第199話:離宮の日常。

 報告会議やら報告書作成に追われること数日。ようやく日常が戻ってきたけれど、離宮に滞在しているから落ち着かないのは相変わらず。護衛の近衛騎士さんに私付きの侍女さんたちと少しは打ち解けてきたとは思うけれど、結局は主従関係なので一線は引かれているし。


 「はい」


 亜人連合国から届いた果物をアクロアイトさまの口へと放り込む。投げたのは切った林檎。くわっと口を開けて上手にキャッチし、何度か咀嚼して呑み込んだ。自ら食べるという選択肢はないようで、私が渡さないと食べないという我儘っぷり。

 

 「ほい」


 また切った林檎を投げてパク。まだ欲しいのか口を開けてアピールしているので、投げる。


 「太らないのかな……」


 要らないなら食べなくなるので、あげなければいいという随分とアバウトなアドバイスを代表さまから頂いている。

 あと人間の食事には興味を示さないので不思議だ。犬や猫ならクレクレと目を輝かせて訴えてくるけれど、竜であるアクロアイトさまはそういう主張はなかった。魔力が主食と聞いているし、果物は嗜好品的な位置づけなのだろうか。


 「どうなのだろうな?」


 「太っても、それはそれでお可愛らしいのでは?」


 卵から孵った時よりは大きくなっているけれど、太って飛べなくなるとか悲しいので気を付けないと。セレスティアさまが言うように、太っても可愛いとは思う。ただ、太らすことは簡単だけれど、ダイエットさせるのは大変だろうしなあ。外に中々出せないし、大空を自由に飛べることも出来ないし。


 「大きくなるのはいいけれど、太っちゃ駄目だよ」


 私の声に一鳴きするアクロアイトさま。羽を広げ飛ぶと私の肩に乗って、顔を擦り付けてくる。


 「触れさせてはくれますが、そうして顔を擦り付けるのはナイだけですわね」


 「だな。懐いている証拠だろう」


 微妙な顔をしているセレスティアさまに、そんな彼女を呆れた顔で見ているソフィーアさま。学院の入学当初では全く考えられない状況だ。高位貴族のご令嬢さまが私のお付きの侍女役だなんて。どうしてこうなったと頭を抱えたくなるけれど、順を追って考えると私がやらかしているからで。

 

 そして明日はとうとう爵位の授与式がある。


 「爵位なんて要らないのですが……」


 本当に。聖女の称号だけで十分なのだけれども。今日の午前中に慣例として使者の人が離宮の主室に訪れて、つらつらと書状を読み上げてくれてた。で、なんでか公爵さまも一緒に使者の方と訪れていたのだ。にやにやと面白そうな顔をしていたので、この状況を楽しんでいるようだった。

 教会の人も居たけれど、公爵さまとは逆で渋面だった。私が国側へ食い込んでいっていることを、良く思っていないのだろう。それならば助けて欲しいけれど、国から何か言われているか助けられないのか。

 

「そういう訳にもいかんだろう」


 確かに国には貢献している。王国の障壁を張る為の魔術陣への魔力補填に、討伐依頼が出れば教会を経由して同行して治癒にバフ掛けに障壁展開したり。銀髪くんがやらかした所為で亜人連合国へ赴いて、話の方向が妙になったからアルバトロス王国に丸投げしたし。


 「ええ。それにこのままだと離宮住まいから解放されませんわよ」


 貴女の性格ならばここに住むよりもお屋敷の方がまだ落ち着くのではと、セレスティアさまが。確かに王城の離宮よりもまだ貴族街のお屋敷に住んだ方がマシだけど。

 それでも警備は厳重だろうし、屋敷を維持管理する人たちや侍女も雇って世話をしなければならない。面倒ごとが増えるだけだろう。面倒ごと回避の為に、代理人を立てることも出来るけれど。


 侍女さんやお屋敷維持の為の人材は、法衣貴族なのでそのお給料から捻出すればいいけれど、お貴族さまとして国に貢献しなきゃならないんだけれど……。

 その辺りはどうなるんだろうか。今回、亜人連合国との繋がりが出来たことでチャラになっていれば、気が楽だけれども。うーん、うーんと考える。


 「何を考えている?」


 「いえ、貴族になるなら国に貢献しないと駄目ですよね?」


 聖女を引退して頂く男爵位とかなら喜んで貰うけれど、私は現役の聖女である。ということは聖女として働きつつ、貴族として振舞わなきゃいけないような。


 「それは勿論だな」


 「私が国に貢献出来ることってなんだろうって考えていました」


 ソフィーアさまに問いかけられたので、正直に話す。ソフィーアさまとセレスティアさまならば多少は妙な事を言ってしまっても問題ないはず。


 「は?」


 「何故、そうなるのですか……」


 短く声を上げたソフィーアさまに、呆れた顔を私に向けるセレスティアさま。


 「え?」


 首を傾げるとソフィーアさまに両肩を掴まれて『いいか、よく聞いておけ』と真剣な顔を向けて、言葉を続けた。


 「お前が賜るのは法衣だぞ。王城に務めていれば役職手当が付くが、年金とはまた別の話だ」


 領地貴族の話まで持ち出すと面倒になるから割愛する、とソフィーアさま。


 「気楽に受け取っておけば良いのです。貴女はそれを受けるに十分な働きをしたのですから」


 貴族になれば面倒ごとも増えるかもしれないが、後ろ盾として公爵家と辺境伯家が付いている。妙な輩に絡まれればチクれば良いのですと、セレスティアさまが。でもなあ、それなりの爵位を貰う筈だし、良いのかなあと考えてしまう訳で。


 「それとも何か、まだ国に貢献するつもりなのか!?」


 「流石にもう無理かと……」


 ジト目でソフィーアさまが私を見るけれど、これ以上何かを成してみろと言われても無理である。何も思いつかないし。

 

 「何故そんな考えになったんだ、お前は……」


 「障壁の魔力補填は国からお金が支給されていますし、なんだか二重取りのような気がして。あと貴族として振舞えるのかなあとか、いろいろと考えていたら……」

 

 これからも魔力補填を行うだろうし。教会からも治癒依頼とか治療院を開設すれば呼ばれるだろうから。


 「阿呆。それとこれとは別の話だ。切り分けろ」


 「ソフィーアさん。時間を掛けて教え込むしかありませんわ」


 「だな。気が重いが……」


 「ええ。……キチンと理解してくださる日が来るのかしら」


 何気に酷い言われようだよねと目を細めて、切り分けた林檎をアクロアイトさまの口の中へ放り込むのだった。

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