことにして欲しいくらいだ。

 王女殿下や護衛の方に王妃さまにも処分を下すと聞いたので、被害もなかったのだからあまり厳しいものには……とそれとなくは伝えたけれど大丈夫だろうか。亜人連合国とも関係があるので、厳しくせざるを得ないと言っていたけれども、あの人たちがこんな些末を気にするのか疑問である。

 

 「疲れた……」


 いろいろと。なんでこうも来客が多いのか。飛び入りもあったし。そろそろ離宮住まいも止めにした方が良いのでは、と思えてきた。お屋敷に移れば、屋敷を維持する人材確保に警備の人を雇わないといけないが、子爵となったので年金から捻出すれば大丈夫なはず。

 

 治安は王都の街中より貴族街の方が当然良いので、問題はない……はずだ。


 よくよく考えれば、常に自分で障壁を張っておけば良い気がしてきた。屋敷全体は無理だけれど、自分の部屋くらいならば可能ではなかろうか。

 寝ている時が問題だなと頭の片隅に浮かび、どうしたものかと考える。専門家でもないからこれは副団長さまにでも聞いた方が良さそうだ。


 アポイントは果たして取れるのだろうか。魔術師団副団長を務めているのだから、後進の教育や魔術の研究にと忙しそうである。

 

 「お疲れさま、ナイ」


 丸テーブルでヘタっていた私を見下ろしつつ、リンが声を掛けてくれた。


 「リン、お疲れさま。ジークもお疲れ」


 身体を起こしてリンとジークの顔を見る。二人とも今日の出来事を思い出したのか、苦笑いだった。


 「ああ。――ナイ、王妃殿下には気を付けておけよ?」


 少しの間だけれど、こうして三人だけになれる時をソフィーアさまとセレスティアさまが作ってくれていた。勿論、優先すべきことがあれば潰れてしまうけれど、こういう気遣いは有難い。


 「どうして?」


 ジークの言葉に疑問で返す。アルバトロス王国の王妃さまとして望まれ、他国から嫁いできた人だから、無能ということはないだろうけれど。


 「ただの戯れで終わる筈はないだろう。髪色が似ていることを強調させていたからな」


 事実はどうであれ、噂でも流れれば上手く利用するのがやり手の手段だとジーク。


 「そうかなあ。ただ単にああいう事が趣味なだけのような気がするけれど……」


 ジークとリンにも落胤問題が降りかかったし、私の身に起きても不思議ではない。両親の顔も知らないし、出生も定かではないのだから捏造しようと思えばどうとでも出来る。

 確かに遺伝子鑑定なんてこの世界にはないし、顔や髪色が似ていれば親子と判断されることがあるけれど。王妃さまは他国の方だし、結構無茶なのでは。それでも用心に越したことはないと再度ジークが忠告したのだった。


 「あ、そうだ」


 「ん?」


 「うん?」


 椅子から立ち上がって二人の前に立ったあと右腕を差し出し拳を握った。


 「朝、出来なかったから」


 なるだけ実行しているけれど、今日の朝は立て込んでいたし忘れていた。私にとっては、癖とか習慣みたいなものになっているので、やらないと落ち着かない。


 「ああ」


 「うん」


 こつん、と三人の拳が当たる。アクロアイトさまが上に飛んできて一鳴きすると、なんだかその様子がおかしくて三人で笑い合い『おやすみ』と言って二人が部屋から出ていくのを見送る。

 寝支度を終えてベッドの縁に腰かけると、もぞもぞと布団の中からアクロアイトさまが顔を覗かせた。早く寝ろと言いたいらしい。右手をそっとアクロアイトさまの顔に添えて、親指の腹で撫でると目を細めて小さく鳴く。


 「おやすみなさい」


意識が深い所まで落ちるのに、そう時間は掛からなかった。


 ――朝。


 ご飯を終えて、副団長さまから頂いた魔術指南書を読んでいた。基本から上級編まで網羅してある本で、かなり分かり易く解説してあった。


 「ナイ、始めよう」


 ソフィーアさまとセレスティアさまが離宮の借りている主室へと入ってきた。手にはなにやら分厚い本。どうやら、相談していたことをご教授頂ける日がやってきたみたいで。開いていた魔術指南書を閉じ、ベッドの上に置く。


 「はい。よろしくお願いします、ソフィーアさま、セレスティアさま」


 子爵位持ちとなったので、年間費用がどのくらい掛かるのか少し前に聞くと、丁度良いから私が稼いだ教会に預けているお金も含めて見てみるかとなった。貸与されるお屋敷も決まったので、一度下見に行ったけれど大きい邸だった。

 ソフィーアさまとセレスティアさま曰く、子爵位だが伯爵位くらいの屋敷でも良かったのではとぼやいていたが、仕方ない事情がある。

 立地条件を考えるとその場所が一番良かったそう。狭くて申し訳ないが我慢してくれと陛下から言われたけれど、私からすれば大豪邸。これ以上大きい屋敷を与えられても維持管理が大変だし、現状でも子爵位の年金で生計が立てられるのか不安である。


 「今更だが、お前の資産を私たちが知ることになるが良いのか?」


 「お願いしたのはこちらですし、他に詳しい方を知らないので」


 気軽に聞ける人がソフィーアさまとセレスティアさまくらいである。公爵さまや辺境伯さまに相談しても良さそうだが、結局同じことになりそうだし。お手間を取らせて申し訳ないのですが、と頭を下げる。


 「構わんさ。一応、教育は受けているからな」


 「ですわね。伯爵家へ嫁ぐことになっておりますから、その為の教育をわたくしも受けていますし」


 家格は違うが、ある程度の予測は出来るとのことだから、見て貰っておいた方が賢明だ。日々に掛かるお金と教会孤児院への寄付の為、教会へ預けているお金を必要分だけ請求して遣り繰りをしていた。

 城の魔術陣へ魔力補填しているだけで黒字。あと、教会宿舎生活だったから王都に住む人たちの生活費がどれくらい掛かるか知らない。孤児から教会に拾われた身で、節制とか清貧とかを旨としていた人が多かったので、イマイチお金の価値をキチンと理解していない気もする。

 

 貯まっていくお金ににやにやしていた時期もあるけれど、ある時を境に数えなくなった。ずっと黒字続きだし、治癒の依頼に魔物討伐の同行、そして週に一度の魔力補填。結構な額になっているのだ。教会宿舎で四年も生活していれば、一ケ月の生活費がどのくらい掛かるかは分かっているし。

 あー……これは使い切ることが出来ないなと判断した時から、数えるのを止めた。多分それが一年くらい前。最近は明細書を確認していなかったなあと遠い目になる。若干、今どれくらいお金が貯まっているのかと心配になってくるのだった。

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