第191話:改善点。
銀髪くんの所業が説明されているというのに、大会議室の中に居る人たちの興味はアクロアイトさまに注がれている。彼の暴挙がなければ、今私の腕の中に居る方は存在しなかった訳で。少々複雑な心境になりつつ、視線をゆっくりと移動して大会議室を見渡す。
不愉快そうな顔をしている人も居るので、今回の招集に不満を抱いている国もあるようだ。
亜人差別が顕著な国は、良く捉えはしないだろう。だって見下している亜人にギルド運営の是正要求を突き付けられたのだから。
とばっちりではあるものの、冒険者を利用して運営していくならば必要なこと。また第二、第三の銀髪くんを作る訳にはいかないのだ。ギルド本部上層部は改定案を練り上げるのに必死だったろう。
『では改善事項をギルド側より――』
「――それより何故この場に亜人が居る!!」
だん、と机に拳を下ろし大声を上げ『私は亜人が嫌いだ』とありありと表情に出ている、大陸南東部にある某国のお偉いさん。
拡声器もなしに会議室全体に響いたので、相当に嫌いらしい。黙って聞いているのが限界になり、青筋を立てているのが遠目からでも分かった。
亜人が嫌いというよりも、怖い……のかもなあ。過去に亜人の方々を追い出した理由は定かではないが、亜人が弱ければ従属させるだろう。
それが出来ていないのは、出来なかった理由がある。人間は欲深く、使える物や道具を見つけると利用するのが常。一番わかりやすいのは犬だろうか。牛や馬もだろうし。家畜のようになっていないのは、亜人の方たちが強かったから。
「異なことをおっしゃる。今回この場を用意して頂いたのは、我々の要求を呑んで頂いたからだ」
情報齟齬なのか、意図的に伝えられていなかったのか。代表さまたちがこの場に同席していることに、不満を持つ人が居るのは確実で。
「また同じことが起これば、我々は総力を持って事を起こした者の所属国へと報復すると決意した。ただ無辜の者が死ぬのは忍びないのでな、こうして事前に知らせておこうという訳だ」
もちろんギルドのルール改定にも口を出させて頂くが、とのこと。ふふふと笑い、ついでに魔力を放出して威圧している。
話を遮った人は歯ぎしりをして耐えているようで、本当に亜人の方々が嫌いなようで。今は沈黙を守っているものの、何かあればまた止めるのだろう。議論することは悪いことではないが、果たして議論になるのだろうか。先程の遮りは只のいちゃもんである。
「……っ!」
不満はまだ残っているようだけれど、代表さまの圧に耐えられないようだ。これ以上口にしても自分の立場が悪くなるだけ。一度だけならば『亜人嫌いの国の者だから仕方ない』で済み、これ以上踏み込むと話の進行を妨げる厄介者扱い。
「で、では、続けさせて頂きます」
ギルド本部の進行役の方は、恐る恐るといった具合に話を再開させる。銀髪くんが愚行に及んだのは、昇進試験に焦りを覚えていたそうだ。実力を優先している傾向が強く、AランクからSランクへと上がる壁は厚く中々に難しいそうな。
Aランクでも凄いようで、実力がなければ成れないそう。銀髪くんがあんな横柄な態度でもAランクに上がれたのは、金銭を渡し不正を行っていたようだ。お金を受け取った側は厳しい処罰が下され、運営側も腐敗が始まる前に歯止めを掛けなければと、今回の件を機にいろいろと奔走している、と。
――で。
・素行や品格審査も今以上に厳しくする。
・昇格審査の際には推薦人を立てる。
・普段の活動領域外へ赴く際は、派遣国の文化風習の教育徹底を行う。
他にも細々としたものが提唱され、現状よりも更に審査内容が厳しくなるとのこと。以前を知らないのでどう変化したのか分からない部分もあるが、疑問や改善点を上げられていないから、問題ないのだろう。
運営側も問題があったということで、ギルド職員側の昇格試験や身辺調査も同時に厳しくなるそう。本当に銀髪くんは凄い事をやってのけたと思う。悪い意味で、だけれども。
「冒険者システムは魔物討伐時の重要な戦力。真っ当な冒険者を守る為、実力者が不利益を被らぬようにするのは当然」
「今回の件は真に残念でなりませんが、良い機会だったのかも知れませんな」
腕を組み各国の代表者が発表された内容に確りと頷いている。
各国が対応できない場合はギルドへ討伐依頼を出し相応の金額を払い脅威を刈り取る。依頼を出されたギルドに所属する冒険者で対応不可能と判断されると、周辺の各ギルドに即依頼が出され実力者を募り、国を超え脅威に対応可能な実力を持った冒険者がやって来る仕組み。
「しかし実力があるのに、人格が破綻している者の場合は如何致します?」
戦力は期待できるのに、素行や態度で問題視される人物を使わないのは勿体ないと言いたいのだろう。その言葉に唸る人たちが多数いた。
「そういう者は犯罪に手を染める可能性が高いからな。罪を犯せば罰として、捕虜や奴隷に落とし討伐に向かわせるのが妥当でしょうな」
勿論、監視付きでということだろう。狩場に着けば解放され獲物を狩る。きちんとお勤めすれば恩赦を期待出来るようにすれば、少しは希望が見えるだろうか。本物の破綻者には無理だろうが。
『各国の方々はご納得頂けているご様子。――亜人連合国のみなさまは如何でしょう?』
「問題はない。――あとは我々が要求している、無害な竜に手を出すことや、亜人に対する無意味な迫害を止めろと再度の周知を」
それだけあれば十分で、保護されたり大陸北西部に移住希望する亜人が居れば連絡を入れろと代表さま。
「守れぬ者が居れば、我々が対応させて頂く。我々が本気を出せばどうなるかは、ここに居る皆であれば十分理解出来るはず」
上の者や周囲に盛大に吹聴しておけと脅しを掛けてた。
『ねね、魔力をちょーと練ってもらっていいかなあ?』
『気持ちだけで良いから、ちょっとだけ魔力の放出もお願いできるかしら?』
お姉さんズから念話が飛んで来る。受信しか出来ない、一方的なものなので彼女たちのお願いを聞き入れるしかなく、臍の辺りに意識を集中。
「なっ!」
「お、おい……!」
「……う、嘘、だろ」
この反応にも慣れてきた。そんなに練っているつもりはないし、魔力の放出も少しなのだけれど。それよりも代表さまやエルフのお姉さんズの魔力放出による圧が凄い。護衛の亜人の方も、威嚇しているし。
「また無暗に竜に手を出してみろ。我々も許しはせんし、古竜の代替わりを抱く彼女も許さぬ。そして彼女が所属しているアルバトロス王国も、だ」
え、まって。そんな話聞いていないんだけれども。しかも軍事同盟組んだみたいな言い方しているし。驚いてアルバトロス国王陛下の顔を見ると、疲れた様子を見せていた。あ、なんだか苦労しているようだから、突っ込みを入れない方が良いっぽい。いつの間に通商条約から軍事同盟ぽいものまで結ばれていたのだろうか。
でもアクロアイトさまを預かっているのだし、何かあれば合法的に行動に起こせる手段はあった方が便利なのは事実。
政治の場だし、裏でいろいろと手を引いているのは仕方ないけれど、一言くらい欲しかった。
「なっ!? 引き篭もりのアルバトロスも出てくるのか!」
「引き篭もりとは異なことを。我々は必要とあれば攻めることも厭わぬ。アルバトロス王国周辺国の理解と友好故に事に及ばなかっただけに過ぎんよ」
陛下が真っ直ぐ前を見据えて堂々と流暢に語る。脅しの一環ぽいけれどね。
「条件さえ整えば攻めることは何時でも出来ましょうぞ、なあヴァンディリア王よ」
その為の軍や騎士団だと陛下の左隣に座るヴァンディリア王へと顔を向けて問う。
「ですなあ。――我々が国を守るだけで手一杯なぞ、いつ申したか」
アルバトロス王国とヴァンディリア王国とは友好国なので、事前に話を通していたのだろう。お互いに不敵な笑みを浮かべ、周囲を牽制している。
周辺国と話し合いの末に平和路線を取っているから、それ以外の国から見ると腑抜けに見えるのだろう。陛下方も大変だなあと、遠い目になる。私も巻き込まれてしまったことは忘れよう。なんだか王国の方へ注目が集まっているし、藪蛇は良くない。
ざわつく大会議室で私の存在を忘れてくれますようにと、願わずにはいられなかった。
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