第195話:脚光。

 聖女さまが亜人連合国の方々と一緒に、ギルド本部のある街の中心部である広場へと足を向けていた。


 我々、アルバトロス王国の面々はギルド本部の一室を借り受け待機中。が、外務卿として顔を売るのは大事な仕事の内の一環。

 諸外国の代表を務める高官や王族が居るこの場は絶好の機会である。陛下に断りを入れて、部屋の外へと赴き廊下で歓談中の方々の機を見計らい、声掛けをしようと口を開こうとした瞬間。


 「失礼。アルバトロス王国の外務卿殿ですな?」


 初めてなのかも知れない。相手から声を掛けられたことは。その事実に少々塩辛い水の所為で、視界が少しばかり歪む。苦節うん十年。嗚呼、ようやく私も外務卿として脚光を浴びる時が来たのだと、口が伸びるのを実感し。


 「はい。確か貴方さまは……――」


 アルバトロス王国に隣接する国の代表者だ。私と同じく外務卿を務めている。にこやかに笑い握手を求め手を出すと、友好的に彼も手を差し出して力強く握りしめてくれた。

 

 「我が国の陛下から書状を預かっております。是非、件の黒髪の聖女殿に渡して頂きたい」


 我が国は聖女を沢山抱えているけれど、黒髪の聖女と言えば今回同行している彼女しかいないので分かりやすい。

 家名でもあればもっと分かりやすくなるのだが、彼女は孤児出身。此度の件で爵位を賜ることになっているが、陛下は教会側との折衝で気を揉んでいる様子。教会も国側に取り込まれ過ぎると困るので必死だが、彼女の評判がここまでくれば諦めれば良いものを……。金満体質な教会貴族の一部は、黒髪の聖女を金の生る木だと勘違いしている。


 彼女の取り扱いを間違えれば、アルバトロス王国どころか大陸各国を吹き飛ばしてしまうほどの勢いだというのに。


 専属護衛である赤毛の双子は、まだ十五歳という年齢でありながら近衛騎士顔負けの実力で。彼女が抱いている仔竜も大変な存在で、日々魔力量が上がっている。異能持ちの所為なのか、そういうことに敏感で感じ取りやすく、仔竜の恐ろしさがひしひしと肌へと伝わる。


 それに亜人連合国の代表格三名も、仔竜に向ける情は本物で。あれは仔竜を最上位に置いている目だ。私が陛下を最上位に置いているように、彼らもまた仔竜をそういう存在と位置づけている。


 少々形は違えど、同類なのだ。そして仔竜の元となる古竜を救った黒髪の聖女をいたく気に入っているご様子。人間に迫害されて大陸北西部へ追いやられた亜人が、人間にあのような好意を向けるのは稀だ。そう考えるだけで、ぶるりと震え上がる。黒髪の聖女は我が国にとって手放してはならない存在で、敵にもしてはいけない。

 

 「……内容次第ですね。然るべき措置を行ってから、聖女さまへの手渡しとなりましょう。それでもよろしいでしょうか?」


 だから私個人で勝手な行動を取る訳にはならぬのだ。上に確認を取らねば。今回問題を起こした大馬鹿者と同類となってしまうから。


 「構わない。検閲を受けるのは致し方のないこと。ただ、是非とも聖女殿へと話を通して欲しいのだ」


 理解を得られるのは有難いことである。傲慢な奴は無理を押し通せと、平気な顔で言ってのけるから。そんなの出来る訳ねーじゃんと目を細めて相手を見るが、そういう連中に限って全く意に介していないし。

 

 「私の全力を持って事に当たりましょう」


 外交は、相手の要望を受けるだけでは仕事にならない。受けたならば、向こうにも何か条件を飲んでもらわねば外交官として失格である。まあ、あとでこの事をネチネチと攻め立てるのも一手ではあるけれど。影が薄いと言われている私だ。忘れ去られている可能性が十分にあるので、この場で何か見返りを求めたい所である。

 

 「有難い! これで我が国の陛下に良き報告ができましょうぞ」


 うんうん。外務卿として一仕事出来ると誇らしいよね。私もそう在りたいから頑張らないと。何かネタはあったかなあと、頭の書棚を引っ張りだしてひとつ手に取る。


 「確か貴国は新たな鉱脈を見つけたと聞きました。全く羨ましい限りですなあ」


 金脈でも掘り当てれば、国の財政が潤う。もちろん用途は多岐に渡るから、銀脈や違う鉱脈でも嬉しいけれど。


 「我が国への融通もお考え願いたい所」

 

 「ふむ、悪い話ではありませんなあ。安定供給が見込めるようになれば、貴国へ交渉を持ち掛けましょう」


 私たちが女性に生まれていれば扇子を広げ、うふふ、あはは、とほくそ笑んでいる所だろうと、妙な想像をしてしまった。軽く首を振り妙な絵面を吹き飛ばす。ではまた、と相手国の外務卿殿と別れると、待っていましたとばかりに、また声を掛けられた。

 

 ――なんでこんなに人気なの、私。


 影が薄いと言われる私が、何故か周囲の人たちに持て囃されている。嬉しいけれど、自身の事ではなく我が国の聖女さまや亜人連合国についての問い合わせだが。それでも嬉しいと感じちゃうのは、日頃の影の薄さ故。

 なんだか女性たちに言い寄られるより、喜ばしいと笑みを浮かべて機嫌良く外交活動に勤しむのだった。


 「外務卿……良かったですねえ……! ようやく貴方に陽の目が……!」


 ずびっと鼻を啜る私の補佐官。私の存在の薄さ故に君も無意味に巻き込まれていたものねえ。嗚呼、ようやく私の人生に彩りが施されたよと彼を見る。

 

 「しかしこの量凄いですね……」


 「うん、全部聖女さま宛てだよ。陛下や宰相殿は大変だろうなあ」


 受け取った書状を補佐官が見て、感嘆のため息を漏らした。中身を吟味するのは外務を携わっている私ではなく、政を賜っている陛下やその補佐である宰相殿の管轄で。

 この話を持ってきた国には、陛下に話を通してから聖女殿へと話が流れるか、封殺されるかのどちらかだろう。

 治癒依頼で実入りの良さそうなものならば受けるだろうが、婚約話だと断る筈である。あれほどの人材を国外へ逃してしまうのは、馬鹿の極み。亜人連合国が申し出れば、一考の余地はあるのかも知れないが、それでも渋るであろう。


 「陛下、ただいま戻りました」


 「ああ。……それは何だ、外務卿」


 椅子に腰かけた陛下が私を見上げ、怪訝な顔を浮かべた。こんなに書類を持っていれば不思議に思っても仕方ない。


 「全て聖女さま宛ての書状です。中身の確認の為、陛下と宰相殿にお預け致します」


 そう言って今回同行している宰相補佐殿へ大量の書状を預けると、顔が引きつっていた。中身を精査しなきゃならないから、下手をすれば不眠不休の作業となるのでは。

 

 「外務卿殿、君も手伝いたまえ」


 「え、私もでありますか……?」


 なんでそうなるの。私、ちゃんと働いて国へ貢献できる話を沢山得て来たのに。


 「おいそれと受け取るからだ。陛下の下にも同じようなものが届いている。我々だけでは人手が足りん」


 宰相補佐殿が厳しい表情を浮かべて、私へ押し迫る。確かに嬉しくて受け取ったけれども。私の後ろで頭を抱えている私の補佐官の気配を感じ取るのだった。

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