第186話:【後】来客多し。

 副団長さまがやって来て手土産の本を受け取り、話し始めようとしたその時だった。部屋にノックの音が鳴り、来客を告げた。副団長さまと同じくアポイントなんて取っていない。そもそも本日の来客予定は、辺境伯さまのみ。


 副団長さまが先客だからお断りするべきだなと考えつつ誰が来たのか聞くと、意外な人物だった。これは断れない人だなと諦めて、入室の許可を出す。


 「大した話ではないので僕はお暇しましょうか。このお話はまた別の機会にでも」


 「申し訳ありま――」


 「――その必要はない」


 私の声を塞ぎ、そう言って顔を出したのは、代表さまとエルフのお姉さんズだった。アルバトロス王国の近衛騎士が彼らの護衛に就いているけれど、彼らの国の護衛は連れていない。不意に襲われても返り討ちに出来る実力があるのだろう。

 少し羨ましいなと目を細めると、アクロアイトさまがぬっと顔を上げた。誰が来たのか分かったらしい。

 

 その姿を確認できた途端に、副団長さまとソフィーアさまにセレスティアさまが即座に椅子から立ち上がり、ジークとリンは敬礼を、侍女の方も深々と頭を下げる。アクロアイトさまを机の上に移動してもらったので、少し遅れて私も席から立ち上がり聖女の礼を執る。


 「邪魔をしてすまない、気遣いは不要だ」


 代表さまが右手で楽にしろと合図を出してくれたので、少しだけ気を抜く。


 「急に来てしまったことは詫びよう。こちらの国との交渉が予定より早く終わってな。君が離宮に仮住まいすると聞いたので、無理を言って様子を見に来た」


 どうやら王城と亜人連合国を繋ぐ転移魔術陣が運用され始めたようで、以前よりも行き来はしやすくなったらしい。連絡用の魔術具を使うより対面で話した方が、間違いがないだろうと急いで転移魔術陣が設置されたそう。 


 「どうぞお掛け下さい。今、お茶を用意しますので」


 今しばらくお待ちをと言って、侍女さんの方を見る。明らかに緊張していたけれど、大丈夫だろうか。そんな侍女さんを心配してか、ソフィーアさまが『少し席を外す』と言って出て行った。これならば少しは安心できると、代表さまに向き直る。


 「そろそろ服も出来上がるって聞いたし、丁度良いタイミングよね」


 「うん~。ちょっと面倒臭いけど、やらなきゃね~」


 「二人共、やりすぎるなよ」


 椅子に座りながら不穏な言葉を言っているお姉さんズに、止めているのか止めていないのか良く分からない彼も席へと就いた。それを確認して私も席へとゆっくり座る。副団長さまとセレスティアさまは同席する気はないようで、護衛としてなのか壁際へと移動していた。


 「あの……一体、何が……」


 「三日後に各国の代表とギルドの上層部が集まる段取りが整ったようでな」


 ペンギンのように腹ばいして、座った私の膝の上にまた来たアクロアイトさまを受け止める。そんな様子をみてお三方は微笑みを浮かべ、直ぐに引き締める。


 「そそ。今回みたいな件を二度と引き起こさないように締め上げ……優しく諭して上げないと」


 代表さまの言葉に続いて声を出したお姉さんA。締め上げるよりも、言い直した優しく諭すという言葉の方が怖さを感じる。


 「一杯脅さ……脅迫……まあなんでもいいや。次はないようにしないとね~」


 お姉さんBも変わらない語彙しか浮かばず早々に諦めたけど、顔、怖い。三日後、各国の代表者とギルドの上層部の命はあるのだろうか。

 冒険者の質も問われるだろうし、ルールの改定にそれを守らせる方法。突っ込みどころは沢山あるのだろう。お三方ともやる気満々だし。厳しい監査となるのだろうなと遠い目になるけれど、どうして私が関係あるのだろう。


 「君に話したのは、この件に参加して欲しいからだ。彼を連れてな」


 代表さまは私を見るけれど、アクロアイトさまはテーブルに丁度隠れて見えない位置。もう一度机の上に移動させても、戻ってきそうだから止めておこう。


 「それは……」


 即答し兼ねる。一介の聖女が同席して良い場ではない気がするので、陛下にお伺いを立ててからじゃないと。当事者ではあるものの浄化儀式を執り行っただけで、あとは流されていただけだ。自ら行動したことはないのだし。


 「この国の王からは許可を得ている。ただ無茶はあまりさせないで欲しいと願われたが」


 私に無茶をさせる気だったのだろうか。


 「君は私たちやアルバトロス王の傍で控えてくれれば良い。段取りはこちらで全て行うし、気楽にしていてくれ」


 陛下の許可があって、何もすることもないなら問題はクリアできている。この件はアルバトロス王国や亜人連合国よりも、大陸の各国代表とギルド上層部が一番右往左往しなければならない。ならば、私はのんびりと構えていれば問題はない訳で。


 「分かりました。陛下の許可があるのでしたら問題はありません。当日はよろしくお願いいたします」


 そう言って頭を下げると、アクロアイトさまと目が合う。


 「あ、少し相談したいことがあるのですが」


 「どうした?」


 アクロアイトさまは魔力で育つとはいえ、何も口にしないのは不安で仕方ない。魔力が主食となり、個体差で食べたり食べなかったり、好き嫌いもあったりすると聞いている。

 

 「流石に何も食べないというのは心配で……。適切な食事量やお水の量とかがあるのでしたら、ご教授をお願いしたいのです」


 「好きなものを食べさせれば良い、と前にも言ったが……」


 「合わないものを食べて調子が悪くなったりするのが怖くて、何も与えていません。ですが流石にこのままは良くないかと考えます」


 アクロアイトさまにとって美味しいものがあれば、その方が嬉しいだろうし。でも人間が食べるご飯をあげて良いのか迷うし、とりあえず聞いてみるのが早いだろうと少し前から聞きたかったことを口にする。


 「彼は果物を好んで食べていたが……」


 「あ、じゃあ今度、街から持って来てあげるよ~」


 「そうね。喜んでくれるといいのだけれど」


 アクロアイトさまが大きく育つようにと、竜の生態についていろいろと聞き出すのだった。

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