第201話:小さなお客。

 勢いよく開いた扉。逆光でシルエットになっていた姿が徐々に見えるようになる。そこには仁王立ちした小さな女の子の姿が。王城に理由なく子供が居る訳がないし、身に纏っている服も上質なもので、おそらく王女殿下だろう。

 しかし何故この部屋にやって来たのかが分からない。取りあえず下手に行動できないから、様子見。問題があるのならばソフィーアさまかセレスティアさまが止めるだろう。ソフィーアさまは元第二王子殿下の婚約者さまだったので、知り合いだろうし。とはいえ着席したままは失礼にあたるので、ゆっくりと立ち上がる。


 「ライナルトお兄さま、いましたわ!!」


 「エルネスティーネ! ここに来てはいけないと父上が……!」


 王女殿下より少し遅れて、もう一人子供がやってくる。お兄さまということは第三王子殿下なのだろう。

 どことなく陛下に似ているし、王女殿下も王妃さまに似ている。妹を窘めるお兄ちゃんの図だけれど、妹が勢い良すぎて止められそうにない。微笑ましいなあと、自然に笑みが零れる。


 「失礼致しますわ! ここに竜が居ると聞いてきた――……ソフィーアお姉さま! セレスティアも!」


 部屋へと一歩踏み込んで、高らかに宣言をする途中で視線が動き顔がほころぶ。


 やはり王女殿下とソフィーアさまは知り合いのようだった。セレスティアさまも顔見知りの様子。元第二王子殿下の婚約者だから『お姉さま』と呼ばれていても不思議はない。

 遅れて殿下方の護衛役であろう、近衛騎士の人たちがバタバタとこちらへやって来ている。どうやら護衛の人を撒いてきたようだ。血相を変えてこちらへ来ると、立ち番の人となにやら話している。


 「ごきげんよう、エルネスティーネさま。お久しぶりです」


 「エルネスティーネさま、ごきげんよう」


 それぞれカーテシーで迎えて、第三王子殿下にも挨拶を交わしていた。第三王子殿下はこの状況が理解できているようで、お二人に『妹がすまない』と謝っている。歳は十歳と聞いているから、随分と確りしている少年だった。


 「ソフィーアお姉さま、こちらに竜がいると噂で耳にして確認の為に来たのですが、あの騎士の肩に乗っている仔が竜なのですか!?」


 背の高いジークを見上げ、テンション高めにソフィーアさまに問いかける王女殿下。ソフィーアさまはどうしたものかと、少々困り気味。

 アクロアイトさまは人を選ぶので、王女殿下を受け入れてくれるのか心配なのだろう。殿下が手を伸ばして噛んでしまい怪我を負っても問題となる。とはいえ、心のどこかでアクロアイトさまが誰かを噛む訳がないと、確信めいたものを抱いているけれど。

 

 「エルネスティーネ、父上からここに来ては駄目だと言われているだろう。今ならまだ見逃して貰える、部屋へ戻ろう」


 「嫌ですわ、お兄さま! 今日の予定を全て終わらせて、ようやくここまで辿り着いたのです! 戻ってしまえばまたいつ来られるか分かりませんもの!」


 この絶好の機会は逃せませんと拳を握って胸のあたりに掲げる王女殿下。


 「ナイ、すまないが暫くこのままでも構わないか?」


 殿下方で兄妹と話している間にソフィーアさまがこちらへ静かにやって来て耳打ちされた。どうやら無下に追い払う訳にもいかず、このまま暫くこの部屋で過ごすようだ。護衛の騎士の人たちも対応に困っているようだけれど、遅れて追いついて来たのならば、陛下たちには連絡が入っているのだろう。


 「それは勿論ですが、殿下方は大丈夫でしょうか?」


 「立ち入り制限されている場所だから、お叱りは受けるだろうな」


 陛下か王妃殿下かどちらか分からんが、とソフィーアさま。叱られるくらいならば良いだろう。まだ成人前の子供だし、そう問題にはならないはずと判断して『分かりました』とソフィーアさまに返す。

 というかこの離宮立ち入り制限されていたのか。厳重だなあとアクロアイトさまを見ると、いまだジークの肩の上に乗ったまま軽く首を傾げていた。


 「わあ! 可愛いっ!!」


 とびきりの笑みを浮かべてジークの下へ早足で歩いて行く王女殿下。


 「あ、エルネスティーネ!」


 走ったりしないのは、教育の賜物か。第三王子殿下が王女殿下を止めようと、手を伸ばしたけれど間に合わず空を切る。どうするんだという視線を私へ向けるジークに、大丈夫だから取りあえず視線を合わせてあげて欲しいと頷いて返すと、ジークが片膝を突いてしゃがみ込む。


 「……」


 ジークとの距離はあと少し。早足からゆっくりと歩を進めてアクロアイトさまへ近づこうとする王女殿下。あと約二歩でアクロアイトさまに触れられるという所で、ジークの肩から飛び立って私の腕の中へとやって来る。


 あちゃあと頭を抱えそうになるのを抑え、とりあえずはアクロアイトさまを抱きとめる。逃げられてしまったことに、泣いてしまうかなあと王女殿下を見ると何故かほけーと突っ立ったまま。

 何だろうこの状況と周囲のみんなが見守っていると、どんどん王女殿下の様子が変わってくる。何故かジークの前で立ち止まりもじもじしているので、彼も王女殿下の前で下手な態度は取れずしゃがみ込んだまま。そうして意を決したように、顔を上げた王女殿下。


 「貴方……わたくしのモノになりなさいっ!!」


 ジークに向かって問題発言をぶっ放した。


 「!?」


 反応は人それぞれ。言われた本人は想像の域をはるかに超えていたようで、目が点になっている。リンは頭の上に疑問符を浮かべて状況をいまいち理解出来ていない様子。ソフィーアさまは顔が引きつっているし、セレスティアさまも同様。

 王女殿下と第三王子殿下付きの護衛の方々は『あちゃー』みたいな顔を浮かべ、離宮の私付きの侍女の人は微笑ましげに笑っているし。なんだか状況がカオスだし一体どうなってしまうのかと部屋を見渡すと、開いたままの扉に人の気配が。


 「エルネスティーネ、ライナルト。この場所は陛下から入ってはいけないと教えられていたはずですよ」


 この部屋へとやって来たのは王妃さまだった。濃紺色の髪を緩く纏め、真昼間だというのに薄いドレス。両腕を組んで大きな胸を主張させている。というか小さい子供の前でこんな姿を見せても良いものかと、考えてしまうくらいに色香がありすぎる人だった。


 「母上!」


 「お母さま!」


 ふうとため息を吐いて、緩く纏めた髪を手で軽く流す王妃さま。近衛騎士の若い人たちの顔が赤くなっている。

 王女殿下と第三王子殿下は慣れてしまっているのか、それとも子供故に気が付いていないのか、気にしてはいない様子。王妃さまへと顔を向け、少々バツの悪そうな顔を浮かべていた。

 

 「殿下」


 ソフィーアさまとセレスティアさまが臣下の礼を執る。私も聖女としての礼を執ると、顔を上げなさいと告げられ。


 「さあ、戻りなさい。今ならば後でお説教だけに留めておきましょう」


 あ、結局お叱りはあるのだなあと、部屋から出ていく第三王子殿下と王女殿下の小さな背を見送る。彼ら付きの近衛騎士の方々も部屋から出ていく。ぱたりと主室の扉が閉まると王妃さまがくるりと身体の向きを変えて、私をじー……っと見つめること暫く。


 「――嗚呼、鼻血が出てしまいそう!」


 いや、出さないで。我慢して。そしてなんで何もしていないのに鼻血が出るのか。王族だからチョコレートでも沢山食べた後だろうか。いや、ピーナッツかもしれない。


 ふざけた台詞だというのに耳に心地いい声で言い放つし、顔も物凄く整った美人さんで三人の子供を産んだとは思えないスタイルで。いろいろと突っ込みを入れたいけれど立場上出来ない上に、なんで王妃殿下という立場の人がそんな台詞を吐くのか理解不能に陥る私だった。


 ぬっと伸びてきた手に反応が遅れ、視界が真っ暗になるまで時間は掛からなかった。


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