第194話:闖入者。

 入れ替わり立ち代わり。銀髪くんの下には冒険者が絶えずやってきていた。


 「……おい、いい加減にしろよ……」


 疲れた様子で銀髪くんが口にする。流石に飽きてきたらしい。


 「いいや、アンタにゃあ言いたいことが山ほどあるんだ。まだまだ続けるぜ」


 冒険者の皆さまが口々に言う。銀髪くんの反応が愉快になってきたのか、ギルド本部の街広場では日が暮れても説教大会が終わらずに続けられていた。言葉で諭されつつ、肉体言語に代わる時もあるけれど。話を聞いていると随分と問題児だったようだ。所属ギルドでない場所なのに


 最初は代表さまとお姉さんズが取り仕切っていたけれど、冒険者の皆さまが慣れてきたのか指揮は彼らが執っている。

 手荒な人が居るとお姉さんズが治癒魔法を施したり、冒険者の中から治癒を施せる人が掛けたりと結構忙しそう。


 「あの、いつまで続けるのですか?」


 流石にそろそろ止めてもいいのではと代表さまへ聞いてみる。


 「あと数日は続けるさ。――それでも反省せんだろうがな」


 分かっていてやっているのか。しかもあと数日。反省を促すというより精神を折りに来ているような……。


 「まあ冒険者たちの溜まった鬱憤をアレで晴らそうって訳ね」


 「そそ。こっちに矛先を向けられても困るしね~」


 お姉さんズも話に加わって、銀髪くんをみんなで見る。矛先が亜人連合に向かうことはなさそうだけれど。


 「人間って怖いでしょ。念の為よ、念の為」


 この方法を思いつくお姉さんたちの思考の方が怖いけれど。大陸北西部に追いやられた過去があるから、慎重になっているのだろうか。人間、なにをやらかすか分からないし、慎重になっておいた方が得なのだろう。


 あと背後では亜人の護衛の方が冒険者の人と手合わせしており、トトカルチョも開催され、ちょっとしたお祭り騒ぎとなっている。

 それにかこつけて露天商が現れて食べ物や飲み物の販売を始めているし、フットワークが軽い。広場はわいわいと騒いで明るいけれど、銀髪くんの周囲だけはどんよりしてた。


 「私がここに来た意味……」


 あるのかなあ、と疑問が浮かぶ。


 「そんなのは~君と君の膝の上の方の周知だもの~」


 「そそ。居るだけで意味があるのよ」


 「迂闊に手を出して貰っても困るしな」


 アクロアイトさまは分かるけれど、基本王国から出ることのない私が国外に出て顔を広める必要性がないけれど。しかも冒険者を重用していないアルバトロス王国だと、更に意味のないものに。


 「おいっ! 貴様らっ!!」


 広場に大声が上がり、腕試しをしている亜人連合国の護衛役の人と対戦相手や銀髪くんに説教を続けていた人、屋台の人たちの声が一斉に止まる。

 声を上げた主は私たち三人に向かって指を指し、青筋を立てていた。誰かと思えば、大陸南東部の亜人嫌いの国の代表さまだった。彼付きの護衛の人たちは顔色が滅茶苦茶悪いので、彼の独断専行っぽい。


 「どうなされたか?」


 代表さまがなんてこともないように、平坦な声で答えた。


 「亜人の癖に生意気を言いよって!! しかも何が古竜の生まれ変わりだっ! そこらに居るただの竜じゃないかっ!」


 あ、周囲の冒険者の人も雰囲気が一変した。喧嘩を売っている状況で不味いと判断したらしい。騒がしかった広場が一瞬にして、葬儀会場のような静けさになってしまった。

 

 「ほう。貴様にはそう見えるのか」


 目の前の青筋を立てている人の魔力量は少ないのだろうか。それか魔力感知が凄く鈍いのか。私の腕の中にいるアクロアイトさまは竜だし、ご意見番さまの次代だ。

 その凄さを分からない筈はないのだけれど、体内を巡る魔力が微量だと感知が鈍いと聞くから、その手の類の人か。 


 「そこらに居る竜と言えど、価値のある竜を……金のなる木を餓鬼が独占している!!」


 売れば高値が付くと聞いているからなあ。竜の肉を食べると不老不死になるとか、眉唾物の言い伝えとかあるし。お肉、欲しい……というより本心はお金の方か。


 「……」


 また餓鬼って言われた。どうにもこの言葉を言われ易い。もう少し身長が伸びればなあと心底思う。

 私に矛先が変わったことで、ジークとリンが前に出て厳しい視線を向けているけれど、青筋の人は気付いていない。広場に居る冒険者のみなさんも、じりじりと立ち位置を変えて青筋の人を取り囲み始めた。護衛の人は真っ青から土気色の表情に変わってる。


 ――仕方ない。


 噴水の縁に腰を下ろしていたのを、ぴょいと降りて立ち上がる。


 「独占、ですか。私の腕の中にいる仔は私の意思ではなく、自身の意思で私の下にいらっしゃるのです」


 そう言って、アクロアイトさまを腕の中から解放する。軽く周囲を飛んで、私の肩へと乗って顔に顔を擦り付けて、仲良しアピールをしてくれた。


 「はっ! 嘘を吐け! 隷属の魔術でも使っているのだろう! アルバトロスは引き篭もりらしく魔術研究に勤しんでいるからなっ!」


 何をどう言っても曲解してドツボに嵌まっていきそうな青筋の人に、誰かもう止めてあげてと心で叫んでいる土気色した顔の護衛の方々。

 リンが剣の柄に手を掛けたそうに、右手を開いたり閉じたりしてる。それにこれ以上の罵倒はアルバトロス王国への侮辱で外交問題に発展してしまう。抗議案件だよなあ。報告書に記すことが増えたなあと、遠い目になってしまう。青空ではなく暗くなっている空を見上げ現実逃避。


 隷属の魔術もあるにはあるが、細かく指示できない。


 「そう捉えるならば、捉えていれば良いでしょう。事実を直視出来ず身分を笠に着て我々を……我が国と亜人連合国を侮辱なさったことは正式に抗議させて頂きます」

 

 「餓鬼が偉そうにっ! 何が出来ると言うのだっ!!」


 聖女の衣装はアルバトロス王国独自のものだから、私が聖女だと知らなくても仕方ない。他国の人だし。ただ私がアルバトロス王国の聖女だという事実は変わらない。代表さまたちも国のトップとしてこの場に来ているというのに、亜人だからと言って盲目的に下に見ているのは問題だ。


 「子供の身故、私が出来ることとは確かに治癒魔術を施すことくらいですが――」


 冒険者の人たちが驚いた顔をしている。アルバトロス王国外の基準は知らないけれど、治癒魔術を使える人は少ないと聞いているからなあ。あと使えたとしても、効果が低いとか回数制限があるとかなんとか。


 陛下も大会議室で疑うなら教会に問い合わせろと言ったけれど、聞いていなかったのか。嫌いなものフィルターが掛かりすぎだよ、青筋の人。この手の人は何を言っても聞く耳を持ってくれないから、苦手だ。


 「微力ではありますが国へ尽くし、行動しております。我らの矜持を貶められる行為は断じて許せるものではありません」


 そろそろ引いてくれないかな、面倒だから。護衛の人たちも止めてくれればいいのに、身分差があるのか青筋の人の行動を見守っているだけ。


 ――ダンっ!


 冒険者の一人が無言で右足を石畳に打ち付ける。少し間隔を置いてもう一度。それに気付いた他の冒険者が調子を合わせて、ダン、ダン、ダンと石畳を叩く。どんどんと波及して、地面が微振動しているのが伝わってくる。言葉にすると不敬になってしまうので、彼らなりの無言の抗議なのだろう。


 「なっ! 何故っ! 何故、亜人や餓鬼の味方をするのだ!!」


 青筋の人の言葉に誰も答えない。ただひたすらに足を一定間隔で石畳へと打ち付ける。


 「もう止めにしましょう。我らの負け……最初から勝負になどなっておりませんでしょう」


 青筋の人の護衛で、装備が良い物を身につけている人がようやく止めに入り『申し訳ありませんでした』と頭を下げた。事ここに至るまで止めなかったのは、青筋の人の仕出かしを国へ報告する為なのだろうか。自身も道連れにして。抗議が来れば護衛の人にも波及するものなあ。

 

 広場から去る人たちを、なんとも言えない気持ちで見つめる。


 「大陸南東部は身分差が随分と厳しいのです。護衛が止められなかった理由はその辺りにも起因しておりまして……。あと、亜人嫌いをまだ引き摺っておるのですよ」


 とは冒険者の人。すみませぬなあと謝ってくれ出身国だと告げた。国によっていろいろと抱える事情が違い、少し複雑な気分になるのだった。

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