第203話:戯れ続く。

 ――なんでこうなるのか。


 王妃さまに応接用ソファーに押し倒されております。部屋に人が居るというのに、堂々と押し倒しましたよ。このまま黙っていたら貪られそうな雰囲気があるけれど、誰も止めないというのはおかしな状況である。というか真面目の塊である彼女が止めないのが不思議でならない。


 つ、と王妃さまの右手が私の脇腹をなぞる。色気マシマシな不敵な顔で。Mっ気が強い人は凄く喜びそうな状況だよなあ。雰囲気とか全くそういう気分にもなっていないし、弄ばれているのは理解できているので、こう『きゃ』とか『ん』とか相手が喜ぶ言葉も出ない。


 「不感症なのかしら? わたくしが囲っている子たちは喜ぶのだけれど」


 眉根を寄せ不服そうな声を上げた王妃さまに、苦笑する私。本気で抱きたいなら人気のない所で事に及ぶだろう。目の前の人にはその権限と力はあるのだし。だからこそ落ち着いて状況を捉えていた。というか、囲っているって何事……。

 

 「……人並にはあるかと」


 失礼な、多分だけれど人並にはあるはず。恋愛とか無縁だし、そんなものよりもお金とお腹を満たすことが大事。腹が減っては何もできないし、お金もなければ何もできないのは身に染みて理解している。覆いかぶさっている身体をどかして、ソファーへ座り直す王妃さま。私もソファーから起き上がって、少し乱れた服を整える。


 「わたくしで試してみる、と言いたいけれど貴女は聖女だものね」


 教会にも立場があるから無理よねえ、と王妃さま。足を組み、手を伸ばして私の髪をまた一房取って、感触を確かめている。


 「殿下、お戯れはそろそろお止めください」


 「ソフィーアちゃん。羨ましいのかしら、貴女も加わる?」


 三人でも四人でも同時に愛せる自信はあるもの、と王妃さま。本当に良いのかなあこんな問題発言をして。身内しかいない状況だから好き放題言っている筈である。謁見場で見た王妃さまは、陛下の側で黙って寄り添っているだけだし。こんな問題発言をする方だとは全く思っていなかった。


 「結構です。――此処に来られたのは目的があるのでは?」

 

 「目的なんて、彼女を愛でる以外になにがあるというの?」


 ソフィーアちゃんも可愛いけれど、最近大きくなったものねえ。どうして彼女くらいで留まってくれないのかしら……なんて言ってのける。いや、望んで成長を止めている訳ではない。私だってみんなと同じような背丈が良いし、ちゃんと育っていれば周りから『チビ』だの『餓鬼』だの言われない筈だった。


 「……」


 言い返す気力も萎えてしまったのか、ソフィーアさまは黙ってしまう。セレスティアさまは援護射撃してくれないのだろうかと彼女を見ると、すんごい形相で王妃さまを見ていた。不敬にならないのかな、ソレ。あからさますぎるんだけれども。


 「あら、居たの? セレスティア」


 先程まで抱えていた妖艶な空気が散って、セレスティアさまを見据え王妃さまがにやりと笑う。


 「ええ、殿下。最初からわたくしはこの場に控えておりましたわ。相変わらずのご趣味のようで」


 ぴり、と火花が散った気がする。王妃さまもセレスティアさまも一体どうしたというのか。取りあえずこの状況をどうにかできないかと、この部屋の中で一番頼りになりそうなソフィーアさまを見ると、ゆるゆると首を振られた。


 「人が早々変わるはずもないわ。わたくしはわたくし。成すべきことを成しているのですから、文句は滑稽でしょう」


 「文句など。ただ良いご趣味をお持ちでと褒めただけですわ。――そもそも成すべきことを成しているのならば、今回の件は如何なさいます?」


 また火花が一瞬散る。多分これ、常態化しているのだろう。やり慣れている雰囲気がある。

 

 「――手は先に回しているわ。貴女が心配するようなことにはならないでしょう。まだ子供ですが、そろそろ自覚を持たなければ」


 大掛かりですがあの子にとってよい薬、少々遅い気もしますがと王妃さま。王妃さまの言葉でセレスティアさまは納得したのか、押し黙った。王妃さまが言う『あの子』は王女殿下を指すのだろう。勝手にこの部屋へ入って来たようだけれど、何か問題があるのだろうか。


 「ふふふ。分かっていないようね、ナイ」


 頭に疑問符を浮かべていると、王妃さまが右手人差し指で私の顔の縁をなぞり、顎で止めて顔を持ち上げて視線を彼女と合わせる。


 「……申し訳ありません」


 「良いのよ。わたくしたちの不手際なのだし、貴女が謝る必要もない。ただ、あの子の勝手な行動で護衛の首が飛ぶ可能性があることだけは、知っておいて頂戴」


 そっか。止められなかった責任を追及されるのか。たったそれだけの事でと思うけれど、それが仕事だしなあ。

 どうやら先手を打っていたらしいので、想定済みの行動だったのだろう。私の時間も丁度空いていたし、王女殿下も予定を終わらせてこの場に来たと言っていたし。あとは王女殿下にお灸をすえれば完了のようだ。しかし私自身も気を付けなければ、知らない所で誰かの首が飛んでいることもあるのだろう。


 「はい」


 「そんな顔をしないで。貴女を困らせる為にここに来た訳ではないし、楽しくお話がしたいだけ」


 一体私はどんな顔をしていたのだろうか。あとでジークかリンに聞いてみようと頭の中でメモを取る。ぱんと王妃さまが手を鳴らすと、王城で働く侍女さんたちが来ている衣装とは違うメイド服を着込んだ方たちが部屋へと入って来た。


 「わたくしが個人的に雇っている子飼いの者よ。もちろん陛下の許可を得てね」


 そうしてお茶を淹れ、お菓子をセッティングして部屋から出ていく。


 「王都で有名な菓子店で、なかなか手に入らないものだそうよ。さあ、遠慮なく召し上がれ」


 今日の為に用意したとかなんとか。お菓子の誘惑に抗えなくて、手を伸ばす。作法はこれであっている筈だ。付け焼刃だけれど教えてもらったことがある。何故か王妃さまと世間話を繰り広げながら、満足したのか部屋から去って行った。

 

 「なんだか凄い方ですね……」


 豪快で突飛な行動の末の茶話会はいたって普通。世間話から始まり、最後は今回の王女さま突撃の件について。王妃さまの血を色濃く継いだ所為か、随分とお転婆に育ったそうな。勉強は出来るけれど、人間関係には難があるそうで気を揉んでいるらしい。

 そろそろキツイお灸を据える時期だと、王妃さま。どういうお灸になるのかは知らないけれど、まだ七歳。しかも生きることに切羽詰まっていない子だ。王族としての教育を受けても、本人の資質や受け止め方で育ち方は千差万別なのだろう。大変そうだなあと、王妃さまの話を先ほどまで聞いていた。


 「昔からだよ。殿下に気に入られたなら良かったのではないか?」

 

 破天荒な人だが出来る人なので味方に付いてくれるならその方が良い、とソフィーアさまが。突然この部屋にやってきた理由も『会いたいから』とは言っていたが、王女さまの件といい裏があるっぽい。


 「実力はあるのに、何故いつもああなのかしら……」

 

 扇子を広げて視線を部屋の端へ逸らしたセレスティアさま。水と油、犬と猿……まあそういう関係なのだろう。

 お互いに口喧嘩をしていたが険悪という雰囲気ではなかったから、決定的な所まではいっていないようだし。セレスティアさまの言葉を信じるなら、実力はあるのに行動が破天荒すぎるようだ。破天荒だけなら王妃の座にはいられまい。


 「……おかえり」


 私の腕の中からしれっと居なくなって、ベッドの片隅に避難していたアクロアイトさまが戻ってきて一鳴きするのだった。

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