第185話:【前】来客多し。
ヴァイセンベルク辺境伯さまが、借りている離宮の部屋から出て行って暫く。
「セレスティア、いい加減にしろ」
「あと少し! もう少しだけですわ!!」
セレスティアさまに止めろと告げる、呆れ顔のソフィーアさま。
セレスティアさまの膝の上には、アクロアイトさまがちょこんと鎮座してる。嫌がるのか心配だったけれど、アクロアイトさまは彼女の膝上に乗ったのだ。
彼女は竜という生き物に目がないようで。先程までの辺境伯さまとセレスティアさまとの話し合いの席でも、チラチラと気にしていた。
話を終え戻ろうと告げた辺境伯さまに『少し所用がありますので、お父さまはお先に』と部屋に残り、今となる。
アクロアイトさまをナデナデしているセレスティアさまの顔は、若干だらしない。
ジークとリンも護衛としてこの部屋の壁前に立って、表情には出さないけれどソフィーアさま同様に呆れているのだろう。
「すまないな」
ソフィーアさまが椅子に座る私を見下ろして、代わりに謝ってくれた。
「構いません。時間を持て余していますので」
まだ二日目だというのに隔離生活だから暇で仕方ない。王宮の図書館で本を借りれるけれど、そこに行くにも近衛騎士の人が居る。
散歩にも護衛の人がついているし、なかなか部屋の外へと気軽に出られなくなってる。
向こうも仕事だから笑ってくれているけど、頻繁に出歩けば迷惑にしかならない。
本は侍女さんに頼んで適当に見繕って貰えばいいだろう。何か散歩以外の暇を潰せるものを見つけないと。
「それに、ああして膝の上に乗せられるのも今だけでしょうから」
セレスティアさまの膝上で、大人しくしているアクロアイトさまを見る。ゆっくり育っていくのか、直ぐに育つのかは分からないけど。
代表さまが『彼の全盛期は私より大きかった』と言っていたので、それを超える可能性は十分にある。そうなればアクロアイトさまは亜人連合国で暮らす方が良いのだろう。
「ああ!」
セレスティアさまの膝から飛び降り床へ立つと、アクロアイトさまが私を目掛けて飛んで来る。私の肩の上に乗り顔を擦り付けてきた。
「やはり、ナイの方が良いのですね……」
「……触れられただけ良かっただろうに」
しょぼくれた顔をしたセレスティアさまに、ため息を吐いてぼやくソフィーアさま。
アクロアイトさまなら何時でも触れるから、そんなに気落ちしなくても。まだ顔に顔を擦り付けているので、片手を伸ばして持ち上げる。
「それはそうですが」
「普通なら触れることすら叶わんぞ」
私の肩から膝上に移ったアクロアイトさまは、寝息を立て始めた。
「わかっておりますわ。ですが、お会いした方々は紳士な方が多くて……」
「例外だろう。知性が高いのだろうな」
確かに。お会いした竜の方々は、普通に大陸共通語を使いこなしていた。
幼そうな竜の方も拙いながらも私と会話出来ていたから、誰か教えているのだろう。教育水準が高いのかもと考えていると、ノックする音が部屋に鳴った。
ジークと視線を合わせて一つ頷くと彼が扉を少し開け、見張り番役の近衛兵の方と声を絞り何かを話している。
「領地や人に危害を加えるのならば、容赦は出来ん。妙な感情を抱くなよ」
「それは勿論ですわ。それはそれ、これはこれですもの」
割り切り方が凄いです、お二人共。暴れる竜がいるのならば、代表さまも遠慮をするなと言っていた。
狩るか狩られるかの勝負に、彼の国の人たちが口や手を出すことはないと。
逆に無害な者や弱い者に手を出したならば、その時は容赦はしないと言っていたので、また銀髪くんのような人が出ないことを祈るばかり。
扉を挟んでの会話を直ぐに終わらせこちらを向くジークは、二人の会話のタイミングを見計らい声を上げた。
「ナイ、ヴァレンシュタイン魔術師団副団長さまが来ているそうだ。どうする?」
アポイントなんて聞いていないけれど、暇なので構わない。面会内容が告げられないので、割と重要な話なのだろうか。
一応、ソフィーアさまとセレスティアさまの顔を見て確認を取ると、二人共確りと頷いてくれた。まあ師弟関係みたいだし、問題があれば追い出される。
私的訪問かもしれないし身構えても仕方ないと、口を開いた。
「問題ないよ。――お通しして下さい」
「は!」
うーん、こんな言葉を使うようになるとは。寝ているアクロアイトさまを撫でながら、少しすると荷物を抱えた副団長さまがやって来た。ちょいちょい見ている気がするけれど、こうして話すのは久方振りのような気がして懐かしさすら覚える。
「聖女さま、浄化儀式以来ですねえ。――随分と昔の事のように思えてしまいます」
「ええ。いろいろなことが身に降りかかり忙しくありましたが、ようやく落ち着きそうです」
この部屋に居るみんなが『そんなわけねーだろ』みたいな視線を私に集める。いや、本当にもう勘弁して欲しいです。あとは何が起こるというのだろう。宇宙から隕石が落ちて、この星が滅亡するくらいしか思いつかないけれど。
「先生。私とセレスティアは退室した方が良いですか?」
「いえいえ、大した話ではないので問題はありませんよ。しかしご歓談中だったのですねえ、申し訳ありません」
歓談中というよりは、セレスティアさまがアクロアイトさまを一方的に愛で、それを呆れた顔で眺めていたのだ。頭を軽く下げる副団長さまに苦笑を浮かべ、壁際に控えていた侍女の方にお茶をお願いする。
「離宮に移られたとお聞きして、僕お勧めの本を選んで参りました。お手すきの際にお読みいただければと存じます」
「ありがとうございます。時間を持て余していたので、嬉しいです」
夜も灯りを使い放題なので、さらに時間を持て余してる。副団長さまから受け取った包みを、リンに預けると部屋の片隅へ置かれた。
「中身は魔術の指南書ですので、読み込んで下さいね。教会は紙で教えず、口頭と実践での説明に留めますからねえ……」
副団長さまが遠い目になっている。言われてみれば教会の人たちからは、口頭で教えられ後は実践形式だった。
基礎が理解できているならば紙で読み解くのも楽しいですから、と副団長さま。うーん、防御系やバフ系の魔術だけに留まるなという、無言の圧力なのか。深く考えるのは止めようと頭を振って、副団長さまを見る。
「さて、本題です。――陛下から頼まれて、本格的に聖女さまへ魔術指南を行うことになったのは憶えていますよね?」
勿論ですと、一つ頷く。副団長さまに教えを受けるとは思っていなかったけれど、魔術に関しては真摯な人だから心配はいらないはず。
「それと――」
副団長さまの言葉を遮るように、部屋にノックの音が響くのだった。
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