第193話:見せしめ。

 ギルド本部がある街の中心部。広場になっており真ん中には噴水が設置されており、潤沢に水を噴き出している。心地よい水の音が響いているというのに、騒ぎを聞きつけ道行く人たちが立ち止まる。


 「おい、手前らっ! じっとしていないで俺を助けろよっ! 冒険者だろうっ、なんでボケっと見てるだけなんだよっ!」

 

 今回の事件は周知というか『冒険者狩り』が行われたので、銀髪くんがやらかしたことは多くの冒険者に知れ渡ってる。

 もちろん容姿や身長もだ。銀髪自体は珍しくないけれど、オッドアイとなるとかなり特殊。だからこそ判別がしやすい。上半身裸に剥かれたまま石畳の上を引き摺られてやって来たので、身体のあちこちに擦り傷が出来ていた。


 「良い男が台無しね。治してあげましょう」


 凄く不快な顔を浮かべたお姉さんAが、後ろ手に拘束され尻を地面に付けている銀髪くんを見下ろして傷を無詠唱で治した。


 「へえ。アンタ俺に気でもあんの? じゃあさ、これ解いてくれよ。礼なら弾むし――っぐ!」


 「黙れ。不愉快よ」


 魔力の流れを感じ取れたので、お姉さんAが身体強化を施して銀髪くんにグーパンを見舞ったようだ。当たった部分が次第に赤みを帯びている。早すぎて、あまり視認できなかったけれど。エルフの人って、あんなことも出来るのか。


 『君も出来るでしょ~。ちゃんと魔術お馬鹿な人に教えてもらいなね』


 お姉さんBのお気楽そうな声が頭の中に響いた。副団長さまが軽くディスられているけれど、事実だし否定ができない。

 しかしまあ傷を治したくらいで気があると勘違い出来るのは、羨ましいほどに前向きである。彼の理屈を当てはめるなら、傷を治しまくっている私は一体幾人の男性を落としたことになるのやら。ないわ~と冷めた目で銀髪くんを見る。


 「代表」


 「ああ」


 亜人の護衛の人から、銀髪くんの得物を受け取り片手で軽々と持ち上げ、長身の彼が渾身の力で振り下ろす。


 ――ガッ!


 凄い音が鳴り石畳に大剣の切っ先、どころか随分と奥までめり込んでいた。その光景を見ていた広場に居る人たちは驚きを隠せず、ざわめき始めた。

 これ、人の手じゃあ抜けないんじゃないかな……。そのくらい強大な代表さまの力で大剣が刺され、護衛の亜人の人たちが逃げられないように銀髪くんを鎖を使って大剣に縛り付けた。逃げても直ぐ捕まりそうだけれど。冒険者ばかりのこんな場所じゃあ。ぽいずん。


 「――冒険者の諸君っ! 少しだけ我らの声に耳を傾けて頂きたいっ!」


 代表さまの通る声が広場に響く。今回の経緯を代表さまが身振り手振りで語っている。若干、話が盛られている気もするが、最後の締めにとなった。


 「命を天秤に掛け日夜魔物と戦う冒険者諸君の勇気や誇り、そして献身は汚されてはならぬもの!」


 力強く腹から声を出す代表さまの声に呼応して、集まった聴衆は力強く頷く。


 「掟を破り周囲へ被害をもたらしたこの者は、いまだに反省をしておらん!」


 傷を治したお姉さんAに妙なことを口走っている時点で、反省なんてしていない。本来ならば自分の犯した罪を自覚して、この場で土下座を始めてもいいくらいだ。

 今回の件で昇格試験は厳しくなっている。その煽りを受けるのは罪を犯した銀髪くんではなく、同業者である冒険者の皆さまで。


 「力で捻じ伏せるのは簡単だ。だからこそ我々は求める。この者の愚かさを、君たち冒険者が説いてくれたまえ!」


 「質問!」


 なんだかノリの良さげな青年が代表さまに向けて挙手をした。普通なら代表さまやエルフのお姉さんズの魔力量の多さに驚きそうだけれど、彼はそんな素振りは見せない。

 慣れているのか、はたまた彼も魔力を多く自身の身体に有しているのか。冒険者の装いで、装備は良い物を纏っていた。


 「構わんよ。答えよう」


 「暴力は有りでしょうか?」


 うん。力が自慢の冒険者だ。口で諭すより、肉体言語で理解をさせた方が早いと考えているのだろう。


 「そうだな。――過度なものにならなければ、と言っておこう。出来れば言葉で諭してやって欲しい。己の置かれている立場を全くと言って良いほど理解出来ていないのでな」

 

 なので魔力や武器の使用は禁止。素手による純粋な己の力のみと付け加える代表さま。それに続いてエルフのお姉さんAが『道具で魔力制御を施しているから、値はゼロにほど近いわ』と付け加える。そういえば銀髪くんが指に嵌めている魔術具は、私が副団長さまから譲り受けた物に似てる。


 「今回以外の件でもよろしいでしょうか?」


 顔がかなり整って胸の大きな女性が遠慮気味に手を上げて、代表さまに質問をした。


 「質問で返して申し訳ないが、この件以外にも何かあるのか?」


 少し首を傾げて女性冒険者に問い返す彼。


 「はい。以前、酷く絡まれまして…………」


 む、と少し考える素振りを見せる代表さま。本題からズレてしまうことに迷いがあるのだろうか。


 「いいんじゃない代表。沢山やらかしていそうだし、この際全部吐き出してもらえば」


 「ね。女の敵みたいだし~」


 気楽に、そして簡単にお姉さんズが言い放った。本当にお姉さんズを敵に回すと、恐ろしいことになりそう。


 「……わかった。あまり私事にならなければ問題ないとしよう」


 なんだか雲行きが怪しくなっていないかな。本題は今回の件を同業者から銀髪くんに理解させることが目的だったはずだけれど。というよりギルド本部がある国でも一応顔が知れ渡っていることが不思議だ。


 銀髪くんの前に一人ずつ並んで列を形成された。最初は代表さまに質問した青年だった。手甲を外してぱきぽき指を鳴らして、殴る気満々だけれども。


 「アンタがSランクパーティーに在籍していたことが不思議でならねえが、あのパーティーリーダーはお人好しだからなあ。俺もあの人たちに助けられたことがある」


 元とはいえどSランクパーティーの名前に傷をつけている側面があるのは許されないことであり、足を引っ張る存在だと言いたいらしい。今回の件も本来ならきちんとギルドへと報告と相談を行った上で、討伐へ向かうのが本来の道筋。

 駆け出しの冒険者でも守らなければならないことで、個人でBランク、パーティーでAランクを担っていたとは思えない。ギルド側の不手際もあるのだろうが、同業者に迷惑を掛けていることも許せぬ案件。腸が煮えくり返る所業だが、罰を下すのは亜人連合国の方たち。

 

 「……」


 黙って青年の言葉を聞いている銀髪くん。彼は今何を考えているのだろうか。


 「一発、殴らせてくれよ。腹が立って仕方ねえんだわ。冒険者狩りもあの人たちが名乗り出て、直ぐに解決しちまったしな」


 言い終えるやいなや、重い音が鳴った。え、顎骨折れていないかなあ、今の音。凄く嫌な音が鳴ったけれども。冒険者の人の力って凄いなあ。 

 銀髪くんは歯を食いしばって耐えていた。青年の言葉で知ったけれど、冒険者狩りの際に掛かった賞金は、ヴァイセンベルク辺境伯領へ全額寄付されたらしい。どのくらいの賞金が掛かっていたのか知らないけれど、銀髪くんを捕まえて王国へ連れてきたあの人の株が上がった気が。


 「ほい」


 お姉さんAが軽い口調で銀髪くんへ治癒を施す。


 「次の人~」


 青年の次にやって来たのは、もう一人質問を飛ばした綺麗な女性冒険者。なんだか銀髪くんの好みに合致しそうな人だった。


 「酒に酔っていたとはいえ、下品な言葉で毎度口説かれることに嫌気が差していたの」


 あー、うん。もうその言葉で銀髪くんがどんな台詞で口説いたのかは想像が付く。おそらくセレスティアさまとソフィーアさま、そしてリンに投げかけた言葉と似たり寄ったりの語彙だろう。素面でアレだ。酔っていたと言った女性冒険者に同情を隠せない。

 思い出しムカつきしてきたなあ……と魔力が上がるのが分かってしまう。するとアクロアイトさまが私の腕の中で一鳴き。未熟者で申し訳ありませんと反省しつつ、腕の中のアクロアイトさまを何度か撫でる。


 「うわ、サイテ~……」


 「ないわね」


 お姉さんズも女性冒険者の言葉を聞いて、蔑みの視線を銀髪くんに向けている。周囲に居た人たちも同様だ。特に女性からの視線が厳しい。


 「あ、こういう下品な冒険者はギルドに報告出来るようにすればいいんじゃない?」


 「良いね~。この機会にギルドに嘆願書でも出せばいいと思うよ。昇進査定に響くようになるなら自重するでしょ~」


 一般の人に絡んで品格を落としても評判が悪くなるだけだ。女性冒険者からみると願ったり叶ったりだろうか。セクハラ趣味の男性冒険者はストレス発散の場が無くなると、嘆くかもしれないが。お姉さんズの言葉に、女性冒険者たちが顔を明るくする。


 「私たちは動かないわ。自分たちでちゃんと行動に移してね。ただ今なら受け入れられやすい環境にはなっているはずよ」


 お姉さんズに頭を下げる女性冒険者の方々。力が正義の世界だから、男性に逆らえない所でもあったのだろう。改革に乗り出そうとしているから、素早く動けばギルドも組み込み易いだろう。


 「はい次」


 そうして次の人が銀髪くんと相対する。その人は真面目な人の様で、銀髪くんの前に胡坐をかいて座り込み、訥々と冒険者としての心得を説いている。そのことに気を良くしたのか銀髪くんが彼の顔に向けて唾を吐いた。


 「ああ、分かっておりませんなあ。どうしたものか……」


 飛ばされた唾を拭い苦笑を浮かべる男性冒険者の肩に手を置き『代わろう』と告げる、もう一人の男性。また胡坐を組んで訥々とまた語り始める。


 「おい……いつまで続ける気だ……!」


 「お前が理解するまでだよ。届かぬかも知れんが冒険者でない我々の言葉よりも、同業者である彼らの言葉の方が届き易かろう」


 銀髪くんが不貞腐れた面持ちで代表さまに声を掛け、それに答える代表さま。これを彼が理解するまで続ける気らしい。長丁場になりそうだなあと、青い空を見上げる私だった。

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