第200話:叙爵。

 ――ナイ・ミナーヴァ子爵


 ついに爵位を賜ってしまった。一代限りのものだが、お貴族さまとして品位とか格とかいろいろと求められそうで面倒臭そう。お茶会とか夜会とか行かなきゃならないのかと頭を抱えていたけれど、デビュタントを済ませていないから、このまま誰も気付かずに居て欲しい。

 

 アルバトロス王国のお偉いさん方に教会関係者や公爵さまと辺境伯さま、ジークとリン、ソフィーアさまとセレスティアさまたちが見守る中、王城の謁見場で陛下が剣を私の肩へ置き宣誓。案外あっさり終わるのだなというのが、正直な所だった。


 家名は陛下が一生懸命考えてくれたそうな。亜人連合国との関係を私が結んだ為なのか、下手な名前を付けられないから随分悩んでいたと、公爵さまが教えてくれたのだ。

 お貴族さまになったとはいえ、聖女以外の役職を頂いた訳ではないので現状通り。学院の二学期が始まれば、また学校通いが始まる。離宮生活は今しばらく続くけれど、貴族街の一角にある邸を頂く予定なのでそちらから通学するはずだ。


 「終わった」


 ふいーと息を吐く。離宮の主室へ戻ってベッドにダイブすると、ソフィーアさまにすんごい目で見られた。

 仕方なく起き上がり侍女さんたちの介添えで聖女の衣装を脱ぐ。着替えを終えるとアクロアイトさまが、私の下へ飛んできたのでキャッチする。顔を私の肩に撫で付けて目を細め、納得したのかキョロキョロと首を動かし、今度はリンの下へと飛んでいく。


 「……自由だなあ」


 羨ましいような、羨ましくないような。リンの腕の中に居るのが飽きたのか、今度はジークの肩の上に乗って足踏みをしている。

 何をやっているんだかと視線を外して丸テーブルへ移すと、ギルド本部で集まっていた釣書の一部が置いてある。話が来ていたことだけは覚えておいて欲しいと渡されたもの。ヴァンディリア王国第四王子殿下を始めとした、私と同じ年齢の王族のみなさま。

  

 アルバトロス王国から出られないというのに、何で一介の聖女をそんなに欲しがるのか。

 

 「顔立ち綺麗」


 釣書の一枚を取って中を見る。王族の方らしく、見目は凄く整っている。写真でなく絵なので実際の所は分からないが、写実が上手ければ相違はないはず。

 

 「そういう奴がいいのか?」


 ジークがアクロアイトさまを肩に乗せたまま、問いかけてくる。爵位を賜ったとはいえ、プライベートな時間や場所で、ジークとリンに敬語で話されたら私は泣くぞと二人に伝えてある。片眉を上げながら笑って『わかっているさ』『いつも通り』と言ってくれたのだ。


 「え、どうだろう。顔は綺麗だけれど、性格とか全然わからないしね」


 うん。顔は良いし、お金はあるだろうけれど、釣書で分かることは書かれた文字の情報だけだから。婚約や婚姻を結べと言われても、困るだけだ。

 

 「ジークは、もし女の子に生まれてたらこういう人はどう思うの?」


 「は」


 こんな話を振られると思っていなかったのか、短く声を漏らして怪訝な顔をするジーク。特に理由もなく聞いてみたけれど、ジークが返答に困ってる。


 「仮の話だよ。どんな人に興味が湧くのかなって」

 

 「俺に聞くな。――リンはどうなんだ?」


 「? 興味ないよ」


 ジークは矛先を逸らして妹であるリンに問うけれど、彼女は一刀両断。年頃の女の子なのだから、ちょっとくらい興味を持ってもいいんじゃないかしらと、釣書の姿絵を並べる。


 「この中でリンの好みは?」


 他国の王族の姿絵でこんなことをするなと言いたげに、ソフィーアさまとセレスティアさまが見ているけれど、見ているだけで何も言わない。


 「…………わかんない」


 並べた姿絵をじっと見て、暫く考えた末に出た言葉だった。十五歳にもなっていれば興味が少しくらいあっても良さそうだけれども。まだ何かしらを考えているようなリンに、これ以上突っ込むのも可哀そうか。 

 

 「リンに恋心が目覚めるのはまだ先かな」


 「みたいだな」


 ジークと私が、リンを見ながら苦笑いをすると首を傾げる彼女。どうやら三人とも色恋はまだまだ先みたい。アクロアイトさまがジークの肩の上で、何故か部屋の扉を見つめる。

 

 「――何だろう?」


 「外の雰囲気が変わったみたいだな……」


 リンとジークが扉を見つめる。私は何のことだろうと首を傾げていると、確かに主室の外が騒がしくなってきた。近衛騎士の声だろうか、随分と慌てているような雰囲気だ。離宮だし来客も減っていたから、ここ最近は平和そのものだったのだが。


 ばん、とノックも何もないまま開いた扉の前に立っていたのは、小さな女の子の姿があった。

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