第206話:新学期。

 王城のとある一室で慰労会と祝杯だと言われ、かなり規模の小さいパーティに参加。小さいパーティだという割には警備は厳重。取りあえず主催者である陛下へ挨拶を済ませ、壁際で控えているとお偉いさん方が私の下へとやってくる。

 やたらと私を褒めてくれるけれど、出来れば以前の生活に戻して頂きたいとか言い放ちたいのを我慢しながら笑顔で対応。便宜を図るから頼りなさいと告げられたが、後が怖いよなあと訝しんでいた。だってみんなお貴族さまだし。

 

 まあ、美味しい物にありつけたから問題ないけれど。


 甘いものが沢山用意されていたので、機会を伺いながらパクパク食べてた。本当ならよろしくはないそうだが、今日は構わないと言われ。腹は壊すなよとソフィーアさまとセレスティアさまに忠告を受けつつ、ひょいパクひょいパクしてたら終わってた。


 そうして数日後、貸与された屋敷に移り住んだ。


 邸で働く方たちの選出は全て他人任せだったので、良いのかなあと遠い目になりつつ、新しいお家の窓から外を見る。

 綺麗に手入れされた庭園の中で庭師さんが精を出している中、護衛の人がウロウロしている。騎士団や軍の人がメインで、公爵家と辺境伯家からも人員が派遣され、経費は王国持ち。何かあったら大変だから、とのこと。

 

 自分のお金で雇っておきながら、詳しい事はイマイチ分からないとは一体……と思ってしまうが深く考えては駄目。


 お貴族さまは椅子にふんぞり返って、余裕しゃくしゃくな顔を浮かべて指示を出していれば良い、らしい。なんだかそれって腐敗しているお貴族さまなのではと、疑問に感じつつ、こういうことに関しては全くの素人なので詳しい方に任せるのが吉。


 あと子爵邸の東隣の屋敷には亜人連合国の方たちが、領事館的な位置づけで滞在している。


 エルフのお姉さんズの手によって転移魔術陣―エルフ的には魔法陣かも―も設置され、彼らが外に出るには王国からの許可が必要だけれど、敷地内ならば自由に過ごせるそうだ。

 アクロアイトさまのこともあるし、アルバトロス王国と亜人連合国との取引も始まっているので、こちらの国で拠点がある方が便利だそう。窓の外を見ていると、庭先から顔を覗かせた手を振るお姉さんズと代表さまには驚いたけれど、良いご近所付き合いが出来そう。


 あと、副団長さまとエルフのお姉さんズの共同開発品だといってお屋敷には『防御魔術陣』か設置され、登録した人か通行証代りの魔術具を身に付けないと屋敷に入れない。例外が正門からの入場で、お客さん関連がちゃんと正門から入れば通れるようになっている。

 

 そうしてまた数日、朝食を済ませ自分の部屋で学院の制服に着替える。学院なので制服の着替えだけは自分でさせて欲しいと願い出て。どうにか侍女さんから承諾を得た。

 肩にアクロアイトさまを乗せて、部屋を出る。この一ケ月間で大分慣れたのか、言葉を理解して行動してくれる。無駄吠えならぬ無駄鳴きもないので、学院でも心配は必要なさそう。教室で迷惑を掛けるようなら、別室を用意してお留守番して頂く予定。


 「おはよう」


 「ああ、おはよう」


 「おはよう、ナイ」


 ジークとリンも子爵邸で生活することになった。主室である私の部屋の直ぐ近くの部屋が彼らの場所である。

 時間は示し合わせていないのに、部屋からひょっこりと出てきた二人に挨拶をして、階下へ降りる階段をゆっくりと降り。侍女さんや屋敷で雇っている人がお見送りの為に集まってくれていた。自分の仕事を優先させて欲しいと伝えていたのに、ほぼ全員が集まっていた。

 

 ソフィーアさまとセレスティアさまが『専門ではないしきちんとした人を雇え』とのことだったので、私の財産管理人兼家宰さんが雇われている。

 ケチで有名――血税なのだから無駄には出来ん――が口癖の財務卿さまからの推薦人だった。まだ若く将来有望株と言われていたのに、王城の仕事を辞めて我が子爵家に雇われることとなった。

 

 「いってきます」


 みんなに見送られつつ玄関先で馬車に乗り込む。一学期から変わった所はジークとリンが同席せず、帯剣して外で護衛に就いていること。

 その上に数名の護衛の人も居るので、結構大袈裟というかなんというか。ここまで護衛を侍らしているのは、高位貴族、それもかなり限定された方。馬車の中には私とアクロアイトさまだけである。この道から学院を通るのは初めてなので、馬車の窓から外の景色を眺めてた。


 膝上で大人しくしているのが飽きたのか、アクロアイトさまがぐしぐしと腕に頭を擦り付ける。


 「もう少し我慢してね」


 窓から視線を外し、頭を撫でると一鳴き。目を細めて撫でられるのを受け入れているアクロアイトさまには、のびのびと育って欲しい。離宮生活では殆ど外に出ることはなく、外に出る時も護衛付きだし庭園止まりだったもの。代表さまにお願いして里帰りして貰うのも手かもしれない。


 「どうしたの?」


 何故か制服の裾を噛むアクロアイトさまに、言葉を投げるけれど一鳴きするだけ。言葉が通じないのも困ったものだねえと、また頭を撫でる。目を細め、再び眠くなってきたのか膝の上に伏せて顎を乗せると、すぴすぴ鼻を鳴らし始めた。本当に自由だねえと苦笑いしながら、まだ頭を撫でていた。


 暫く馬車に揺られていると、どうやら学院の馬車停へと辿り着いたようで、景色がゆっくりと窓から流れる。がたん、と揺れることなく止まる馬車。御者の人の腕が良いのだろう。ミナーヴァ子爵家で働きたいと申し出た人は多かったそうな。

 新興貴族だし、当主が十五歳でしかも女だというのに、本当に物好きな人たちだ。一応、聖女の職に就いているからそれなりの評判はあったとは思う。あとは今回の件だろうけれど、雇った彼らが利益にありつくことは出来るのか……。


 「ナイ、着いたぞ。降りよう」


 「お願いします、ジーク」


 ジークが馬車の扉から顔を覗かせて、手を出してエスコートしてくれる。リンが小声で『次は私』と言っていたので、今日の帰りか明日かはリンの番となるのだろう。膝上に乗っていたアクロアイトさまは、馬車が止まると直ぐに目を覚まして、何故か私の肩へ乗っていた。何度か顔を擦り付け、満足したのか大人しくしている。


 「ありがとう。――うわあ……」


 ジークにお礼を伝えて視線を学院内に向ける。

 

 「ああ。――……凄いな」


 「ね。凄い」


 そこには人、人、人。人だかりである。ネクタイの色でどの学年の生徒か分かるようになっているけれど、色んな学年の人が混ざってる。この中を突き抜けなきゃいけないのかと、ちょっとゲンナリしているとアクロアイトさまが頬ずりしきた。頑張れとでも、言いたいのだろう。


 「い、行きたくないけど、行こう。ジーク、リン」


 「気持ちは分かる。行くか……」


 「行こう。堂々としてればいい」


 こういう時のリンは妙に自信満々だ。理由は良く分からないが、私の後ろにぴったりついている。


 「子爵、おはようございます」


 「おはようございます、子爵」


 私を待っていたのかソフィーアさまとセレスティアさまがやって来た。そして何故か外行き用の言葉である。


 「おはようございます。ソフィーアさま、セレスティアさま。――あの……学院なので普通にお願いします。違和感しかないというか、なんというか……」


 彼女たちは公爵家と辺境伯家のご令嬢、私は子爵家当主――形ばかりだが……――だからという事だろうけれど、滅茶苦茶落ち着かない。

 

 「わかった。だが、必要な時は変えるぞ」


 「あまり性に合いませんわね。わたくしも必要な時だけ変えさせて頂きます」


 離宮や子爵邸でもお願いしていたので、案外あっさりと受け入れられた。多分、野次馬している人たちへの牽制のような気がするけれど。

 暫くして一歩を踏み出すと、もう進むしかない。私の少し後ろにソフィーアさまとセレスティアさま、ジークとリンが彼女らの少し後ろに控えて歩いてる。私の前にも護衛の人が歩いているので、本当に厳重。長期休暇前は辺境伯領への討伐遠征を無事に終えることだけを考えていたというのに。

 

 それでもまあ、二学期が始まる。


 いろいろと行事が控えているし、学生生活を楽しまなければ損。卒業すれば聖女業に専念することになるから、羽目を外すには今の内。楽しんだもの勝ちだよなあと気持ちを切り替えて、まだ暑さの残る風を切りながら学院の校舎へと続く道をみんなで歩くのだった。

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