第198話:帰国。

予定をすべて消化して冒険者ギルド本部がある国から帰国した。転移魔術陣を使用しての移動だったので、直ぐに戻ってこれたのだから本当に便利である。お疲れ様でしたと同行していた皆さんに頭を下げ、離宮の主室へ戻ってきた所だ。


 「ジークとリンもお疲れさま」


 「ああ。お前もな」


 「うん。お疲れさま」


 既に夜遅くアクロアイトさまはすぴすぴ寝息を立てながらベッドの上だ。ジークとリンも疲れただろうし、私も今日はもう寝たい。

 

 「どうぞ」


 ノックの音が鳴り響いたので入室を促すと、ソフィーアさまとセレスティアさまだった。二人の姿を見て、ジークとリンが頭を下げる。


 「お二人共、もう帰られたのかと」


 もう遅いので王都の公爵邸と辺境伯邸に帰っているとばかりに。


 「待っていたんだよ。一応はお前付きの侍女だからな」


 「ええ。今日中には戻ると聞いていましたし」


 労働基準法とかどうなっているのか気になる所だけれど、それを言い始めるとジークとリンはブラック勤めとなるし、私も長時間労働でブラックである。

 考えないでおこう。お給金はかなり良いはずだし、教会に預けているお金はそれなりにある。国からの討伐同行依頼の報酬に、治癒依頼の報酬。学院に通い始めたので、実入りは減っているけれど、三年くらいは余裕で生活できる額があるはず。

 

「それで、どうだったんだ?」


 「私は冒険者ギルドの運用改定の場に同席させて頂いただけなので、座っていただけですね」


 突っかかってくる国の人も居たけれど、陛下や代表さまにヴァンディリア王が軽くあしらっていた。


 「ああ、あの国か」


 「確か、亜人嫌いとアルバトロス周辺国を目の敵にしている国ですわね」


 どうやら元々、アルバトロス王国にとって問題のある国らしい。立地的に攻めてくる事はないけれど、外交の場ではいつもマウントを取ってくる国だそう。

 お貴族さまの腐敗が進んでおり、そろそろ国民が切れて蜂起しそうなんだとか。対岸の火事ではあるが我々も気を付けないとな、とソフィーアさまが言い、横で聞いているセレスティアさまも同意していた。


 「で、あの下品な方は?」


 扇子をばっと広げて口元を隠すセレスティアさま。小物だけれど彼女に弓引いた本人だし、処分が気になるのだろう。


 「あー……」


 うーん。心を折る為に同業者の方々による説教大会が開かれた訳だけど、折れた理由がソレかいって突っ込みを入れたくなる感じだったしなあ。聞いても気分がいい話じゃないだろうし、どう伝えたものか。アルバトロス王国の近衛騎士もあの場に居たから、申請すれば状況を知ることは出来るけど……。


 「どうした?」


 言い淀んだのでソフィーアさまが軽く首を傾げる。


 「今言わなくても、報告書で知ることになりますよね?」


 「遅かれ早かれ、そうなるな」


 「あまり良い話ではありませんよ……」


 お貴族さま、しかも高位のご令嬢の耳に入れて良い話なのだろうか。肝心な所は、暈して話せば良いか。


 「構いませんわ。報告書よりも現場を目にしてきたナイの言葉で知りたいのです」


 セレスティアさまの言葉にそれじゃあ遠慮なくと口を開く。案の定、亜人連合国で過ごした間も反省なんてする気配はなく、ギルド本部の広場でも懲りていないようで常に喧嘩腰。

 まだ若そうな冒険者くんにより、銀髪くんが知りたくなかったであろう事実が発覚して、ようやく心が折れた。どうやらその手のことには自信があったようで。独りよがりな思い込みだったけれども。


 「……あー……」


 「反省の気配はないでしょうし、折れただけでも良しとしましょう」


 ソフィーアさまが何とも言えない表情と声をだし、セレスティアさまは扇子を広げ口元を隠したまま目を細める。銀髪くんはあと数日ギルド本部の広場で放置され、その後も晒し刑の為に大陸各国を転々とする予定。

 アルバトロス王国にも来る予定だったが、陛下が結構だと断っていた。まあ警備とか大変だし、もう関わりたくはないよねえ。最後は亜人連合国に引き渡されて、向こうで正式に処分が決定されるそうな。


 「一度くらいぶん殴れると良かったのですが」


 彼女が相手にする価値もないと思うけれど、気が収まらないようだ。


 「セレスティア、言葉が乱れているぞ」


 「あら、失礼」


 「明日も明日で予定がある。――就寝前に邪魔をしてすまないな」


 明日は報告会が開かれて、冒険者ギルドがどうなるのか皆で話し合うそうだ。私も同席命令が下ってる。アルバトロス王国冒険者ギルド支部支部長も召喚されると聞いているので、王都にあるギルド支部がどうなるのやら。


 「戻りましょうか。皆さま、おやすみなさいませ」


 セレスティアさまがソフィーアさまへ声を掛けて礼を執ると、ジークとリンに私も彼女たちへ礼を返した。


 「はい、お疲れさまでした。おやすみなさい」


部屋から出ていく彼女たちの背を見送って、ジークとリンにも視線を向ける。


 「今日はもう寝よう」


 冒険者の人たちと話すのは面白かったけれど、どうにも大会議室のようなお偉いさん方が集まる場は苦手。

 陰謀渦巻いているああいう場の空気に慣れることはないだろう。そもそも私はこの国の聖女だから、今回の銀髪くんが起こした所業に巻き込まれただけである。本当なら、大規模討伐遠征なんて組まれなかっただろうし、亜人連合国と関わることもなかった。


 あ、やっぱり諸悪の根源は……全て悪いのは銀髪くんじゃないか。なんてことをしてくれたんだろう。私も一発くらい殴っておいても、誰も文句は言わなかったのではと頭の片隅で考える。


 「どうした?」


 「ん? んー……あの銀髪の人の所為で盛大に巻き込まれたなあって」


 本当に怒涛の展開だったから。一生に一度使うか使わないかの儀式魔術を行う羽目になったし、亜人連合国に特使として派遣され。竜の背中に乗って大陸横断。果てはギルド本部まで殴り込みに一緒に連れていかれるし。


 「確かにアレが欲をかいてなければ、こんなことにはならんな」


 ジーク、銀髪くんのことをアレ呼ばわりだ。


 「一発くらいビンタかぐーで殴っても誰にも咎められないよね」


 「まあな。だがお前がアレを殴ったところでなあ」


 私がソレを実行した所で威力は知れてる。普通の女性と変わりないから。魔力の放出は得意だけれど、身体強化系はからっきしなので、威力の上乗せは期待できないし。身体がちっこいので、そこからして弱々だからなあ。


 「じゃあ、兄さんか私がナイの代わりに殴ってあげる。その時は教えてね。全力で殴るから」


 「……リン、お前は手加減しろよ。殺しかねん」


 「む。兄さんは、手加減するの?」


 ジークに釘を刺されリンが妙な表情に変わる。


 「いや、遠慮なく殴らせてもらう。お前は時折過剰に威力を込めるから、見ていてハラハラするんだよ」


 確かに。リンは周囲にあまり興味を見せないけれど、身内の事で揉め事となると、見境なく手をだそうとする。以前より突っかかってくる人が減ったのでマシにはなっているけれど。


 「だって、みんなナイの事を馬鹿にするんだよ。チビとか餓鬼とか……」


 「リン、私は言われても平気。それよりもくだらない人に手を出して怒られるリンを見たくないから、十分気を付けてね」


 うー……と唸っているリンの頬に右手を添えると目を細める。言われて傷つくこともあるけれど、リンが怒って手を出す方が問題だ。隣にジークが居れば物理的に止められるけれど、私の力じゃ止められないから。


 「うん。――……ナイ、沢山我慢しているから心配だ」


 「っと。――大丈夫。リンとジークとみんなが居れば平気だから」


 リンの両腕が腰に回って抱きしめられる。どんなことでも耐えてみせますとも。時折、折れて毒を吐くけれど。ジークとリンだって我慢していることはあるはずだ。生活環境がこの数週間で随分と変わっているのだし。

 

 「それじゃあ今度こそ、おやすみなさい」


 「ああ、おやすみ。ゆっくり休め」


 「おやすみなさい。また明日ね、ナイ」


 暫くして、それぞれの部屋に戻ってベッドの中へと潜り込むのだった。

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