第189話:ヘタレ。
丸テーブルの上に置かれた小箱を見る。
服と一緒に端切れで作れるものをと頼み、届けに来てくれた仕立て屋さんから受け取ったものだ。コサージュはエルフのお姉さんと妖精さんから頂いた反物で出来ているけれど、それ以外のハンカチやお守り袋は絹で作られていた。
余った布で作れる分だけで大丈夫と伝えていたけれど、揃えられなかったので気を使ったようだ。数の指定や細かなことは言わなかったから、こちらの落ち度でもある。
一目見れば上質のものだと理解できるし、デザインも繊細で丁寧な仕事をしている。流石公爵家御用達の仕立て屋さん。
お礼状を後で書くと頭に刻み、小箱を部屋の隅へと追いやる。話の流れと勢いでジークとリン、ソフィーアさまとセレスティアさまに渡そうと考えていたのだけれど上手くいかなかった。
というか、直前でヘタレたと言うべきか。
プレゼント用に包装していないし、お貴族さまのご令嬢二人が喜んでくれるかも分からないし、そもそも渡しても良い物なのか。グダグダ頭の中で考えている内に機会を見事に逃した訳である。
「――?」
ベッドの上で首をフクロウのように傾げるアクロアイトさまに苦笑して、一撫ですると目を細める。明日はギルド本部。朝から転移魔術陣で移動するそうで、今日の夜から侍女さんたちによる、前準備が始まるので少々気が重い。
「頑張ろうね」
何を頑張るのかはさっぱりだけれど、また一撫ですると小さく鳴き声を上げたアクロアイトさま。そうして予定の時間がやってきて、部屋に侍女さんたちがずらりと並ぶ。
「では、聖女さま。明日の支度を始めましょう」
「はい。……よろしくお願いします」
滅茶苦茶気合の入っている侍女さんたちの勢いに気圧され、頭を力なく下げ浴室へ連行されるのだった。
――次の日。
朝ごはんと着替えを済ませ、今日も一日頑張りましょうということで、ジークとリンと私とで拳面を合わせたと同時、アクロアイトさまが一鳴きする。床からじっと私たちを見上げており、両手を広げるとパタパタと飛び込んできた。
「そろそろ時間だ」
「行こう」
「うん」
護衛の近衛騎士さんや侍女さんを引き連れて、転移魔術陣が施されてある部屋へ行くと、既に代表さまたち亜人連合国の方々とアルバトロス王国国王陛下に宰相補佐さまと外務卿さま、何故か副団長さまの姿。数日前にお姉さんズを見てそわそわしていたのだけれど、代表さまたちは客人となるので我慢していた。副団長さまのことだから、隙を見てコンタクトを試みるに違いない。
「お待たせして申し訳ありません」
時間より少し前だったのだが勢揃いしていたのに驚いて、慌てて頭を下げる。結構ルーズな所があるので、油断をしていた。次からもう少し早めに集まらなければ。
「女性の支度は時間が掛かると言うからな。時間より前だ、気にすることはあるまい」
陛下が穏やかな顔で告げた。謁見場で見る顔とは随分と違うもので、雰囲気も顔と同様に柔らかい。
「先日振りだ。似合っているではないか」
「ええ、素敵よ」
「うん、可愛い~」
彼らの正装なのだろう。先日見た時よりも衣装が凝っているものに変わっているし、お姉さんズも随分と気合が入っている。不穏なことを言っていたし、一体何をする気なのだろうか。
「ありがとうございます。皆さまのお召し物も素敵です」
柔和に笑う代表さまと『ありがとう~』とお姉さんBに、私の服の端を掴んで整えながらふふふと笑うお姉さんA。今回は亜人連合国側の護衛の方も居るようで、獣耳が特徴の強面で偉丈夫な方が多い。この状況を眺めているアルバトロス王国の面々は、不思議そうな顔を浮かべている。
「あと、これを。依頼を受けていたものだ。先に剣二本だけを持ってきた」
「気に入ってくれると良いけれど」
「素材が良いからって職人も気合入ってたからね~」
代表さまが告げると獣耳の護衛さんが、細長いケースを二つ持って開く。以前、ドワーフの職人さん達に制作をお願いしたものだ。
「……凄い」
武器について詳しいことは全く分からないけれど、鍛冶屋さんで見た物より細かい装飾が施されている。
「手に取ってみるといい」
代表さまがジークとリンに視線を向けた。
「ジーク、リン」
振り返って二人に声を掛けると、一歩出てきて『失礼します』と言って手に取った。
「手に馴染む」
「うん。不思議」
「悪いが今回これを佩いてくれ。――君にはこれを」
代表さまの言葉に一つ頷き『ありがとうございます』と礼を述べる二人。そして何故か私の方を見る代表さまに、進み出てくる副団長さま。
「エルフの方々と共同作業を致しまして、魔術具を作成いたしました。――いやあ、まさか僕がエルフの技術を教えて頂くことになるなんて」
顔がゆるゆるに緩んでいる副団長さまと、呆れ顔のエルフのお姉さんズ。どうやら副団長さまの魔術馬鹿振りに振り回されたか、しつこく魔術について聞かれたか。何故だか情景が浮かんでしまうことに、苦笑いを浮かべる。今回のギルド本部への出頭も護衛を兼ねてついてくるそうだ。
「今までは聖女さまの魔力を抑えるモノでしたが、余剰分は回収されるようになりましたし、段階を上げていきましょう」
アクロアイトさまが私から漏れ出た魔力を吸い取っているし、体内に過剰に流れているものも吸い取ってくれているそうな。抱いているアクロアイトさまを見ると、私の顔を見て一鳴き。
「体の成長は見込めませんが、魔力過剰による身体への負担は少なくなります」
身体の負担よりも、成長の見込みがないと告げられた方がショックなんだけれど、後ろの二人がホッとしているので口にはしない。急に解放しても問題があるから、魔術具で魔力制御を段階的に緩めていくものだそう。慣れれば魔術具なしで日常生活も送っても大丈夫とのこと。
「皆さま、ありがとうございます」
副団長さまから手渡された指輪を受け取り、左の中指へと嵌める。
エルフのお姉さんズと副団長さま、そしてこの場に居る人たちに礼を述べた。おそらく副団長さまやお姉さんズだけではなく、代表さまや陛下以外の方々も関わっているのだろう。裏もあるのかもしれないが、いろいろ手配してくれたのだから。頭を下げるくらい安いものだった。
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