第196話:折れるのか。

 夜。まだまだ冒険者による銀髪くんへの説教大会が続いていた。アルバトロス王国側のスケジュールを聞いていなかったが、迎えが来ないということはまだ余裕があるのだろう。

 

 「なかなか折れませんなあ……」


 甲冑を着込んだ筋骨隆々な中年男性が蓄えた髭を手でなぞりながら、目を細めて銀髪くんを見つめている。海千山千を超えたベテラン冒険者で、気さくな方だった。

 私が『外の国へ赴いたことが少ないから』と言って興味を示すと、面白おかしく冒険譚を語ってくれた良い人である。エルフのお姉さんズも暇を持て余していたのか、彼に質問をしたり合いの手を入れたりと、楽しく喋っていた。


 ジークとリンと私が冒険者となれば、直ぐに実力を発揮できると太鼓判を押してくれたけれど、残念ながら私たちはアルバトロス王国の聖女と護衛騎士である。登録だけでも済ませてみてはと勧められたが、陛下や教会の許可がないと出来ないだろう。勝手にやると怒られる。


 「だな。骨があると言うべきか、状況を理解できていない大馬鹿者とみるか」


 「後者しかありませんぞ、代表殿」


 亜人嫌いの国出身だというのに、亜人である代表さまやエルフのお姉さんズに護衛の方たちを嫌っている様子は全くない冒険者さん。

 亜人嫌いの国の中でもいろいろな考えを持つ方が居るようで、彼はそれが嫌になって国を出て冒険者業を営んでいるそうな。生粋の亜人嫌いは彼の国のお貴族さまの中に多いと聞いた。だから青筋の人はあんな剣幕で私たちを攻め立てたのかと納得できたけど。


 「確かに」


 くつくつと笑い合う代表さまとベテラン冒険者さん。治癒関連で困ったことがあれば、私の名前を出して教会を頼って下さいと伝えておいたけれど、そんな日は来ない方が良い。

 興味を示してどんなことが出来るのかと聞かれたので、病気や怪我の治療が主と伝えると『病気が治せるのですか!?』と驚かれた。どうやら病気を治すのは医者の仕事らしい。しかも医学が発展していないので藪医者が多いそうな。後は民間療法で賄っているとのこと。


 「逆に彼奴を構わぬ方が効果がありそうな気も致しますが」


 確かに、この場に放置して一週間ほど相手にされなければ、心が折れそうだ。構うから銀髪くんも反発しているのだろうから。


 「それでも良いが、君たちの鬱憤が晴らせまい」


 「それはそうでしょうなあ。しかし何故我々冒険者に同情的なのです? てっきり人間を毛嫌いしていると思うておりましたが」


 「我々にもいろんな連中が居てな。長く生きる者は当然、迫害された事実を忘れてはいない。だが、知らぬ者とて生まれているのだよ」


 亜人連合国だけでは狭い世界だから、これを機に外に出ても良いのでと考えている者もいると代表さまが口にする。


 「良い事ではありませんか。我々人間にもいろいろな者が居りましょう。全ての者と友好を結べることはないでしょうが、強い御仁が多いと聞いております」


 我々冒険者は歓迎いたしますよ――とベテラン冒険者さん。周りに居る他の冒険者さんたちもうんうんと頷いていた。


 「そうか。受け入れられると良いのだがな」


 外に出て見識を広めたい亜人の人も居ると聞いている。閉じ籠っているだけでは、それが出来ない。世界は広く、可能性は無限大。多分、外に出られる足掛かりを代表さまはずっと探していたのだろう。こんなことで機会を得るだなんて考えていなかっただろうけれど。

 ある意味で、ご意見番さまの導きだったのかもなあと、アクロアイトさまを見る。ちなみに今は私の膝上でも腕の中でもなく、噴水の中へと飛び込んで水浴びをしていた。


 「――畜生。いつまで続ける気なんだ……」


 いちいち叫んでいる所為か声が枯れている銀髪くん。面白半分で参加している人も居れば、何度も列に並んでいる人も居て説教大会は終わりを見せる気配がない。

 

 「まだまだ続けるぞ。代表殿も認めてくれているから、手前ぇが罪を認識するまでな」

 

 銀髪くんの前に仁王立ちしている年若い冒険者が鼻を鳴らして告げる。若干怯むも、気丈にも舌打ちを鳴らしたので、まだ折れては居ない様子。


 「しぶといわね」


 「鈍くないとあんなこと出来ないよ~」


 然り。もしくは只の考えなしだけど。仁王立ちしていた冒険者くんが、銀髪くんの前にしゃがみ込んで説教を始めた。不服そうな顔をありありと浮かべているので、ありありとため息を吐く冒険者くん。そして剣の柄を握って鞘を佩いたまま、ぺちぺちと銀髪くんの肩を叩く。


 「痛ぇな! 何しやがんだっ! クソがっ!」


 「ほら、手前ぇがそうやって喰い付くから。学ばねえなあ。まあ、だからこそこうなってるんだろうが……馬鹿だよなあ、本当に」


 訥々と冒険者の心得を説いていた人とは違うタイプのようで、駄目な所を挙げてる冒険者くん。


 「俺もさ、手前ぇみてえな時期があった訳よ。なんかさあ、世間は俺を理解しねえ馬鹿ばかりで、どうしようもなくイラついて。周りに当たってよ」


 目を細めて自嘲交じりの声で冒険者くんが語り始める。


 「なんつーの上手く言えねけど、若い時ってそういうこともあるよなあ」


 「だったら俺を解放しろよっ! 分かるだろうっ!? 俺は俺自身の為に生きてんだよっ! 他なんざ知ったこっちゃねえっ!!」


 はあと深いため息を吐いて、べちんと剣の鞘で銀髪くん左頬を叩く冒険者くん。痛かったのか銀髪くんが、よろけて地面に倒れる前にどうにか堪えた。他なんて知らないと言い放つと、周囲の空気が見事に凍った。その考えの所為で、迷惑を被っているのにと。

 

 「それとこれとは別だっつーの。お前さあ、この状況で解放されると本気で思ってんの? 許されると思う? 逃げられると思う? 良く周りを見て状況を把握してみろよ」


 仮にもAランクチームのリーダー張ってたなら、この広場は強者揃いだって分かんだろ、と冒険者くん。


 「速攻で捕まえられるのがオチだろうよ。――馬鹿は馬鹿でもさあ、救える馬鹿と救えねえ馬鹿が居る。お前、本当に救えねえよ。笑えねえ」


 「笑えねえ、だと!」


 おや、冒険者くんの言葉に一番喰い付いたかも。


 「ああ、笑えないな」


 「俺をこんな所に連れてきて晒して笑いものにしてんじゃねーか! 玩具にしてんだろうがよっ! 俺を!!」


 自身が置かれている状況を一応は理解している銀髪くん。晒しているし玩具にして笑いものにしているのも事実。


 「あ、それは分かってんのな。良かったよ、多少は考えられる頭を持ってて」


 「ああっ!? 俺を馬鹿にすんなよっ!」


 「お前も他人を馬鹿にしてるだろうが。調子こいてどうしようもねえ失態犯して、首が回らねえ状態なのにコレだからなあ」


 肩を竦めて両手を広げて、顔を左右に振る冒険者くん。周りの人たちも冒険者くんの言葉に頷いている。


 「手前っ!!」


 「一丁前に怒ってるなあ。まあ、口だけだがな。本当の強え奴は、鎖を引きちぎって俺の喉元を嚙み切るくらいの気概は持ってるぞ。それが出来んってこたあ、やっぱお前は弱いんだよ」


 「クソぉお!!」

 

 鎖で縛られているのに、無理矢理に体を伸ばして冒険者くんの喉元に嚙みつこうとして、空振りに終わる。


 「っと! おお、怖い怖い。やりゃあ出来んじゃねーの。まあ俺的にゃあ女子供に手え出した時点で許せんがなあ。つーか、それ以前に下品過ぎ。まともに口説き文句一つ言えねえんじゃあモテねえぞ」


 どうやらアルバトロス王国が冒険者くんが国内でやらかしたことを書面にして、冒険者の方々に懇切丁寧に教えたようだ。お貴族さまのご令嬢に、あり得ない言葉を投げていたことが知れ渡っていた。


 「顔は良いのに中身が残念過ぎるよなあ、お前。あぁ、そうそう――」


 公共の場ではちょいと憚られることを語り始める冒険者くん。声量を落としているけれど風に乗って内容が聞こえてきた。

 どうやら銀髪くんがご贔屓にしていた娼館の女性陣からは不評だったらしい。下手、乱暴、小さい、早い、早い、とかいろいろと文句の数々が。あと銀髪くんにすり寄っていた女性からも不評だった模様。冒険者くん、情報網が広いな。


 ここ一番で銀髪くんの表情が暗くなっている。どうやら自信があったらしい。


 向こうもプロなので感付かせなかったのだろう。お仕事でお給金が発生しているなら、頂いた対価はきちんと払わねばならないから。サービスが不足すると、いちゃもんつけられそうだし。


 「あー……若者らしいというか、なんというか……」


 「……伽事情はな」


 ベテラン冒険者さんと代表さまの間に何とも言えない空気が流れるのだった。

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