第183話:移り住む。
アクロアイトさまが王国で生活することが決まり、その旨を陛下や上層部へと報告をした二日後、公爵家の別邸から王城の離宮へ移り住むことになった。
「短い間でしたがお世話になりました」
お世話になった侍女さんたちに侍従の方々や料理番さんにメイドさん、お別れの挨拶を告げた人数は結構多くなっていた。お貴族さまをお世話する人たちってこんなに居るんだなあと、しみじみと感じつつ王城から迎えの馬車へ乗り込む。
アクロアイトさまは気ままなもので、私の腕の中に居たり肩に乗っていたりと気分次第の様子。馬車の中へ一緒に入ると、対面の椅子へ自分で座って毛づくろいしていた。毛は生えていないというのに。
馬車に揺られること暫く、王城の門を抜け馬車停へと辿り着く。そこには宰相補佐さまに外務卿さま、護衛となる近衛騎士さまがお迎えしてくれて。馬車の外で警護に就いていたジークが手を差し伸べてくれた。アクロアイトさまは何故かリンの方へと飛んでいき、彼女の腕の中に納まる。
「よくいらした。聖女さま」
「お世話になります」
宰相補佐さまは陛下の名代で、外務卿さまは置き去りにされた件で迎えを寄越したことのお礼を告げに。近衛騎士さまの数が随分と多く不思議だったのだけれど、離宮の護衛任務に就く人たち全員が集まっているそう。女性騎士の数が多く、顔見世も兼ねているのだろう。
「聖女さま……荷物はそれだけ、なのですか?」
「はい。必要なものは揃っていますので」
宰相補佐さまが訝し気な顔を浮かべ、私が引っ提げているソフィーアさまから借りたトランクを見つめている。
中身は聖女の衣装二着と普段着五枚、寝巻三枚に下着は五枚。後は遠征用の服。後は歯磨き用の道具くらい。化粧品は保湿液くらいは欲しい所だけれど、高級品だから持っていない。仕事着と部屋着――という名の平民服――があれば十分生活できるからなあ。
まだ教会宿舎に学院の制服や小物を残しているから回収を試みたけれど、屋敷を賜るのでそっちの予定が立ってからとなった。それまでは宿舎の部屋はそのままにしておくとの事。
ジークとリンも近衛騎士用の宿舎で一人部屋を借りることになっているので、荷物を後で取りに公爵家の別邸に行くと言っていた。
「…………誰か荷物を!」
渋面を隠しもせず宰相補佐さまはトランクから視線を外して、騎士の方に声を掛けた後で外務卿さまを見る。傍に居た騎士の方が手を伸ばしたので『お願いいたします』と礼を述べてから渡すと、想定よりも軽かったのかトランクを上げる勢いが一瞬だけ早かった。
「聖女さま、先日は我々の手配感謝いたします」
宰相補佐さまと入れ替わり私の前へ出たのは外務卿さま。十日以上前に自己紹介をしたはずなのに、こんな顔だったかなあと記憶を探る。こんな顔だった気もするし、違う顔だった気も。とにかく印象に残っていない、不思議な人だった。
「いえ、私は亜人連合国の方に連絡を入れただけですので」
本当にごめんなさい。外務卿さまと部下の方は関係国との連絡役で亜人連合国の隣の国で待機していたのだ。
途中で居なくなっていたのに全く気付かず、そのまま竜の背に乗って帰るという失態をしてしまったのだ。誰か気付けば良かったのだけれど、そのまま王国へ戻ってしまった。
私が『花を添えたい』なんて言い出さなければ、予定通り転移魔術陣での移動だったので、私に頭を下げる必要はなかっただろうに。凄く悪い気がして、王城に設置された亜人連合国との連絡用の魔術具を借りて、ダメ元で代表さまへ連絡を入れると『竜を手配しよう』と快諾してくれた経緯がある。
「それでも転移魔術陣の帰還では、各国と交渉もしなければなりませんので……重ねて感謝いたします」
「ご丁寧にありがとうございます」
「暫く離宮で過ごされるとのこと……お困りのことがあれば、我々も出来る範囲で手助け致します。では、これで失礼致します」
印象に残り辛い人だが、苦労人の気配がひしひしと。執務室へ戻っていく外務卿さまの背中には、『哀愁』の二文字が浮かんでいるような。
「離宮へ案内いたしましょう」
「お願い致します」
宰相補佐さまの声にはっとして、先を歩き始めた彼の後ろについて行く。聞いた話によると、私が借りる離宮は側妃さまが使用していたそうで。
幽霊が出そうと微妙な顔をしていると、この話を教えてくれた公爵さまに、王城なんぞいわくつきの場所はいくらでもあると言われ、更に顔に出て大笑いされた。本当に出ないで下さい、本気でお願いします。浄化魔術って幽霊も対象に出来るのか……微妙な所。出たら全力で除霊してやると、ジークとリンに決意表明してやって来ている。ちなみに二人は幽霊を信じていない。
「凄い……」
主室に案内されたのだけれど、随分と豪華で広かった。これ陛下や王妃さまが使っている場所は、どんなものだろうと気になる。
でも、それより前に装飾品や芸術品を、壊さないように気を付けなきゃ。アクロアイトさまにも気を配らないと、請求書一枚あれば破産確定しそう……。
「こちらが聖女さまの部屋となります。手狭ですがご自由にお使い下さい。離宮で過ごされる間は侍女もご用意致しております」
侍女さんや護衛の騎士を付けられることは分かっていたので驚かないけれど、随分と広い。公爵家の別邸で借りていた客室よりも広いから、驚きである。
荷物を持っていてくれた騎士さんが、トランクを手渡してくれた。そしてずずいと侍女の方々が部屋へとやって来た。公爵家の侍女さんも洗練されていたけれど、王家に仕える人たちは更に洗練されている。まあ、それはいい。格が上がればそれなりのものが要求されるから。
で、なんで居るんですかねソフィーアさま。
「どうしてソフィーアさまがいらっしゃるんですか……?」
「祖父に頼みました」
一応、この部屋の主人は仮ではあるものの今は私。彼女は私につけられた侍女である。言葉を使い分けるのは理解できるが、どうにも気持ち悪い。
どこかのタイミングで切り替えてもらうか、妥協案を伝えてみよう。それにしても公爵さまは、自分の孫になにをさせているのか。しかも今は長期休暇中なので学院生は本来、帰省の為に自領に戻っているだろうに。
「申し訳ありません、こちらの事情で無理に通して頂いたのです」
全く知らない人よりは全然良いし、妙な人を当てられるよりは良い。本人からの打診だし、問題はないはず。
お屋敷を賜るまで、ここでの生活となるのだけれど、一体どうなる……いや、きっと平穏無事に過ごせる。だってここは王城の敷地内。問題なんて起こりようがない。
取りあえずは、新たな生活の場に慣れることが近々の目標だと決意して、ソフィーアさまによろしくお願いしますと頭を下げるのだった。
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