第188話:間。
仕立て屋さんに頼んでいた衣装が届いた。随分と出来が早いので、最優先で作業を行っていたようだ。
離宮まで届けてくれて、同道していたお針子さんが微調整を施しようやく完成した所。作業を終えお披露目だと、みんながいる部屋へと戻ると、アクロアイトさまが不思議そうに首を傾げながらこちらを見た。
「いいじゃないか」
「ええ、お似合いですわ」
私付きの侍女さんやお針子さんたちの手による最後の仕上げを眺めつつ、ソフィーアさまとセレスティアさまが声を掛けてくれた。真っ先に聖女の衣装を手直ししたのだけれど、なんだか照れ臭い。
デザインは既存のものから外れず少しだけオリジナリティーを出せ、という公爵さまのオーダーで。口を挟んだからなのか、仕立て代は公爵家持ちとなっていた。
「二人はどうだ?」
ソフィーアさまが、ジークとリンの方へ振り返り声を掛けた。
「……はい、とても似合っております」
「うん、可愛い」
少し間を置いてジークがぶっきらぼうに答え、リンはいつもの様に可愛いと口にする。ジークは普段服に関して興味はないし、騎士としての台詞。それに気が付いたのかソフィーアさまとセレスティアさまが、直ぐに反撃に出る。
「ジークフリート、何故そこで間を作る」
「ですわねえ。素敵な殿方ならば間髪入れずに答えていますわよ」
女性陣、しかも高位のご令嬢さまにこう言われては平謝りするしかなく。とはいえジークとリンに話を振ってくれるようになったのは、距離が近づいたみたいで良いことだ。
『怒られてるー』とジークに視線を送ると『うるさい』とジト目を向けられた。そうこうしていると仕立て屋さんが脱兎のごとく帰路へと就いた。不思議に思いつつ仕立て屋さんの背を見送る。
「随分とお爺さまに絞られていたからな」
やっぱり公爵さまから怒られたのか、仕立て屋さんは。
「何かあったのです?」
事情を知らないセレスティアさまがソフィーアさまに問う。
「勝手にナイと商談したんだよ。エルフの作った反物が余程欲しかったらしい」
ソフィーアさまも間抜けじゃない。あの場に居たのだから、公爵さまに報告を上げていたのだろう。そして仕立て屋さんは公爵さまからお叱りを受けた、と。
「ああ、それはそれは」
どこからともなく取り出した鉄扇を広げ、目を細めるセレスティアさま。
やはり国を通さずに交渉したことは不味かったのだろう。念押ししておいて良かったけれど、余り良い事じゃないみたいだから、勝手に交渉するのはもう駄目だ。
亜人連合国の人にも悪いし、王国の人にも悪い。人の交流が持てるなら個人でやっても良いだろうけれど、まだ条約締結前だしなあ。政治の素人が簡単に首を縦に振るのは危ないと、心の中に刻んでおこう。あと亜人連合国の方に簡単に頼るのも良くはない。
「明日はギルド本部だな」
「わたくしたちはお留守番ですが、十分お気を付けを。どのような輩が居るか分かりませんもの」
セレスティアさまとソフィーアさまは留守番となっている。護衛は近衛騎士の人が同道するし、私の専属護衛としてジークとリンも居るから、これで十分と判断されたらしい。
亜人連合国の代表さまとエルフのお姉さんズは一旦アルバトロス王国へ訪れ、そこからギルド本部へと転移魔術陣を使用し、一緒に移動する手筈になっていた。
「ちゃんとギルド本部の国の事情は覚えたか?」
「はい。永世中立国家を名乗り、人口五万人ほどの極小国家――」
普通は他国から支援を得て防衛を担うのだけれど、そこはファンタジー世界。ギルド本部がある国として冒険者が国防を担うそうだ。大丈夫なのかなと心配になるけれど、これまで上手く運用出来ているとのこと。強い冒険者や引退はしたがまだ動ける人を雇っているようだ。
大昔、勇者を名乗った人物が魔物を狩る組織を作り上げ、だんだん広まって最も古いギルドがあった場所をギルド本部と名付け、今に至る。
今は魔物を狩るだけでなく、何でも屋の側面も兼ねており依頼を出し受理されれば、募集が掛けられ冒険者が任務に就く。
社会基盤が成熟していないので、良い働き口なのだろう。文字が読めなくても受付の人が対応してくれる。そういう人は上のランクになれない仕組みで、読み書きの最低ラインは頑張って勉強するそう。
税金とかどうなってるのかと疑問が湧くが、特殊な国だ。大陸の至る所に冒険者ギルドが存在し、上納金でも撥ねているなら納得できるし。アルバトロス王国は冒険者を重用していないので、ギルドの数は他国より滅法少ないけれど。
「大丈夫そうだな。――あとは各国の国王陛下や王族の姿絵は?」
覚えたか、とソフィーアさま。
「全てではありませんが、教えて頂いた重要な国の方々はどうにか」
本来ならこんなこと覚えなくても良かったのだけれど。結構な枚数の姿絵が机の上に乱雑に置かれている。
裏側を捲ればどこの国のだれだれ王と書かれていて、この数日は時間が空いている時に眺めていた。関わることはないけれど、粗相のないようになるだけ覚えておけとのこと。あとは逆に近寄ると不味い国や王族の人も教えられている。
来るか来ないかも分からないし、私はアルバトロス王と亜人連合国の代表さまとお姉さんズの横に控えているだけ。だから何も問題が起こりようがないのだけれど、トラブルメーカーとして国から見られているのだろうか。私の扱い酷くないかなあと天井を仰ぎ見る。
「ぶへっ!」
突然飛んできたアクロアイトさまが、私の顔面に張り付き変な声が出てしまった。両手でむんずと掴んでアクロアイトさまを顔から引きはがす。そういえば、雄雌どっちだろう……とお腹を観察するけれど、それらしいものは見当たらない。海洋哺乳類のように隠してあるのだろうかと、首を傾げた瞬間。
「あ」
珍しく手から逃れてベッドの上に避難して一鳴きした。どうやら『やめろ』と言いたいらしい。申し訳ないことをしたなあと考えつつ普段着に戻る為、侍女さんを引き連れて別室へと入るのだった。
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